第76話 スタンピードの影

 その翌日。努はアルドレットクロウに向かいルークに付与術士とは連絡がついたのか聞きにいった。しかし良い報告は返ってこず、逆に嫌な報告を努は聞くことになる。



「実は今回のスタンピードがかなり大規模みたいでね。私が情報員を向かわせた街は大混乱になっているらしくて、とても進めないそうだ。うちの情報員はその街で火竜みたいなモンスターを見かけたと町民から聞いたそうだし、今回のスタンピードは相当荒れるかもね」

「えぇ……」



 スタンピードというものは、最初は自然災害のようなものと考えられていて対処法はないとされていた。しかし迷宮制覇隊や兵士などが前もってダンジョンのモンスターを間引きすることで、その規模は最小限に抑えられる。今ではスタンピードを見計らい前もってあちこちの村や町に住む者たちは避難し、ほぼ死人無しで乗り越えられるものになっていた。


 むしろ多くのモンスターがダンジョンから出てきて守りの固まった街に襲来するので、兵士や探索者はそこまで命を張らなくともいいし、商人は大量の素材を捌けるので稼ぎ時である。スタンピードは迷宮都市に住む者にとっては今やお祭りのようなものになっていて、努もそう聞かされていた。


 迷宮制覇隊が設立されてからはダンジョンのモンスターの間引きが定期的にされるようになったので、モンスターも育つことなく長年スタンピードは安定していた。しかし今回は大型モンスターが出現してしまっていた。これまで二十年に一度くらいならばそういった不測の出来事はあったが、火竜ほどの大きさのモンスターというのは異例だった。


 現在迷宮制覇隊は住民の避難経路の確保とモンスターの足止めを行うため、大急ぎでその街へ向かっている。しかしそのスタンピードの余波はこの迷宮都市にも降りかかるだろうとルークは告げた。



「あ、口外は禁止で頼むよ。私も情報員を遠くの街へ向かわせたらたまたま知っちゃっただけで、迷宮制覇隊と警備団に口止めを受けているからね」

「じゃあ何で僕に言ったんですか……」

「指導のお礼も兼ねてるよ。それにどうせ三日後には警備団が公表するしね。あと一月もしないうちに来るかもしれないから、今のうちにツトム君も色々買っておくといいよ」

「あ、そうですね。ありがとうございます」

「あー、凄い悪い顔してるー」

「ルークさんには及ばないと思います」



 今回のスタンピードが激化するだろうという情報はまだ出回っていないため、今後高騰するであろう物をルークは見定め色々と買い占めを行っている。ルークはその幼げな顔に似合わない黒い顔をしていた。



「まぁ、そういうわけだから付与術士への指導はスタンピードが落ち着いてから頼むよ」

「わかりました。ではその間僕は休むことにします。この三日は少し忙しくなると思いますし」

「そうだね」



 にんまりと口角を上げたルークに努は礼をした後、クランハウスを出て早速森の薬屋のポーションを転売している者を当たった。緑ポーション、青ポーション共に割高の値段だが努は構わず補充した。


 その後は装備の点検や日持ちのする非常食。魔道具の燃料となる魔石の追加購入などを行った。努はまだスタンピードを経験したことがないが、取り敢えず『ライブダンジョン!』にあった都市防衛戦と同じように考えて行動していた。


 装備や備品の準備を難なく終えた後に努はギルドへ向かった。そしてギルドの二階にある有料の資料室でスタンピードに関する資料を探しつつも、都市防衛戦のことを考えていた。真っ先に努が考えたことは神のダンジョンのことと、自身の死のリスクについてだった。


 もしスタンピードでモンスターが迷宮都市内に侵入してしまった場合、この都市の機能は間違いなく失われる。そうなると神のダンジョンの攻略は間違いなく遅くなるし、最悪モンスターに都市を占拠されて攻略そのものが出来なくなる場合も考えられる。それは努にしてみれば避けるべき事態であるため、迷宮都市が機能を低下しないようにスタンピードから守る必要がある。


 だが外での戦闘は死のリスクが付き纏う。神のダンジョン内ならば死んでも生き返れるということを努は自身で経験しているからまだしも、神のダンジョン以外で死ねば生き返れないということは明白である。



(……安全な場所での後方支援部隊とかないかな)



 ぺらぺらとスタンピード時の編成について書かれている資料を捲るが、そういったことは治療を専門としている白魔道士、灰魔道士が担当するとのことで努はがっかりした。


 確かに迷宮内なら最悪治療に失敗しても出れば元通りなので問題ないが、迷宮外では正確に患者の状態を確認して的確な治療を行う必要がある。ある程度回復スキルは融通が利くものの、変な風に治癒してしまうこともある。そのため専門の者に任せることが一般的である。



(んー。でもモンスター見る限りだと問題ないな)



 スタンピードの主なモンスターはゴブリン、コボルトなどの弱く数の増えやすいモンスターが多い。他のモンスターも草原や森で出るようなモンスターでたまに強めのモンスターも確認されるが、それも精々沼のモンスターレベルである。これならば確かにこの迷宮都市にいる戦力ならば苦もなく倒せる。


 しかしルークの言っていた火竜のようなモンスターというのは気がかりだった。都市防衛戦ではそのイベントのみで発生する特殊なモンスターが確認出来るが、火竜のような見た目をしたモンスターというものはいない。もし情報員が得た情報が本当だとしたらかなり厄介である。



(一応逃走ルートは確保しておこう)



 神のダンジョンは元の世界へ帰る重要な手掛かりであり、それを失うことは努を突き動かしている目的の一つが失われることと同義である。しかし死んでしまっては元も子もないため、努は念のため逃走ルートも調べておいた。



(乗馬の練習しておいた方がいいかな。あー、でも飼う場所が……何処かに預けるのは緊急時に役に立たないこともあるだろうしな。でもフライ使えない時があるかもしれないし、一応練習はしておこう)



 この世界の地上移動手段は馬がほとんどである。モンスターを手懐けて乗り物にする者などもいるが、誰もが使えるような実用レベルには至っていない。魔道汽車は他の街にはあるが迷宮都市には存在しない。スタンピードが半年に一度必ず発生してモンスターが迷宮都市に攻めてくるため、線路の整備がとても出来ないからである。


 スタンピードは神のダンジョンが生まれる前から存在し、ダンジョンから溢れたモンスターたちは食料を求めて辺りを荒らし回る。しかし神のダンジョンが生まれてからは辺りを荒らし回った後、モンスターの集団は必ず迷宮都市を目指すようになった。


 その根本的な原因は諸説あるが、現在最も有効的な説は魔石説である。モンスターは魔石を摂取することで力が増したり、進化することが確認されている。そのため魔石が大量に生まれて取引されている迷宮都市から魔石を察知し、その魔石を狙って攻めてきているという説だ。


 この他にも神のダンジョンに入ろうとしている説や、神の怒りという説などが挙げられる。神のダンジョンを侵した天罰だ、とスタンピード直後に活発化する宗教団体もある。


 努はスタンピードの資料を元に戻し、その後ガルムにスタンピードのことを聞いて準備するものなどを再確認した。そしてギルドから多めのGを引き出してその日のうちに日用品などを買い、乗馬を練習出来る施設にGを払って二日後から空いている日に指導をお願いした。



 ――▽▽――



 翌日。少し曇り空の昼に努は一桁台付近の屋台でチョコバナナをかじりつつ、ダンジョン探索を行っているPTを見ていた。暇つぶしということもあるが、一応の目的は良い人材の確保のためである。


 努はルークに度々誰かいないかと尋ねてはいるが、あまり良い返事は期待出来そうもなかった。ステファニーとPTを組んでいた脱退予定だったタンク二人はやる気に満ち溢れているし、アタッカーの双剣士も多少意識はマシになっていたので引き抜きに応じないことは容易に想像できた。



(都合の良い人いないかな。この際タンクでもいいから、三十レベルくらいの人で)



 アタッカーの場合は最悪一から育てることも選択肢に入るが、ある程度レベルがあるタンクはかなり欲しかった。最悪タンクさえいればPTは安定するため、アタッカーのレベリングをする際にもありがたい。


 現在のタンク候補にはガルム推薦のダリルという少年がいる。努は以前二十番台付近でガルムと一緒にダンジョン探索しているダリルを見たことがあったが、かなり厳し目な訓練を受けていた。だがその訓練のおかげか動きは良く体格も良いので期待は出来る。しかし努はもう一人タンクを入れるつもりであった。



(理想はタンク2アタッカー2だけどなー。アタッカーが意外と余ってないんだよなー。スタンピード終わったら新人も見てみるか)



 アテの外れた努はそんなことを思いながらもモニター徘徊を続ける。


 三種の役割でアタッカーの需要は減ったがそれでもPTに二人は入れるクランやPTが多い。だがPTのアタッカー枠が削れたことは確かなので、努は何処かのクランから溢れたアタッカーを頂こうとしていた。しかし意外にもアタッカーたちはそこまで溢れず、大手クランで溢れた者といえば三種の役割に不満を持った者くらいだ。そんな者をクランに入れても意味はない。


 のらりくらりと努が一番台付近を見ていると、まず目に付いたのはアルドレットクロウだ。現在は六十四階層を攻略していてステファニーが一軍PTへヒーラーとして復帰している。ステファニーはタンクにプロテクを付与してアタッカーにはヘイストを付与し、戦闘中にも積極的に声を出していた。そのまま十分ほど努は見学したが、彼女の支援が途切れることはなかった。



(六十五階層が楽しみだな)



 ステファニーの訓練では自身で試行錯誤することや乱戦に陥ったPTの立て直しなどに重点を置いていたため、恐らく一度は全滅するであろう六十五階層で訓練の真価が発揮される。明日また見に来ようと努は思いつつも下のモニターへと視線を移していく。


 そして次にガルムとエイミーが二人で火山階層へ潜っているところを見つけた。お互い無言で探索を行っていて、エイミーが火山階層にあるアイテムやモンスターを黙々と鑑定しては紙に記している。


 鑑定スキルというものは才のある職人や商人などがステータスカードを作った場合に持っていることが多いが、エイミーも子供の頃にある程度物の見極めをしていたおかげか習得していた。戦闘も出来て鑑定スキル持ちという者はエイミーしかいないので、彼女の能力は階層更新が達成された時にはかなり役に立っていた。


 仕事でやっているからというのもあるだろうが、二人の淡々とした作業風景に努は少し苦笑いした。そして残りの一桁台はアルドレットクロウの二軍から八軍が火竜戦や五十九階層の攻略をしていて、紅魔団の二軍も五十九階層を攻略していた。努は人混みをかき分けながらモニターを観察しつつ十番台へと足を進める。


 十番台付近に行くと努はシルバービーストが峡谷を探索している番台を見つけた。どうやらタンクを導入しているようでPT構成も少し変わっている。中年冒険者のミシルに鳥人二人。兎人でヒーラーのロレーナも健在だ。


 そしてそのロレーナは以前とは見違えてヒーラーが上手くなっていた。努が外から見て感じたことは、ロレーナはその長い耳でPTメンバーが発した声の位置などを察知してヒールを撃っているということだ。そのおかげで彼女は振り向かずに素早くヒールを飛ばし、PTメンバーを回復している。それに支援スキルも全員に付与していた。



(……ステファニーと同等くらいはあるんじゃないか?)



 一概には言えないがロレーナのヒーラーとしての腕前は相当上がっていた。それにPT間の連携が凄まじい。ミシルは努にタンクのことを言われてから騎士職を育てて早くから導入していたので、三種の役割もかなり上手く噛み合っている。その連携力は努の贔屓目(ひいきめ)抜きでも凄かった。アルドレットクロウすら凌ぐ連携力をシルバービーストは見せていた。


 シルバービーストは現在五十九階層を攻略していて、モンスターとの連戦にも安定して戦えている。クランでの火竜討伐三番手あったりして、と努は今後のシルバービーストの活躍にわくわくしながらも二十番台や三十番台を流し見する。



(あ、アーミラさんだ)



 三十番台ではシェルクラブに挑んでいるカミーユの娘であるアーミラが映っていた。PT構成はアタッカー五人でシェルクラブを一気に削り切る戦法を取っているようだった。



(あれ、巣の位置はもう掲載されたはずなんだけどな)



 少し前に二社の新聞社に載せられたシェルクラブ攻略法は既に探索者たちによって真実かどうか確認され、現在のシェルクラブ攻略の一つとして話題となっている。今までシェルクラブを突破出来なかった下級クランなどがその攻略法を使い続々と突破しているのだが、アーミラはアタッカー五人での攻略に固執していた。



(何というか……お通夜だな)



 シェルクラブ戦を努はしばらく見ていたが、まずPTリーダーのアーミラは相当動きが良い。カミーユが手放しで褒めるのもわかるほどの腕を持っている。しかし口調がかなりキツく、PTでは彼女の怒声しか聞こえない。


 他のPTメンバーは相当動きにくそうで、当然空気も悪い。もしこの調子が続くならばシェルクラブは討伐できないだろうと努は予測することが出来た。



(カミーユさんに言った方が……その必要はないみたいだな)



 ベンチに座って真剣な面持ちでアーミラの戦闘を見ているカミーユを見つけた努は、その考えを打ち消してその後もモニター観察を続けた。

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