第33話 狂犬再来

 カミーユが意識を保ったままの龍化することに成功してから三時間。置くヘイストを更に鮮明な意識で踏めるようになったカミーユ。その動きと火力は凄まじいものだった。


 三時間で火竜の双翼は穴だらけになり、顔も片眼から口元を割るように切り裂かれている。黒爪はいくつも根元から切り落とされていて、細身の脇腹にも穴を開けられている。その傷を受けて発狂状態となった火竜は現在、無差別に攻撃を連発していた。


 努とカミーユはブレスを赤糸の火装束で防げる。しかしガルムの火装束は爪や地面を転がった際に破れ、所々に穴が空いてしまっていた。死にはしないもののブレスを食らう度にガルムは火傷を負うことになり、彼はその度に何度も努にヒールを受けた。


 それに攻撃はブレスだけではない。巨大な細身の身体で地面を這いずるようにして押しつぶそうとしてきたり、岩を容易く切り裂く黒爪で三人を切り飛ばそうとする。そして首を引き絞ってから矢を放つような勢いでの噛み付きが一番厄介で、速い上に食らったらガルムでも即死の可能性がある。その攻撃が無差別に来るので三人は気が抜けない。


 努のヘイストを踏んだ龍化状態のカミーユは、無差別攻撃を行うボロボロの火竜を何とかしようと近づく。潰れている片眼の方向から迫り首へ大剣を当てようとするも、途中で火竜に気づかれて牽制される。


 ならばもう片眼も潰そうとするも火竜は顔への攻撃は最大限に警戒しているため、中々手が出しづらい。それにカミーユ自身も度重なる龍化を行ったせいか動きが鈍っていて、更に一度手痛い反撃を受け努に治療されている。


 五十九階層に潜り火竜と戦い続け、もう八時間ほど経過している。あまり動きのない努でさえ疲れが溜まってきていた。


 そしてこれまでタンクを一人で務めていたガルムの状態も良くない。ヒールやメディックがあるものの、八時間に渡る戦闘でガルムの集中力は既に鈍っていた。その証拠に被弾が明らかに増えている。


 壊れた装備の交換も既に3回行っているがまた大盾がひしゃげてきている。装備の予備は努が相当な数を用意しているにせよ、それを交換する時間を作るにもバリアを使わなければいけない。


 今回の火竜戦は長時間の戦闘になると予測していた努は、ガルムの負担を抑えるために三十分ごとにバリアで十秒ほどではあるが休憩を挟んだ。それにメディックなどもヘイトを超えない範囲でかけてきた。


 しかし努のメディックやヒールがあるものの、精神的な面は彼でも治療できない。それにメディックは状態異常を治療するものだ。確かに疲労状態という状態異常はあるにせよ、八時間に渡り蓄積してきた疲労が飛ぶメディックで完全治癒するわけではない。


 それに六時間で仕留める予定だった時間は既に二時間を過ぎている。カミーユのトラブルがあったにせよ時間がかかりすぎて、ガルムにその負担を押し付けてしまっている。カミーユが火竜に攻撃されればまた不調になるかもしれないと考え、火力を少し抑えすぎた面もあり努は反省した。


 八時間火竜の攻撃に晒されてきたガルムの身体と精神はどんどんと削られていき、もうその限界をとうに過ぎていた。



(不味いな)



 努は内心そう思いながらも顔には出さずにガルムへプロテクを飛ばす。しぶとい火竜にガルムの体力の限界。予想とは違う展開に努は戸惑っていた。


 努はカミーユの攻撃を自身の予測でゲームと同じように数値化し、火竜の体力から引いて残存体力を計算している。序盤でトラブルがあり早々に計算は狂っていたが、それでも龍化を取り戻したカミーユの火力はそれをもう補っている。


 そしてその計算ではもう既に火竜の体力は無くなっているはずなのだが、火竜は無尽蔵に動くのではないかと錯覚するほどに衰えが見えない。血を何度も流しては自分で炎を出して傷を焼いて荒療治(あらりょうじ)。それが火竜の出血を最小限に留めていて、体力消耗を防いでいた。


 火竜は明らかに弱り始めている。それは間違いないし、もう虫の息のはず。しかしその動きは少し鈍った程度で、まだまだ油断が出来ない状況だった。特に努のVIT頑丈さではどの攻撃でも当たれば重傷を免れないので、彼は特に神経を尖らせる必要がある。


 長い時間タンクを務めてくれた彼のためにも早く火竜を倒してやりたいのは山々だが、今ここで総攻撃を仕掛けても削りきれないという可能性がある。数値だけ見れば絶対に倒せる確証が努にはある。しかしあの火竜の様子を見て断言することは出来なかった。


 このまま戦闘を継続するべきか、全員で一気に削りにいくか。努は迷っていた。そして二人に判断を仰ごうと決めてガルムにプロテクをかけた直後。


 ガルムが突然倒れた。ショートソードを取り零して派手な音を立てて倒れたガルムに、努は薄い目を見開く。


 地面にある火竜の黒爪で開けられた穴。足元への注意が疎かになり、ガルムはその穴で足を躓(つまず)かせて転倒してしまっていた。



「ガルムっ!」



 ――そのガルムの頭上に大きな足型の影が差す。


 迫る火竜の前足。ガルムの姿が火竜の前足で掻き消えた。


 陥没する大地。火竜は前足をまた振り上げる。努は素早く白杖を振るった。



「ヒール! カミーユ! 火竜の前足を攻撃! ヒール!」



 火竜が足を振り上げた瞬間に努はヒールを弾丸のようにガルムへ撃った。そして再び前足は振り下ろされる。火竜は死力を振り絞るような叫びを上げながらも、それから三度ガルムを踏みつけた。火竜が足を振り上げる合間に努はヒールを撃つ。


 努の指示を受けたカミーユが翼を広げて火竜へ迫る。狂ったように前足を振り上げた火竜。大剣を持ったカミーユがその前足とすれ違うと、前足から鮮血が舞った。


 叫び声を上げて怯む火竜。努は陥没した地面から粒子が出ていないことを確認すると、上からその穴を覗き込んだ。大盾で自分の頭を守っているガルムがそこにいた。


 努は火竜がカミーユに敵意を移したこと確認した後、彼女の進行方向にヘイストを置いた。



「カミーユ! 避けることに集中! 死ぬなよ!」



 そう指示を飛ばした努は穴の中へフライで身体を浮かしながら降りると、ガルムの近くに寄る。


 口から多量の血を吐いているガルム。恐らく内臓が潰れているだろうと推測した努は彼の腹に手を当ててハイヒールをかけた後、自身の腰にある緑ポーションの蓋を開けてガルムの口に含ませた。


 それから少しするとガルムは回復したようで、地に陥没した両腕を引き抜いた彼はゆっくりと身体を起こした。



「だ、大丈夫ですか?」



 ガルムはむせたように咳き込んだ後、赤黒い血と抜け落ちた歯をペッと吐き出した後に立ち上がる。銀の鎧は自身の血で染め上げられている。努はその様子を見て少し怖気づきながらも彼へ提案した。



「これからは総力戦で行きましょう。もうタンクはしなくて大丈夫です」



 努がそう言うとガルムは横に折れ曲がった左腕を自力で直し、左手の指を自分で無理やり正しい方向へ直した。努はその痛々しい音に顔を引いた。


 そしてガルムは腰のポーションを飲もうとしたが、衝撃に強い瓶が破損していて中身は地面へ漏れ出ていた。努が自分の腰から緑ポーションを取ってガルムに差し出すと、彼はそれをすぐに飲んだ。半分ほど飲んでそれを努に返したガルムは両手の感覚を確かめるように腕を回して指を動かす。



「それじゃ、行きましょう」



 そう言ってフライで浮き上がろうとした努の肩をガルムは掴んだ。フライで浮く力よりも強い力に努は体勢を崩す。



「何故タンクを止める必要がある?」

「はい?」

「最後まで、やらせろ」



 まるで幽鬼のような目をしたガルムに見つめられ、努は思わず悲鳴を漏らしそうになった。ガルムは努の肩から手を離すと、自身の鎧から血を垂らしながらフライで浮き上がる。



「今ので目が覚めた。タンクは任せろ」

「は、はぁ」

「後ろは任せた」



 そう言うや否や飛び出したガルム。精神力を最大に込めたコンバットクライが、カミーユを襲っている火竜を包む。



「来い!!」



 少し喉に血が残っているのかガラガラとした声でガルムが叫ぶ。その声に呼応するようにカミーユを追いかけていた火竜は声を張り上げたガルムへ振り向いた。


 確実に踏み殺したはず。何故生きているのか。


 火竜が戸惑ったように視線を彷徨(さまよ)わせてカミーユと穴から這い出てきた努を交互に見た瞬間。火竜の潰れた目を抉るように大盾の下部分が突き刺さった。ウォーリアーハウルの振動が残っている大盾が火竜の頭を揺さぶる。



「貴様の相手は、私だ」



 戻ってきた大盾を左手で受け止めるガルム。その口は楽しげに歪み、獲物を追い詰める猟犬のような目つきをしていた。


 矮小で、非力な小さき者。そのお前が、何故そんな目をしている。火竜はガルムに向かって四足を走らせて突撃した。


 空中で火竜の攻撃を必死に避けていたカミーユは穴から這い上がってきた努の傍に着地する。火竜に狙われた短時間でカミーユはべったりと嫌な汗をかいていた。



「ガルムは、凄いな。いや、元から強い奴だとは思ってはいたが……」

「うちの自慢のタンクです」



 顎を反らして若干胸を張った努にカミーユは苦笑いを返した後に、火竜を引き付けているガルムを見つめた。



「勿論、ツトムも凄いぞ」

「それはありがとうございます。プロテク」



 話しながらもプロテクの効果時間を計っていた努はガルムに黄土色の気を飛ばす。



「ガルムが頑張ってくれているおかげで、安全に倒せそうです。これからもいつも通りでいきます。……あ、弱ってるからもう倒せる! なんて考えて突っ込まないで下さいね。それやられたら流石にキレそうになるんで」

「するもんか。あんな化物に一人で勝てる気がしないからな」

「うん。大丈夫そうですね。それじゃあヘイトを稼ぎすぎないよう、じっくり攻撃してきて下さい」

「あぁ!」



 そう言って大剣を持って飛んでいったカミーユの進行方向に努はヘイストを置く。ぐんと速度を増したカミーユが火竜の後ろ足を斬りつけた。


 それから三十分後。ガルムは火竜を引き付け、カミーユは火竜のヘイトを稼がないように攻撃を続け、努は支援、回復スキルを飛ばし続けた。


 そして火竜は今、四足で地面に倒れこみ瀕死状態になっていた。火竜の上空にいるカミーユに努は手振りで指示を出す。



「……やれ」

「兜割り」



 火竜の長い首。大剣を下に構えた龍化状態のカミーユが、青い気を纏いながらその首に上から大剣を振り下ろす。


 火竜の首は切断され、その頭は地に落ちた。ダランと舌を出した火竜の頭が努の前に落ちる。


 そして火竜の身体から赤い粒子が漏れ始める。パキンッと何かが砕ける音と共に、黒門が三人を迎えるように姿を現した。



「……よしっ!」



 努はガッツポーズ。そして大盾を地に落とした隣のガルムに向かって両手を上げた。ガルムはその意図を察したのか笑顔を見せる。



「いぇーい!」



 努とガルムは、今度こそ綺麗にハイタッチした。そして大剣を放り投げて飛び込んできたカミーユに、二人はまとめて押し倒された。

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