第25話 スキルのイメージ
努たちはステータス更新を済ませて一番の受付付近で待っていると、ミシル率いるシルバービーストのPTが姿を現した。二階層分の魔石を受け取った努たちはミシルの提案で、彼の奢りで夕食を共にすることになった。
握手をしてくれるガルムにシルバービーストの一軍PT四人は大興奮で、ミシルはイケメンに生まれたかったと愚痴りながら寂しそうにやけ酒を呷っていた。そしてミシルとカミーユの年長組に捕まった努は酒臭い二人に延々絡まれた。
最近鳥人たちが自分を蔑ろにしてくる。クランリーダーの威厳が欲しいだとか、最近娘がそっけない。やはり父親がいないからかと割と深刻な相談を二人にされている努。ガルムの周りにいる比較的若い者たちから、努は同情の視線を向けられていた。
その相談をのらりくらりと努が受け応え終わると、ミシルが持っていたジョッキをダンと机に置いた。
「おいツトムぅ! お前の飛ぶヒールどうやってんだよぉ! おじさんにコツを教えてくれぇ!」
「え? コツですか? うーん。飛ばすのは慣れれば誰でも出来ると思うんですけど」
「こらツトム! 手の内を晒すとは探索者の風上にも置けん! 私に酒を注げ!」
「いや、もうカミーユは飲むな。また宿舎に運ぶのは嫌ですからね」
「俺のPTのとっておきはあいつから探ったくせに狡いぞ! 情報交換だ!」
赤の鳥人を指差してそう大声で言うミシルに努は誤魔化すような笑顔を浮かべる。確かに彼は先ほどの救援要請を受けた際、赤鳥人と雑談を交えつつも色々と情報を引き出していた。
「別に教えるのは構いませんよ。どういう風に失敗してるんです?」
「お、マジで教えてくれんの? えっとな、遠くに飛ばすのは多分出来てるんだよ。でも全然回復しねぇんだ。あれなら草原の薬草かじった方がマシなくらいだ」
「……え? そうなんですか?」
努はてっきり失敗理由はヒールを遠くに飛ばすことが出来ないことが原因だと思っていた。努もスキルの制御を練習した五日のうち、二日ほどは距離が離れると消えてしまうヒールに悩んでいた。遠くへ飛ばすためにヒールをボールのように投げたり、ブーメランのようにしたりと試行錯誤を繰り返していた。
そして最後は波動を固めて発射するようなイメージが一番しっくりきて、途中の軌道変化にも対応できたので現在はその方式を採用している。しかし回復量については特に意識することはなかった。確かに飛ばすより近くで回復する方が回復量は上がるが、飛ばしてもそこまで格段に落ちることもなかったので努は気にしていなかった。
「……すみません。ちょっとわからないですね。少し検証してみます。わかったらお教えしますね」
「おぉう。随分と親切じゃねぇか。なんかおじさん心配になってきたよ」
努の考え込むような表情に釣られたミシルは声を潜めた。そんな彼に努は人差し指で頬を掻きながらも空笑いする。
「どうせモニターあるんですから手の内はいずれバレますしね。それに、現状の白魔道士の扱いには不満を持っているので」
「あー、確かに今は世知辛ぇよな、白魔道士は。昔はどのPTも一人は入れてたんだがなぁ。ポーション開発が進んでからは、微妙だな」
「あの、蘇生したら君はもういりませ~ん! ポイ! って扱いは凄いムカつきますよ。ほんと!」
酒の入っている努は少し怒気をはらんだ声でそう口にする。まぁまぁとカミーユに酒を注がれた努はそれをちびちびと飲み始める。
草原と森で発見される薬草を元に作られた初期のポーションはそこまで回復力も高くなく、ヒーラー職の使う回復スキルの方が回復量が高かった。腕が切断されようがその腕が現存していれば完全治癒出来るハイヒールに、状態異常を治すことの出来るメディックを持つ白魔道士は重宝されていた。
しかし状態異常、主に二十階層の沼で受けることの多い毒状態を治すポーションは次第に開発が進んでいき、素材もそこまで採取するのに苦労はない素材なので生産が進み安価のポーションが発売された。それからはわざわざヒーラーのいる場所に戻って回復して貰うよりそのポーションを飲んだ方が回復が早くなり、それにより沼での白魔道士の価値は少し下がった。
だが三十階層の荒野ではアンデッド系のモンスターが多く、そのモンスターの弱点である聖属性の攻撃スキルを使える白魔道士はまた評価を上げた。
しかし四十階層、浜辺の階層主であるシェルクラブ。一定の体力を削られると巣に逃げ帰り、少しするとほぼ全快の状態で姿を現す厄介なモンスター。そこで一旦階層更新はストップした。
運良くシェルクラブを見つけられたアルドレットクロウというクランはすぐに突破したが、それ以外のクランはシェルクラブの攻略に手を焼いていた。運以外でシェルクラブを突破する方法の模索が始まる。
破壊した鎧などは吐き出す白い粘液で接着し直していると探索者たちは気づいていたが、負わせた怪我が全て無くなっているのは明らかに不可解だった。その怪我をどうやって回復しているかを大手クランが総出で調査した結果、浜辺の海で稀に取れる斑模様の魚、回復魚(ポーションフイッシュ)が原因なのではないかと考えられた。
そしてその回復魚(ポーションフイッシュ)の発見のおかげでポーションの回復量は劇的に上がった。森で採取出来る薬草と回復魚を掛け合わせて魔道具で加工した結果、ハイヒールよりも高い回復量を持つポーションが生まれた。
そのポーションが誕生し、回復スキルのほとんどがポーションで代用出来るようになった。そしてシェルクラブはアタッカー五人のヒーラーを抜いたPTで一気に削り切る一つの戦法が確立された。
初期は何処も高かったポーションも供給が追いつき始め、味に目を瞑ればハイヒールと同等の効果を発揮するポーションが中堅クランでも手が届く値段で売られ始めた。
中堅クランではポーションを使ったとしても収支が黒字になり始め、四十階層での白魔道士の価値は下がる。回復スキルの存在意義をポーションに取られた白魔道士に残ったのは、死亡した者を生き返らせることの出来る唯一の方法であるレイズと、支援スキルくらいだった。
それから白魔道士は失墜の一途を辿った。三十階層の荒野ではまだ現役だが、それ以外では採用されることは少なくなった。だが幸いにも五十階層の渓谷は風を付与して空を飛べるようになるスキル、フライのおかげで空を飛べない種族には需要があった。
しかし空を飛べるようにと開発されていく魔道具にまた役割を奪われることを白魔道士は予感し、白魔道士で出来ることを各自考えた。白魔道士の攻撃特化、回復特化など色々なことが試されたが、一番結果を残したのは支援蘇生特化だった。
回復スキルはほぼ使わずに支援スキルでPT全員を強化。そして最も火力のあるアタッカーが死んだ場合にレイズや支援スキルをありったけ使ってモンスターの気を引き、その間に生き返らせた者を最高の状態で復活させるという役割。
その役割を担う過程はある程度努はわかっていたが、それでも現状の白魔道士の戦法が最善だとは思えなかった。それにそれでは階層主を倒しても配信に映るのはアタッカーだけだ。白魔道士はその光景を亜麻色の服を着ながらギルドで眺めることになる。
その役割を彼らは納得してこなしているのだろうか。恐らく内心では面白く思っていないのではないかと努は思っている。現状彼は幸運者と揶揄(やゆ)されてダンジョン攻略が出来るのは運が良く、ガルムとエイミーに寄生しているだけという評価を受けている。
努ほど酷い評価は受けていないだろうが、それでも白魔道士たちの評価は現状高くない。そのままでいいのか。その捨て石のような役割をこなしていて楽しいのかと努は疑問だった。
努が白魔道士について愚痴を零しながらも時は過ぎ、ぐでんぐでんに出来上がった三人は他の者に介護されながら店を出た。
――▽▽――
翌日。二日酔い防止の薬を飲んでいた努は比較的ケロッとした様子で五十六階層に降り立っていた。ちなみにカミーユは自腹でポーションを買って二日酔いを治している。
五十六階層から緑溢れる渓谷とは一転して峡谷は緑の草木をほとんど見かけない風景となり、代わりに小麦色の植物が生えていたり崩れてきそうな崖などを多く見かけるようになる。今回三人が転移された場所は一番下の方で、すぐ前には気が遠くなりそうな険しい絶壁が反り立っている。
「フライ」
カミーユにフライをかけて周辺を探索させて努はポーションの詰め替えに取り掛かる。昨日からポーションを入れっぱなしの細瓶をガルムに渡し、努は自分の青ポーションを詰め替えた。帰ってきたカミーユに地形情報を聞きつつ、努は自分とガルムにフライをかける。
「こっちだ」
すーっと空中を進むカミーユにガルムと努は付いていく。あの攫い鳥での実戦特訓が効いたのか、努のフライ操作は随分と上達していた。空中を早めに移動しても重心は安定し、万が一バランスを崩したとしてもパニックを起こさずに復帰出来るようになっている。
切り立った大きな崖を通り過ぎてカミーユに二人は追従する。地面を三~五匹の集団で歩いている土色のオークに見つかると、そのオークたちは空中へ矢を放とうとしてくる。なのでカミーユはオークに見つからないように岩場などを利用して隠れながら進み、二人もそれに続く。
五十九階層までは一先ず黒門最優先で進み、そこまで進んだら努はレベリングを兼ねた火竜への対策準備を進める予定だ。半年ほど六十階層で攻略は詰まっていて現状も紅魔団しか火竜突破は成功していない。そのため火竜に対する対策装備、道具などは色々と開発されている。
ゲームで御用達だったものから努の知らない対策道具や装備も数多くある。一番台付近の市場や店舗を回って色々と目星を付けていた努は、五十九階層まで到達したらそれらを買って試すつもりだ。
そのままカミーユの指示通りに動きながらオークから隠れながら進み、時偶現れる攫い鳥を撃退しつつ崖に沿って空中を進む。すると崖の曲がり角を先に曲がっていったカミーユが後ろの二人に待てと手を上げた。止まる二人。
「この先に帯電羊(チャージシープ)の群れがいる。運がいいな」
「お、レアモンじゃないですか」
「れあもん? ……あぁ。レアモンスターか。そうだな」
「そういえば僕あれ以来宝箱見たことないんですよ。そろそろ出てくれてもいいんじゃないですかね?」
「あれで一生分の幸運を消費したのだろう。くくくっ」
含み笑いをするカミーユに努は笑顔を返した後に崖の角から顔を出し、地面に生えている麦色の草を食んでいる帯電羊の群れの様子を窺った。
黒い身体に白い羊毛。頭の角は螺旋を描くように天へ向かって突き立っている。そんな見かけは羊と変わらないモンスターが数十体群れをなしていた。しかしその羊毛は電気を帯びているようで時々白い光を散らしていた。
現状の神管轄ダンジョンでは雷魔石を落とすモンスターは極めて少ない。レアモンスターのエレクトリックスライムと、同じくレアモンスターの帯電羊だけだ。外のダンジョンならば採れる場所もあるが、あまり供給されないのでやはり高価だ。
しかもその群れは互いの身を守るように寄り添って電気を走らせている。ガルム、カミーユが狩ろうと近づけば帯電羊(チャージシープ)は一斉に雷を撒き散らしながら逃げていくだろう。
こういった時に広範囲攻撃手段を持つ黒魔道士か、遠距離攻撃を持つ弓士などがいれば安定して狩れるのだが、今のPTで遠距離攻撃を放てるのは努しかいない。
「近づいたら不味いですよね?」
「一匹くらいなら狩れるだろうが、確実に死ぬな。経験がある」
思い出し笑いしているのか赤鱗に包まれた手で口を押さえているカミーユ。努は腕組みして少し考え込んだあとに返事した。
「じゃあ自分がやってみましょう。失敗したらごめんなさい」
「いいさ。大抵広範囲魔法を撃てない時に限ってあいつらはよく現れるからな」
「物欲センサーってやつですね」
「ぶつよくせんさー?」
「すみません。なんでもないです」
首を傾げたカミーユに努はそう返した後に音を立てないように崖から身を出し、遠くに見える帯電羊に向かって白杖を構える。
「ホーリーウイング」
赤鳥人から聞いた情報を基にイメージを固める。自分に翼という部位が生え、それを自身で振るって羽根を放つようにする。放つ羽根の一本一本に意識を向けて研ぎ澄ますように。風に乗る羽根になるように
赤鳥人の話はほぼ感覚的なものばかりだったが、努は言われた通りにイメージを固めながら最大の精神力を込めてそれを放った。
以前オークに放った時とは明らかに違う勢いで聖なる羽根は風を切って放たれた。帯電羊は空から降り注いだ槍のような羽根にどんどんと貫かれていく。辺りを雷が暴れるように唸り鋭い轟音が巻き起こる。
ホーリーウイングが放ち終わる頃には十数体の帯電羊が魔石と化し、残りは雷を辺りに撒き散らしながら逃走していった。
「……ツトム! 上出来じゃないか!」
「ありがとうございますー!」
角から飛び出してきたカミーユに頭を両手でわしわしとされた努は、予想以上のホーリーウイングの威力に感動していた。その後ろでガルムは混ざろうとしては諦めてを繰り返している。
宝箱は出なかったものの、雷の小魔石七つ。雷の中魔石八つを帯電羊はドロップし、ホクホク顔で努はそれらをマジックバッグにしまった。
そして五十七階層への黒門もそのすぐに見つかって努は今日中に五十九階層行くぞー、と意気込みながら黒門を潜った。
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