ライブダンジョン!

dy冷凍

一章

第1話 ダンジョンへようこそ

 ダンジョンを攻略して最下層を目指す無料のMMORPG、ライブダンジョン。アパートで一人暮らしの京谷努きょうたにつとむは五台のノートパソコンを起動しながら今日もその名の通りキャラ育成に努めていた。


 ゼリー飲料の飲み口を咥えながら努は五台のノートパソコンに表示されているキャラたちを見る。一番最初に育てたヒーラー職。ついでタンク、アタッカーと全てレベルカンスト。最後に育てている魔法タンクももうじきカンストとなる。


 このゲームはダンジョンを攻略し最下層を目指すゲームなのだが、MMORPGなので当然他の人とPTを組むのが基本である。斯く言う努も二年ほど前はギルドやフレンド、あるいは知らない人とPTを組んでダンジョンへ潜っていた。


 しかし時代の流れというのは残酷なもので、今から七年前にサービスを開始したMMORPG、ライブダンジョンはあと一月でサービスを終了することとなっている。


 努が高校生の時にパソコンを手に入れて初めて遊んだライブダンジョン。おおよそ六年ほど努はこのゲームをプレイした。その最後を飾るに相応しいこと。努は思いついた。


 自分一人でのダンジョン最下層攻略。しかしライブダンジョンはMMORPG。ソロでのダンジョン制覇は出来ない仕様になっている。そこで努は一台中古のノートパソコンを購入、残りの三台は大学の友達や先輩に借りた。流石は七年前のゲームといったところか、パソコンの要求スペックは低いのでオンボロノートパソコンでも問題はない。



(終わった……)



 最後のキャラのレベルがカンストまでいったことを確認した努は、空になったゼリー飲料を無造作にゴミ箱へ投げ捨てる。そして気合を入れるように手をグーパーさせて指を鳴らした。ここでライブダンジョンの醍醐味であるゲーム配信を開始する。


 このライブダンジョンというゲームはその名の通り、ダンジョン攻略をゲーム内で配信できるという機能がある。ダンジョンを管理する神々が人間の戦う姿を見るため暇つぶしで備え付けた機能、という設定だ。なおその機能はアップデートを重ねネット配信も出来るようになり「神様、ネット進出」と掲示板で大盛り上りだった。


 だが努はあえてゲーム内だけで配信を行った。このサーバーには常時インしっぱなしのBOTくらいしかいないが、それでもよかった。ネット配信してもぼっち乙と酷評されるのが目に見えていたから。



「さて、やりますか」



 しっかりしろと友達によく言われる顔を努は引き締め、各自のキャラを同じサーバーへ接続。よろしくお願いします、と定型文をPTチャットに入れてPT申請。


 PTの役割はこのゲームでは主に三つに分かれる。タンク《盾役》アタッカー《攻撃役》ヒーラー《回復役》の三つ。努は物理タンク、魔法タンクの二人、物理アタッカー、魔法アタッカーの二人。そして回復役の構成でダンジョンに挑んだ。


 ダンジョンは主に十階層ごとに環境が変わり、百階層で最下層。そこで最終ボスであるただれ古龍が出てくる。


 廃人仕様の裏ダンジョンもあるのだがそこは流石に一人が五台稼働で攻略出来るほど甘くない。なので努は表のダンジョン攻略を目標にしていた。


 とはいってもダンジョン攻略計画はキャラ製作中に練っていたが実戦は初めてだ。まぁ夏休み全部使えばなんとかなるでしょ、と努はひとりごちてEnterキーを押した。


第一階層から第十階層までの草原。第十一階層からの森。第二十一階層からの沼。第三十一階層からの荒野。毒の状態異常は厄介ではあるが、ここまではレベルのゴリ押しで何とかなる。問題は第四十一階層からの浜辺。ここのボスであるシェルクラブを倒すためには地中に潜らせない対策が必要となる。


 潜られる前に削り切るのがセオリーだが努は一人で削り切ることが難しかったので、移動ポイントに先回りする必要があった。体力の比率によって変わる移動ポイントは三箇所あり、それさえ知っていれば全回復されることはないので努は二箇所目で引き当てて早めに倒すことが出来た。


 第五十一階層からの渓谷は落ちたら即死。そのためあの手この手で落とそうとしてくるトラップや敵MOBが満載だが、風の魔法をPTに付与しておけばそれらは無効化できる。努は一人ずつ丁寧に動かして飛び交う飛竜にターゲットを受けないように進む。


 渓谷のボスは火竜。飛び道具がないと一生降りずにブレスを吐かれて地獄を見るが、遠距離攻撃があればそれで翼を弱らせ地上に降りたところを袋叩きで終わりだ。


 第六十一階層からの火山。ここも即死設置物が多く暑さ対策が必須。防暑装備を整える必要がある。溶岩の中を泳ぐ中ボスとボスの巨人は溶岩を使って即死を振りまいてくるタンク殺しだが、耐熱対策があれば耐えられるので問題ない。


 第七十一層からは雪原。ここも防寒対策、凍結対策をしていればそこまで怖くないが、雪狼という雑魚敵が無限に湧く場所が鬼門だ。主に操作面。複数の敵を相手取るのが一人五台操作では辛いところがある。努がもっとも危惧していた場所でもある。


 りかけた指を動かしながら何とかそこを突破した時点で努は、一発クリアが見えてきて少し手が震えた。このゲームの終わりが見えてきた。


 第八十一層からは光と闇。ダンジョンを作り出した神の使い、天使だと自称する悪魔と、悪魔に落とされ喋れぬアンデッドに成り下がった天使が主な敵MOBである。ここは聖属性、闇属性の攻撃手段が必須。混乱や暗黙の状態異常対策も必須だ。


 そしてボスは大天使の成れの果て。聖属性と闇属性の複合範囲攻撃に魔法が使用不可になる状態異常の暗黙。主にヒーラー殺しで有名であり、ヒーラーがいかにボスの攻撃を回避または防げるかにかかっている。


 そして第九十一層からの古城。ダンジョンのボスドロップを掲げることで扉は開く。なおボスドロップを武器や防具。道具の素材として使ってしまった場合は狩り直しという面倒くさい仕様である。古城の中は今まで出てきた敵MOBがありったけ出てくる。


 そして百層目は闘技場のようになっており、その中にいる爛れ古龍を倒せばダンジョン制覇だ。


 武器防具の耐久を削るブレスに範囲攻撃の数々。攻撃するたびにも武器耐久減少。魔法耐性も高くアタッカー殺しであるが、その分聖属性が通りやすいのでヒーラーも攻撃に参加できるためそこまで火力不足には陥らない。


 慣れた操作と無意識に動き思考のまま爛れ古龍を努は倒す。裏ダンジョン解放!なんて今更な表示を四キャラで確認した努は、どっと疲れた顔で放心した。



(色々あったなぁ)



 初めてダンジョンにソロで潜って見事に返り討ち。ダンジョンで死亡した際に送還される場所で挑発アクションをされ顔真っ赤になったこと。

 初めての野良PTでヒーラーを受け持った際にヘイトを稼ぎすぎて地雷認定。

 初めてのギルドでボイチャ組と非ボイチャ組が分かれてしまい解散。次に入ったギルドは出会い厨により解散。最後には自分が作ったギルドが苦労もあったが人がいなくなるまでは続いた。

 初めての防衛戦ではPKに遭ってレアアイテム以外全ロスト。

 初めてのダンジョン制覇は寄生ぎみでアタッカーとタンクにボイチャで罵倒された。



(あれ? いいことあんまないな!)



 いやいやいいこともあった。役割覚えてからヒーラー楽しかったし、タンクもアタッカーもまぁまぁ楽しかったと努はうんうんと無理やり納得しながらも広場に戻った。すると広場の中央で拍手モーションをしている者がいた。



(名前表示がない……。NPCかな? ダンジョン制覇してもこんな奴出ないはずだけど)



 そう思いながらも五人のキャラクターで馴れ合いジェスチャーをしていると個人チャットが送られてきた。



「単独でのダンジョン制覇おめでとうございます! そんな貴方にはこれを差し上げましょう!」



 そんなチャットと共にそのNPCから手渡しモーション。努は単独という単語に手が止まった。単独とわかった理由はすぐに思いつく。



(見られてたのか……)



 ライブダンジョンをある程度プレイしていた人が見れば所々固まる動作を見て、もしかして単独プレイなのかなと推察することは出来るだろう。しかしこの人は上に名前が出ないし、サーバーでインしている人を見てもBOTしかいない。



(もしかして運営の人かな……? うわぁ。粋な計らいしてくれるもんだなぁ)



 不覚にも涙ぐみながらも努は懐かしの掲示板にでも書いて自慢してやろうかと、運営の人間からアイテムを受け取る。



「神からのいざないを受け取りました」



 そのアイテムを受け取った瞬間にノートパソコンが勢い良く発光した。



(えっ! フリーズか!?)



 そんな思いと共に努の意識はノートパソコンの電源を切るように、プツリと途絶えた。



 ――▽▽――



 人々に存在を忘れられた古城。忘却の古城の闘技場で努は目を覚ました。



「うーん。ここは?」



 辺りをキョロキョロと見回すと周りはやけに薄暗い。周りが『ライブダンジョン!』の第百層に似てるな、とぼやけた頭で考えて。



(夢か)



 そう結論づけて努は立ち上がり埃を払うようにお尻をぱんぱんと叩く。カチャカチャとなる自分の服に驚いてみれば赤い革ズボン。上半身には鎖帷子(くさりかたびら)に黒色のローブ。茶色いブーツに黒水晶のはめ込まれた杖までも。



(うわぁ再現率高いなぁ。魔法とかも撃てちゃったりして!)



 杖を掲げて色々ポージングを取ってはっちゃけていると、腹の底に響くような轟音が努を襲った。あまりの衝撃に思わずひっくり返った努はそのまま曇天を見上げた。


 最初は遠くに小粒の黒い物が空に見えた。それはどんどんと大きくなり急速に努の方へ落ちてきているように見える。


 まだ放たれた咆哮のような轟音に耳を塞ぎながら努はよろよろと立ち上がり、そこを離れようと走る。躓きかけた足を無理やり動かしてとにかく走った。そして巨大なナニかは闘技場の中央に風圧を撒き散らしながら舞い降りた。


 腐り落ちた瞳。いくつか穴の空いている朽ちた古龍の身体。あまりにも大きすぎる規格外の生物に努は足を震わせてその場に座り込んだ。



(爛れ古龍……だよな)



 かちかちと歯をかち合わせながらもこれは夢だと思う。地面の土を握り込みながら努は夢だと頻りに口にした。手の中でパラパラと崩れる土の感触を感じながら、もしかしたら夢ではないのかもという思いが過ぎる。


 そんな思考に支配されている努。彼に爛れ古龍は瞳のない目を向けた。そして爛れ古龍はえずくように身体を縮こませると、地面に向かって吐き出すようにブレスを吐く。触れたものを全て腐食させる嘔吐物のようなブレス。その場から動けない努は津波のように押し寄せるブレスを真っ向から受けた。


 前に出した努の両手はそのブレスを受けた途端、ドロドロと水飴のように溶け出した。瞬く間に努の手首から先が腐り落ちる。



(いぃぎゃあああああああぁあぁぁぁ!!)



 すぐに全身へとブレスが覆い、虫の大群に群がられて全身を噛まれているかのような痛み。どんどん沼に沈むように身体が落ちていく。顔もブレスを受けて腐り始めて視覚、聴覚、嗅覚が失われる。あるのは痛みだけ。


 その痛いという感覚が努からふと消えた。


 そして努の身体は淡い光の粒子となって古城の闘技場から消えた。


 残ったのは所在無さげに佇む爛れた古龍と、努が着ていた装備だった。

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