第5話-3
依頼は完了していれば誰が済ませたかは問われない。しかし上位者ヨニはオリンドに魔物の首を掴ませて早朝に集会場へ戻った。朝日を背に魔物の首を手に戻ったオリンドの姿はまさしく勇者の貫禄であり、冒険者たちの中には一晩で態度をコロッと変えた現金な者もいた。
「じゃあ剣は自分で買えたのね」
「お、おう……」
「しかもオリンドの仲間になりたいって奴らも出てきたと」
「お、おう……」
部屋で事情を聞いた魔女クレイジーブーツとその従者アルフ、魔術師フォルカーは信じられないと言う顔で上位者ヨニを見上げた。ヨニはいつものように目を瞑って立っていて、魔女たちはソファやベッドに腰を下ろしていた。
「こいつがそんな人間的なことを……?」
「う、嘘じゃない!」
「今の状況で私たち相手に嘘ついても旨みはないでしょう。そのくらい分かるわ」
話を信じてもらえたオリンドはほっと胸を撫で下ろす。
「あなたが自分のパーティを組めるなら私たちと常につるむ必要ないわよね?」
「……え?」
「聖剣の収納はこっちで調べておくから別行動しましょう。その方が効率が良いはず」
「え!?」
「元勇者で山の頂上までは行ったんだろ? 中級クエストこなしてれば生活資金も増えるだろうしよ。俺たちもこの村から動かないようにすれば剣の持ち逃げってことはないし」
「い、いや! だが!」
「アルフはどう思う?」
「はいマスター。
「そうよね」
オリンドはバッとヨニの顔を見た。上位者は冷たい目でオリンドを見下ろしていた。何年も見続けた、浴び続けた視線だ。オリンドは今、ヨニに
(俺のことを助けてくれたんじゃない……魔女が俺を手伝う理由を奪ったんだ……!)
「ま、待ってくれ!」
オリンドは立ち上がるとヨニの前まで行って頭を下げた。
「頼む! もう一度チャンスをくれ!」
「お、おい何やってんだ……?」
「聖剣の使い手である俺を試したんだろう!?」
上位者はオリンドを冷たく見下ろしたままだ。オリンドは魔女たちに状況を知ってほしくて振り向いた。
「彼が腰に提げてるのも聖剣なんだ!」
「ああ、まあそうだろうな」
「知ってたのか!?」
「使ったところを見てるから。魔物を浄化する剣なんて聖剣以外ないでしょう」
「なら話は早い!」
オリンドは聖剣について知っていることを話した。聖剣は何本か存在するが時代ごとによって違う。それぞれ別の属性を持っており属性を二つ以上持つ聖剣はない。選ばれた持ち主以外は持ち運べない。
「大体魔術院で習った通りね」
「魔術師はそんなことも習うのか!?」
「歴史の授業でね。仕事上、神話の遺物が絡むことは無くはないし」
「な、何だ……。え、じゃあ俺が勇者なのも早々に見抜いてたのか?」
「ある程度推測はしてた。ま、自分から話してくれて確認の手間が省けたけどな」
「そんな……」
「ちなみにヨニの剣は月の聖剣よ。月光を切り取ったような見た目だから」
オリンドはまた月の瞳を見上げた。上位者はオリンドを見る価値もないと思ったのか遠くを見て心をどこかに飛ばしていた。
「ちょっと」
魔女に袖を引かれオリンドは小柄な少女に振り向く。
「聞いてる?」
「お、俺は……」
「顔が真っ青よ」
オリンドは力なくソファに座った。
(ヨニは昨日何かを確かめたんだ……。俺はそれに見合ってなかった……だから……。でも何を試されたんだ? 言葉はわからなかったし……)
「……ダメね、しばらく放っておきましょう」
「群がってる冒険者はどうする?」
「適当なこと言って散らせば?」
「うーん。ああそうだ、お前に報告があった」
「何?」
魔術師フォルカーは手紙を二通魔女に手渡す。
「俺は読んだ」
「私宛てじゃないのね」
一通目は魔術師ルーカスの文字だった。フォルカーとブーツに宛てて書いてあり、内容はフォルカーが逐一していた上位者ヨニについてだった。
“報告を読む限り彼が使っているのは星魔法で間違いないだろう。いま研究室では神話と古典を読み漁っている。星魔法は鉱石魔術と天体魔術の両方にかぶるし、天体科もいずれ出張ってくる。次の町村に動く際は気をつけろ。偶然を装って待ち伏せされているだろう。ブーツは体調はどうだ? 酷いようなら人体科に申請して派遣するが。何はともあれ体には気をつけてくれよ。私たちにとって君も姉も妹のようなものなんだから。”
「相変わらず心配性ね」
「表立って言わねえけどな」
「そうね、そこも相変わらず」
二通目はその人体魔術科の魔術師アスドルバルからだった。当て先はフォルカーだが内容の大半はブーツに宛てたものだった。
“聖剣を腹に埋め込むとはどうやったんだ!? 気になる! 体調が悪いなら私が行こう!”
「やめて欲しい」
「ん?」
「いや、ご本人来ちゃダメでしょって」
「ああ、その部分」
“と言うと君に嫌がられるだろうから、部下を派遣しておく。何、礼はいらんぞ! 可愛い弟子のためだからな!”
「単に好奇心強いだけでしょう……。手紙はこれだけ?」
「いや、もう一通」
差し出された最後の手紙には見慣れた姉の綺麗な文字。
「これは開けてない」
「……ありがとう」
封を開くと柔らかい草の香りが鼻をくすぐる。手紙と共に出てきたのは薬草の茶袋だった。
“半身へ。元気ですか? 具合が診れないので心配です。危ない目に遭うより保身を優先しなさい。あなたは私のただ一人の妹なのよ?”
(過保護なのよ姉さんは)
“フォルカーが長文の手紙をくれました。あの剣士相変わらずあなたが大好きなようね。結婚でもするの? するなら帰ってきなさいね。町中でお祝いするんだから”
(気が早い……)
“他の男は嫌だけどあの剣士ならあなたと触れ合ってても許せちゃうのよね。どうしてかわからないけど。私もあなたも魅了の魔法でもかけられたのかしら? 母さん、エラは元気よ。つい母さんって書いちゃうくらいには似てるの。最近は畑仕事も手伝ってくれてる。仕事終わりに一緒に甘いものを摘むのが日課になってきたわ。本当はもっと色々書きたいけど際限なくなっちゃうからこの辺で。私からの大きな愛を込めて。半身より。
追伸、危ない目に遭ったら許さないんだからね!
追伸の追伸。ある程度魔術院に協力したら帰ってきなさいよ!”
双子の片割れはふっと笑うと手紙に口付けた。
「何だって?」
「相変わらずの過保護と愛情たっぷりってことしか分からなかったわ。さ、姉さんが送ってくれたお茶をみんなで飲みましょう」
部屋で双子の片割れのお茶を飲んだオリンドは多少気持ちが落ち着いたようだった。上位者ヨニは相変わらず茶の部類は口にしないが、膝に乗ったブーツがパンケーキを差し出すと一口だけ頬張った。
「へえ、食わない訳じゃないのか」
「食べなくて済むみたいだけどね。お水は自分から飲みにいくし必要なのは水分だけなんじゃない?」
「それも報告しとくか」
「食べ物は一通り勧めたけど口にするのは時々。お水は飲んでもお茶は飲まない。ああ、他の飲み物も試してないわ。コーヒーやお酒はどうなんだろう?」
「持ってくるか?」
「いえ、昼食で勧めてみましょう。それでオリンドはどうするの?」
「……え?」
「パーティ。自分で組む?」
「い、いや! お前たちのを手伝う!」
「それじゃ逆じゃない」
「いいんだ。しばらくその聖剣使いのそばにいたい」
「あら、ヨニのファン? 仕方ないわね」
食堂へ移った魔女たちはブランチと洒落込む。実際に飲むかはともかく座らせたヨニの前に葡萄酒やエール、
「お酒は飲むのね」
ヨニを観察しながらフォルカーは観察記録をつけ、ついでに肉がぎゅうぎゅうに挟まったサンドイッチを頬張る。
「冒険者ギルドの飯ってサンドイッチ多いよな」
「持ち運べて野菜も肉も魚も摂取出来るから効率いいんでしょ」
「あー、効率は大事だな」
「肉汁が染みたパン美味しいし」
「硬いライ麦でも食えるよな」
「そう言うこと」
ヨニはレモン水を挟みながら出された酒を全て飲み干した。
「酔った風には見えないわね」
「酒豪なのかもな」
と、特に変化がないと思われた瞬間ヨニは大衆の面前で魔女の口を吸った。そのまま唇をぺろりと舐められた魔女は腕をつっかえ棒にして上位者から距離を取る。
「やっぱり酔ってるかも」
「上位者も酔うのか……」
ヨニは魔女に抱きついて額や髪を関係なくちゅうちゅうと吸い始めた。
「酔ってるわ」
「酔ってるな……」
「ヨニはキス魔なのね……」
どことなくふわふわとしたヨニの腕に抱かれながら食事を終えた魔女クレイジーブーツは魔術師フォルカーと元勇者オリンドにクエストを選びに行かせ、自らは姉への手紙を書き始めた。
ヨニはしばらくぼんやりしていた。その状態の彼を連れて魔女一行は中級の魔物狩りに山をゆっくり登っていく。山道は高い針葉樹に覆われ昼間でも暗い。
ずっとヨニの手を引いていた魔女ブーツは彼が立ち止まったことで月の瞳を見上げた。月の剣士は酔いから覚め前を見据えていた。
魔女たちが同じ方向を見つめると森の深い影のなかで蠢く巨体がある。瘴気を撒き散らす黒く七色に光る不気味な毛の獣は、いくつもある赤い瞳をギラリと光らせこちらへ向けた。
「出たぞ!」
オリンドが剣を抜いた。フォルカーもブーツもワンドを抜くがヨニはブーツの右手を握り強く自分の方へ引いた。
まだ駄目だ。
目でそう伝えた上位者はブーツを背に隠して魔物と対峙する。
「ごめん、ヨニに止められたから私は観察に専念する。フォルカー、オリンドと組んで。オリンドは前衛、フォルカーは後衛で支援魔術を中心に」
「おう!」
「あいよ」
「アルフは私の隣にいて。ヨニ、私の代わりに行ってくれる?」
上位者は月の瞳で少女をチラリと見た。是、と言われた気がする。
「お願いね」
魔物は熊の姿をしていた。ドラゴンロードの冒険者ギルドで受ける中級クエストは並のギルドより遥かに難易度が高い。それはこの山の支配者が竜であり、竜の目を掻い潜って生き残った魔物が異様に強いからであった。熊の姿の魔物など見たことがない従者アルフはそれだけで怯えていた。
オリンドが駆け出す。フォルカーは元勇者に攻撃強化、素早さ上昇などの支援魔術をかけていく。上位者ヨニは両腕を広げ星雲を呼び出し、ブーツとアルフの周囲に半球状の結界を張った。
「でぇええや!!」
十年
(体力があるから跳躍ブーツと相性いいかも。履かせてみる? でも一時的な関わり合いの人間に自分の発明品渡すのもな……)
一方、魔術師フォルカーはオリンドの動きを観察するだけで加わってこない上位者ヨニを気にしていた。
(ずっと見てるんだよな。勇者だから、いや、聖剣使いだから観察してるのか?)
フォルカーは確実に魔物を倒すことよりも上位者の観察に重きを置いていた。二つ名を持つ魔術師は中級クエスト程度で死んだりはしない。その自負もあり、フォルカーは魔物に攻撃魔法を向ける。
「我が石は炎のルビー。火炎よ舞え、火の鳥の如く」
赤い石のつぶてが羽のような炎を噴き出しながら魔物の巨体に突き刺さる。熊型の魔物は
「あっ……!」
オリンドは焦った。剣士は前衛で敵視を取るのが仕事だ。彼は急いで走り出し魔物に追いつこうとする。
「待て!!」
月の瞳は理性など持ち合わせない魔物に呆れ、巨体が自分の頭に大きく影を落としても微動だにしない。それどころか目を伏せた。
「っ……!」
オリンドは無我夢中だった。剣を真っ直ぐ天に向けたのはかつて振るった聖剣の癖。風の奇跡を宿す聖剣は願えばその身に嵐をまとった。
(俺が何とかしなきゃ……!)
十年前の
自分を助けるために犠牲になった仲間たち。横たわる冷たい骸。
(もうあんな思いは嫌だ……!)
オリンドが持つただの剣に風が集まる。
彼が剣を振り下ろすと決着はついていた。
真っ二つに切り裂かれた魔物。その中央に立つ目を伏せた無傷のヨニ。
オリンドは自分が何をしたのかわからず、どっと噴き出した汗と熱を感じながら膝をついた。
「はっ、はっ……」
「へえ、勇者ってのは聖剣自体がなくても奇跡を使えるのか」
魔術師フォルカーは冷淡な口調で言い放つとオリンドの横を通り過ぎ、魔女ブーツの元へ向かった。
「終わったし帰ろうぜ」
「そうね。ヨニ」
名を呼ぶと上位者は少女に振り向いた。
「収穫はあった?」
月の剣士は満足そうに目を細めて口の端を上げた。
「いや返せよ!? 俺の剣!!」
翌日。上位者ヨニが魔女ブーツを連れて次の町村へ移動しようと冒険者ギルドから外へ出たため勇者オリンドは白いローブにしがみついていた。魔術師フォルカーがオリンドに石のように重くなる魔術を使いヨニを引き止めると、上位者は呆れたと言う表情で勇者を見下ろした。
「何も解決してねえよな!? してねえだろ!? なあ!?」
「そうね。聖剣が私のお腹にしまわれたままだし何も解決してないわ」
「責任取れよ! おいヨニ!」
上位者は呆れた表情のまま勇者の手からローブを引きずり出し、やれやれと言う仕草で魔女を片腕に抱えた。ブーツは体をひねってヨニの表情を間近で見る。
「ふーん、ヨニってそんな顔もするのね」
上位者は少女の顔を間近で見ると嬉しそうに
「はー、もう」
ヨニは魔女を腕にまた歩き出そうとしたので次はブーツが彼のフードを引っ張って止める。
「移動する準備してないんだからまだ出れないわよ。部屋に荷物置いてきちゃったし」
準備がまだ、と魔女が強めに念じると上位者は不満そうに魔女を地に下ろした。
「受付で次のギルドまでのクエストも受けなきゃ」
「いやっ、おい!?」
「あなたも早く準備しなさい」
跳躍の魔女がそう言って受付へ戻ると勇者オリンドはポカンとしてフォルカーを見上げた。
「連れていくつもりなんだろ」
「……いいのか?」
「俺じゃなくてパーティリーダーに聞け」
フォルカーも魔女を追ってギルドの受付へ向かう。従者アルフは迷ってから主人を追い、取り残されたオリンドは月の瞳を見上げた。
ヨニは勇者を見なかった。ただ前を見ていた。
オリンドがその場に脱力していると遠巻きにオリンドを見ていた冒険者たちが声を掛ける。
「な、なあオリンド」
「え?」
「いや、その……出て行くのか?」
「ああ、まあ」
冒険者たちは顔を見合わせると覚悟したかのように頷き合った。
「あ、あのお前のパーティなんだけどよ……」
「は? 新しい奴なら要らない……」
「違うよ。昔の仲間のことだ」
十年経って今更何を言うんだとオリンドが目を丸くしても傭兵は態度を変えなかった。
「あいつらは別のパーティの僧侶さんが遺体を見つけてくれてその場で簡単に葬儀は済ませてあるんだよ。五年前に……」
「お前話しかけにくい雰囲気だったし言えなかったんだよ。ごめんな」
「……は」
あんな
(奇跡は使えないんじゃなく使わないだけだった。聖剣は本体が重要じゃなくて剣に認められる方が大事だった……?)
いつも見られていた。こそこそ陰で何か言われていた。
でもそれは陰口じゃなくていつ話しかけようかと言う相談だったのでは?
オリンドの心はだんだんと晴れていく。過ぎ去ったことは何も変わっていないけれど、オリンドは心が軽くなった。
「……そうだったのか」
「お、おう。だから気にしないでよそに行くといい。墓参りはまた今度出来るだろ」
「……そうだな。あいつらに顔向けできるように鍛えてくる」
「おお、そうだな」
「じゃ、気をつけて行けよ」
傭兵たちはそう言ってその場を離れた。いつの間にか戻ってきていた魔女に手を差し出されオリンドは顔を上げる。
「行くわよ」
「……おう」
勇者は少女の手を取って立ち上がった。空はオリンドの心のように澄み渡って青々としていた。
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