第3話-2
「……ねえヒール」
「何よブーツ」
「私たちどうなった?」
双子魔女は傍らで気絶したブルームとアルフと共に獣くさい洞窟の中にいた。上位者二人の姿は見えず、冷たい石床の上に寝そべった双子魔女は体の自由が効かない。
「私の気が変じゃなきゃ身動きができないまま竜の巣にいるわね」
「だよねえ……。どうしよう?」
ヒールは目玉を動かして周囲の状況を確認した。明かりのない暗闇だが、目が慣れてくれば多少ものが見える程度の明るさはある。それはつまり出口や外気と接していることを示していた。
「洞窟の中だけど深いところじゃなさそうよ」
「よくわかるね」
「完全な暗闇じゃないもの。竜の巣の手前ってところかしら?」
「なるほど?」
二人がボソボソと喋っていると遠くから竜種の哀しげな鳴き声が響いた。反射的にそちらを見ようとしても二人の体はまるで石のように動かなかった。
「あ、これ秘匿魔法じゃないんじゃない?」
「どう言うこと?」
「石化の魔法だったりして」
「それなら私たち喋れないはずじゃない?」
「……そういやそっか。後はなんだと思う? 月の模様でしょ? 秘匿、太陽の光の写し……」
「太陽の影、女。天を追われる者。うーん……」
二人が思考を巡らせていると上位者のうち剣士ヨニが姿を現す。その手に竜の卵を抱えて。
「あ、お帰りヨニ」
「あら? エラは?」
月の瞳の剣士は竜の卵をブーツの腹の上に置き少女の腕に抱えさせると、小さな魔女を抱きかかえた。それと同時にヒールと双子の従者たちの体が浮き、ヨニの歩みに合わせて縄で繋いだ小舟のように滑り出す。
「ヨニ、エラは?」
ヨニは答えない。前を見たまま歩くだけの彼を見て魔女ブーツはムスリとした。
「無視ー」
跳躍の魔女の片割れは月の瞳をじっと観察した。
(月の魔法と月の瞳。何か関係があるはず……)
「月……。月は沈む者、隠者……」
ブーツの呟きでヒールが閃きを得る。
「冥府! 冥府に連れ去られた女神よ!」
「え? 詳しく?」
「死体よ! 冥府に連れ去られた死者と同じなのよ私たち!」
「生きてるのに死体なの?」
「この魔法が効いてる間だけね! ここは地下洞窟なのね! つまり、地下は冥府だから連れて行くために月のように隠したのよ!」
「あー、なる、ほど?」
ブーツが半分を理解したかと言う頃、陽光が差し込む洞窟の入り口が見えてくる。入り口では上位者エラが待っていて、彼女は双子たちの姿を見つけると母のように微笑んだ。
地上に出た双子と従者二人は剣士ヨニの額への口付けによって魔法を解かれた。魔女ブーツは手の平を握って開いて動きが柔らかくなると竜の卵を抱えて上半身を起こした。
「はー、びっくりした」
魔女ヒールも体を伸ばし、従者二人はぼんやりと目を覚ます。
「二人とも大丈夫?」
「……はい、マスター」
「何があったんですか?」
「地下洞窟に連れて行かれるまでに魔法をかけられたようなの。私とブーツは冥府の月の魔法。あなたたちは多分、眠りの魔法ね」
「……僕らの体はそのままなんでしょうか?」
「ん?」
「あの、その、怪我と言うか……」
「ああ」
魔女ブーツは不安そうなアルフの顔をペタッと触った。
「……うん、何ともない。今朝のアルフと一緒だよ」
「そうですか」
「安心した?」
「はい……」
アルフの表情が和らいだのを見てブーツはにっこりと笑った。
「そういやここどこだろう?」
双子魔女とその従者は西の森を抜けて山の上まで来ていたようだ。西の森を抜け山を越え、川を隔てた向こうには隣国ガリアの町並みが見えている。
「おおー、こんなところ初めて来た」
「ガリアって結構近いのね」
双子の魔女は初めて見る隣国の小さな村から、人の営みを示す煙が立ち上っているのをぼうっと眺めた。
双子が消えたあと魔術師たちはその場から動かないようにしていたが、双子が先に帰って来たと言う伝書鳩が飛んでくると急いで冒険者ギルドへ帰還した。
「つまり置いて行かれたんだな俺たちは……」
「ご、ごめんなさい……」
「謝らなくていい。お前たちの責任ではない。油断した私たちの責任だ」
ギルドの客室へ戻った一行はギルド長オイヴァを抜きに魔術師魔女同士で遠慮なく報告をしあう。
「竜の卵はしっかり持って帰って来たんですね?」
「そう。ヨニが卵をもらって来たみたいです」
「襲ったのでは?」
「違うと思います。あれは断末魔じゃありませんでした」
「親竜の許可を得て卵をもらってくることが可能なのか……。かけられた魔法については?」
「あれは冥府の月の魔法だと思います」
「ふむ? 詳しく聞こう」
「洞窟は地下に繋がっていました。私たちは地下、冥府に連れ去られる女神になぞらえて月の印を与えられたと推測しています。従者二人は眠らされていました」
「眠りも死、冥府への道だな。筋は通る」
「仮説としては十分でしょう。魔術院への報告はこれで一つ出来ますね。名義はどうなさいますか? 先生方」
魔術師ルーカスが話を振ると隻眼の魔術師と水晶の魔女はお互いを見やった。
「……この場に木星の魔術師がいないのであれば
「ええ、そうですねぇ。
「影響力の強さで言えば
「ふふ、お願いしますね」
「では双子は私に報告書を提出。その後一筆書き加えて私から発表する」
「わ、わかりました!」
(アスドルバルさま居てくれて助かった〜)
(ほんとほんと)
双子は集会場の浴室を借りて一度体をほぐし、その後アスバルドルの前で報告書を仕上げるため昼食を口に詰め込む。
(午後までに出せって無茶苦茶じゃない!?)
(魔術院時代を思い出すわぁ……)
双子が急いで食事をする間、上位者たちは従者共々軽食を与えられて椅子に腰かけていた。もちろん食事は口にせず、ただ目を瞑るだけだが。
(食べる時と食べない時があるよね)
(差が分からないのよ。気まぐれ?)
(うーん……)
冒険者ギルドの食堂では上位者が大人しく佇んでいるだけでも奇妙な光景だと言うのに、座って食事の真似事をしている様子を目にして冒険者たちは目を丸くしてヒソヒソと顔を突き合わせた。
「上位者なんだよな?」
「あ、ああ……。双子はあの至近距離で座ってて大丈夫なのか?」
食事を胃に詰め込んだ双子は慌ただしく立ち上がった。
「よし、報告書!」
「おじちゃんご馳走さま!」
双子が従者と一緒にバタバタと客室へ上がっていく。この時、上位者たちは初めて双子の行動に干渉せず、目を瞑ったままその場に留まった。
「……置いてったぞ。大丈夫なのか?」
「さ、さあ……?」
上位者のうち剣士ヨニが椅子から立ち上がると周りは息を呑んだ。何をするのだろうと人々が期待と不安を寄せる中、剣士ヨニは集会場の出口へ歩いて行く。上位者エラは立ち上がると双子が向かった客室への階段を静かに上っていった。
傭兵ヴィートと二人の仲間は剣士ヨニの行動が気になって後を尾けることにした。ただし似たようなことを考える冒険者は多いもので、剣士ヨニからすれば後ろからずらずらと人間たちがついてくる奇妙な光景だった。
ヨニが立ち止まれば冒険者たちも止まる。ヨニが歩き出せば冒険者たちも歩く。進んだり止まったりを繰り返しながら剣士ヨニは再び西の森へ踏み入った。
「な、なあ引き返そうぜ。クエストも無しに西の森の深いところへ行くのは……」
気が弱い冒険者たちは西の森に差し掛かった辺りでとうに引き返していた。
残ったのはヴィートのパーティと彼らに張り合うようについてくるリンジーのパーティだ。リンジーはヴィートが傭兵上がりなのに若くして上級冒険者になったことが気に食わない、元騎士の壮年の男だった。金髪碧眼が好まれる貴族社会の中で、茶髪に茶の瞳のリンジーは常に軽く見られて来た。傭兵出身のヴィートにまで足元を見られるのは嫌だ。リンジーの心の底に残ったプライドは常にそうしてヴィートへの対抗心をたぎらせた。
「うるさい。お前たちだけで引き返したらどうだ」
「嫌だよ! リーダー置いて行ったら俺たちが罰金払うことになる」
「じゃあ黙ってろ」
ヴィートのパーティは離れてついてくるリンジーたちを振り返って溜め息をついた。
「何かまた勝手に張り合われてるぞ」
「ほっとけ」
剣士ヨニは西の森の奥深く。今朝双子と姿を消したあたりまでやってくると立ち止まった。
「“月の水面”」
魔眼の上位者は今では使われなくなった古い言葉を口にした。抑揚をつけて放たれた言葉は心地よい低音で空気を振るわせる。
「“たださざめき。我らは考え、ここに至る。灯火ある限り望みはあり、黄金は朽ち果てず子の足元に満たされる”」
「なんて言ってる?」
「さっぱりわからん」
「“月は去り夜は黒く、また朝に焦がれる”」
ヨニは右手を高く上げた。指先は天を貫くように伸び、上位者の頭上には星雲が現れる。
「お、おいあれ何だ?」
「“子のために古い骨を、新しい
星雲から星の軌跡を切り取ったような青白い魔力が一筋垂れる。その光を手の平で捕まえた上位者は、頭上の星雲が晴れると青白い光を天に向かって
「“我らの子のために”」
星の弓から彗星が放たれる。ほうき星は空へ至ると大きな月の魔法陣を描き、西の森の空を支配した。魔術師たちが気付いた時には遅く、上位者の魔法は降り注ぐ星となって森に降り注いだ。その星一つ一つが魔物を砕き、瘴気を打ち払い、森から一切の澱みを消し去るまで星は降り続いた。
「どうなってる……。森を丸ごと浄化したのか!?」
天を見上げ慄く隻眼の魔術師アスドルバル。双子魔女も壮大な魔法に唖然とし、魔女ブーツが落ちてくる星屑の一つを捕まえようと手をかざすと星粒は手の平で雪のように溶けて消える。その様子を隣で見た双子の姉はふうんと頷く。
「人体に影響はないみたいね」
「雪みたい」
「そうね」
魔女と魔術師は魔法が終わるのを待つしかなく、剣士ヨニが勝手について来た冒険者を引き連れ静かに冒険者ギルドへ戻ってくると場は混乱と不安と恐怖に支配されていた。
「あんなデカい魔術初めて見たぞ」
「魔術じゃねえんだと、魔法だと」
「おっかねえ」
ヨニは穏やかな顔で双子魔女の片割れの前に立った。ブーツはどう言う顔をしていいのか分からなくて、不安そうに月の瞳を見上げた。
「……森の魔物を全部殺したの?」
ヨニは何も答えない。穏やかな表情の上位者は大きな手で双子の妹の頬をそっと撫でた。たとえ愛情深くとも彼らの行動は読めない。決して同じ人族ではないのだと、跳躍の魔女は嫌でも理解してしまった。
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