「ノブさん、ドアのところに弁護士事務所って書いてあったけど」

 僕は部屋を出るときにノブさんにきいてみた。上の名前の部分は消えてしまっていたけれど、あそこにはノブさんの本名が書かれていたのだろうか。

 部屋に入るとくたびれたソファーがテーブルをはさんで二脚置かれていた。いわゆる応接セットというやつだ。そしてそのとなりには立派なデスクと椅子。デスクには乱雑に本が置かれている。

「飯食うか」

 ノブさんは電気ポットに水を入れてスイッチを入れた。電気はきているようだ。それなら明かりをつければいいのに。薄暗い部屋の中で僕はそう思う。ノブさんはどこからかウーロン茶のペットボトルを持ちだしてきて、マグカップについでくれた。

「ちょっとひび割れてるが、大丈夫。まだまだ使えるものをどうして捨てちまうんだろう。まあ俺たちがリサイクルしているんだが」

 マグカップと電気ポットの出どころは容易に想像できる。僕はマグカップに注がれたウーロン茶を飲んだ。ウーロン茶は拾ってきたものではないだろう。

 ノブさんは抱えてきたカップ麺をテーブルに置き、もう一方の手に持っているマグカップでウーロン茶を飲みながら僕の向かいのソファーに腰を下ろす。そして、僕の持っていた似顔絵とそのとなりに書きこまれた特徴のメモをながめている。

「僕が捜している人知ってるんですか」

「多分な」ノブさんがそう言ったとき電気ポットのスイッチが切れた。

 カップ麺をすすり、ウーロン茶を飲む。カップ麺を食べはじめてから二人は無言になった。久しぶりに食べたカップ麺は美味かった。嫁さんが出て行ってからはずいぶん世話になったけれど、ギョーザ屋の上に来てからはほとんど食べていない。

「そんなものばかり食べてちゃダメ」

 事務所でカレーヌードルを食べていたとき、フミちゃんにそう言われたことを思いだした。

「弁護士の仕事なんてもう十年以上していないけど、昔面倒見たやつがいつでもバッジをつけられるようにしてくれている」

「バッジは持ってるんですか」

「そいつに預けてある」

「その似顔絵の男の素性がわかればいいんですけれど」

「わかってるって言ったろう」

 ノブさんがニヤリと笑う。

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