「お兄さん、人捜してるんだって」

 メンソールのタバコをふかしはじめた僕を見ながら、ホームレスの男がそう言ってニヤリと笑う。

「よく知ってますね」

「この辺じゃもう噂になってるよ」

「ここの連中は他人のことなんてどうでもいいような顔をしてるけど、他人のことが気になってしかたがないんだ」

 ノブさんというその男は、タバコを吸い終わると川沿いを公園から離れるように歩いていく。

「どこに行くんですか」

「ヤサだよ」

 でも、この先にはホームレスが住むようなところはないはず。男は賑やかな通りを抜けて人気のない路地に入っていく。そして古ぼけたビルの前で止まる。

「さあ入れよ」

 男はそう言ってビルの中に入っていく。こんなところに住んでいるホームレスもいるんだ。明らかに不法侵入じゃないか。そう思いながら僕は男の後をついていく。男は階段で二階に上がると奥のほうにあるドアの前で、ズボンのポケットを探り始めた。そしてポケットからカギを取り出すとそれを使ってドアを開けた。

「不法侵入じゃないぜ。ここがオレの事務所兼住居だ」

 そう言って男は笑みをうかべる。あの白い歯が、薄暗いビルの廊下でやけに輝いていた。

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