魔王
『魔王』
魔王は死んでしまいました。勇者たる騎士に胸を貫かれて。
目の前には魔王だった男が転がっており、私は胸の傷を癒しています。
なぜそのように? 私にもわかりません。
勇者が血を
置き去りにされた魔王が小さく息をしているのを見て
わかりません。
「……あ」
魔王が薄く目を開けていました。
大きな角。人の白目にあたる所は黒く、瞳は金。
「勇者ならもうおりませんよ」
とても生きているとは言えませんでした。いずれ
「苦しかったでしょう」
この
「お辛かったでしょう。こんな言葉では悔しいほどにお辛かったことでしょう」
魔王は何も言いません。ただ私を見上げ薄く唇を開いていて。
「ただの女魔法使いでございますが、私に出来ることなら何なりとお言いに」
魔王は何か話したそうに顔を動かしたので耳を傾けました。
すると彼は私の唇を小さく吸ってふっと息を吐きました。
それは
「……人とは何と
私はもう二度と目覚めぬ男を想い涙を流しておりました。
「お可哀想に」
国王は連れ帰った魔王を丁寧に埋葬しました。
教会にも生家にも帰せぬそうなので、神官と私と陛下でこっそりと。
「彼は何か言っていたか」
「いいえ、何も。ですが」
陛下は憂いた目をしておいででした。
「……最後は穏やかな顔をしていらっしゃいました」
「そうか。そうか」
陛下は確かめるように二度言い、その後は口を開きませんでした。
それが百年前。陛下も
コツコツと窓を叩く者があったので、外を窺うと一羽のカラスがおりました。窓を開けるなりカラスは言うのです。
「婿も取らずに隠居か? 魔法使い」
すぐにあの人だとわかりました。
「貴方に唇を奪われてほかの男など考えられなくなったのです」
「それは悪いことをした」
招き入れるとカラスは羽を大きく広げ一人の男になりました。
「物が多いな」
「魔法使いの家はこうなるものです」
「左様か」
「何かお飲みになりますか?」
「目が冴えるものがよい」
「ではそのように」
王の友と言っておいででしたからこの方も尊いお方なのでしょう。
茶を運ぶと魔の王は私の銀髪をするりと撫で唇を寄せました。
「お前はやはり
「まあ。人の気も知らないで」
魔王はハーブの香りに目を
「これは強い」
「私を待たせた罰とお思いになっては?」
「待っていたのか?」
「いいえ、時間が癒してくれればと」
本当に人の気も知らないで。
彼はすまぬと再び私の髪に口付け茶を飲み干しました。
それからは二人で街へ行き、買い物をして塔へ帰りました。
百年も経てば熱い物など喉元を通りすぎるものですから、私たちは誰にも悟られず、ただ静かに暮らしました。
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