第六膳 『初めてのハンバーグ』(回答編)
とはいえ、おそらく異国の料理のりの字も知らない彼女。それとなく手伝うしかないだろう。冷凍庫には幸いスーパーで買ってきた特売の大量の牛豚合いびき肉がある。
エプロンを巻いて発奮する彼女を横目に一パックでは足りないなと悟る。覚悟して二パック用意したら、指でくいくいと招かれて「三パックだ」と要求された。ああ、僕の明日のキーマカレーが……
とにかく料理。何度も作ったから本を読まなくてもレシピは頭にある。使用するのは合いびき肉と玉ねぎとブラックオリーブとつなぎの生卵、そして風味付けのローズマリーと塩コショウだ。
材料をキッチンにそろえて見本を少し見せ、それとなく作業内容を伝える。まず、玉ねぎを刻もう! と…………するとまさかの彼女は皮ごと刻み始めた。ううぉーい!!
慌てて制止して皮をむくことを伝え、料理本の写真を見せながらみじん切りにしてもらう。
しかし、なんとたどたどしい作業だ。指を切断しないか気が気でないが、まあそこはあれだ。静かに見守ろう。
「タッタッ、タッタッ」
どうやら目が痛いといいたいらしく涙目で訴えている。でもそこは我慢。料理とはそういうものだよとほくそ笑む。新参者の彼女には手痛い洗礼だったようだが、何とか無事切り終えた。
ちょっと大きな玉ねぎのみじん切りをオリーブオイルで炒める。煙を浴びながらけほけほと。やっぱり涙目だけれどなんとか無事炒めた。
次にブラックオリーブを大きめに刻んでもらう。ボールに炒めた玉ねぎとブラックオリーブと合いびき肉と卵を入れて、多めの塩コショウとローズマリーのスパイスを投入する。
この時、つい瓶を嗅ぎたくなるのは匂いフェチの習性か、やっぱりローズマリーは香りがいい。とても好きな香辛料の一つだ。
全ての材料を投入すると彼女はぶりぶりと野性的に肉をこね始めた。なんだろう。なんだろう。とても肉感的になにかをひねりつぶしているような……
僕はあっけにとられてゾクゾクとした心地を味わいながらそれをぼうっと見守っていると、
「オイシイ!」
えええええっ!!!!!
驚いて確認すると彼女はハンバーグの種をペロリ。いやいや、まだこれからだから!!
二口目を制止して、成形するようにいい聞かせる。
僕の分は手のひらサイズ。彼女のは大型のフライパンサイズ。
えっ、なにこの違い?
釈然としないものを感じたが、文句も言えずにじゅうじゅうと焼いていく。
片面はこんがり焼けるまで中火で。焼け目がついたら裏返し弱火にして蓋をする。
この待っている間が幸せなんだよなあと。しかし、フライパンサイズでは時間がいったいいくらかかるのか。
待っていても仕方がないので彼女にコンロの番を任せて、僕はコーヒーを淹れると時間つぶしにリビングのテレビをつけた。
するとちょうど夕方の地元テレビの情報番組がやっていた。
『現在、××市の山奥では現地調査が行われています。五日ほど前、空を走る飛行物体のようなものが周辺では相次いで確認されており、この物体もおそらくそれに関連する何かと思われ…………』
テレビに映し出されたのは画面に入りきらないほど巨大な銀色の円盤型の物体だった。
「ぶっ!!」
思わずコーヒーを吹く。なんとステレオタイプのUFOだ。しかも見事に不時着して壊れているではないか!
地元住民もテレビに映し出されて戦々恐々とした様子でしゃべっている。
『いや、もうエイリアンが侵略してきたんじゃないかとドキドキしてまして。寝れないでしょう、ここ五日間はホテル暮らしなんです』
『はやく捕まえてほしいですよね』
『写真撮ろうかと思って』
「いやいや、エイリアンって。なにかの冗談じゃん」
一人で乗り突っこみをしてテレビを食い入るように見つめる。幸いここからは少し離れているか。見て見たかったなと他人事のように笑う。
ふと思考を割るように台所から明るい声がした。
「デキタ!!」
ふんふん、出来たもいえるのかなんて思いながらテレビを切って駆け付ける。どれどれ。ちょっと焦げ目が多いけれどしっかり焼きあがっているじゃないか。
それを皿に移してもらい、ベビーリーフを添える。彼女の皿は大皿でもハンバーグしか乗らないのでその上にベビーリーフ。料理人の盛り付けではないが許せ。
そしてここからは僕にバトンタッチ! 極めて大事な仕上げの作業をする。
フライパンに残った肉汁に白ワインビネガーを注ぎ、先日余ったしょうゆベースの焼き肉のたれを投入、それに醤油を足す。そしてぐつぐつと煮詰めて味をみる。うん、やっぱりほのかな甘みと酸味があって絶品だ! これは肉と合う。
フライパンから直接ほかほかのハンバーグの上にたっぷりとかけて二人で着席する。静かに向かい合い……
そして、仲良く首をかくかくさせてクルッポー。
目を合わせてはにかむ。うん、楽しいね。
一口食べた彼女がきらきらと瞳を輝かせて声をあげた。
「オイシイ!」
合いびき肉により増した肉の弾ける食感と肉そのものの濃い味。それを引き立てるのは白ワインビネガーのソースだ。このレシピ発見したときは著者様天才じゃないかなと思ったくらいだ。
二人で黙々と、そして時々目を合わせてはにかんで。楽しいね、ああ楽しいね。
このとき僕はまだその身に迫る恐ろしき事態を予感していなかった……
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