第56話 サバはいつもそこにいる

 相棒に裏切られたどもんは、自ら潜水していた。この滝壺は見かけによらず水深があり、素人であれば溺死してしまうかもしれない。

『鯖鬼の姿はなさそうだな......』

 どもんはサバッキーを血眼になって探しているものの、そもそもサバッキーが何者であるか自体把握していない。そんな彼がサバッキーを発見できるのか疑問だ。

『ん? あれは......?』

 どもんは、水中で泳ぎ回る何かを発見した。見た感じ、魚というよりは毛玉と言った方がニュアンスとして近いかもしれない。

『もしや鯖鬼?』

 サバッキーの容姿など知ったことではないが、魚としては明らかに異形である。そう確信したどもんは、毛玉の捕獲に動いた。

『極東流・潜泳着手!』

 どもんは毛玉の捕獲に成功。だが、毛玉は途端に暴れ始める。

『なんて力なんだ......! これ以上は俺の息が持たない......!!』

 溺死を予見したどもんは、堪えかねて毛玉と共に水上へ浮上することにした。果たして、どもんが捕獲した毛玉はサバッキーなのだろうか?

 ――水上では、のりこ隊長が懸命にルナ隊員を呼び続けていた。

「ルナ隊員......。貴方の雄姿は決して忘れないわ!」

 必死の呼び掛けにも応じることもなかったルナ隊員を、のりこ隊長は神妙な面持ちで弔う。彼が殉職したと断定するには、少々早計な気もするのだが......?

「......!? まさか、こんな時にサバッキー!!?」

 突如水底から泡沫が上がり、水面が騒然とする。のりこ隊長のいうように、サバッキーが姿を現すのだろうか?

「キューッ! キュキューッッッ!!!」

 すると、水面からルナ隊員が姿を現した! しかし、何者かにその躯体を掴まれているようだ。

「往生際が悪いぞ鯖鬼! 大人しくしろ!!」

 どうやらルナ隊員はサバッキーと誤認され、どもんに捕獲されてしまったようだ。どもんもまた彼をサバッキーと信じてやまず、その手を緩めようとしない。

「ルナ隊員を離しなさい! このウスラトンカチ!!」

 ルナ隊員を力づくで捕獲しようとしたどもんに、のりこ隊長の逆鱗が刺激された。鬼の形相となったのりこは、水上でもがくどもんに向かって飛び蹴りをお見舞いした。

「ぐぅおぅっっっ......!!」

 のりこ隊長の飛び蹴りを顔面に受け、どもんは断末魔と共に水底へ消えていった。その隙を突いて、ルナ隊員は命からがら逃げだした。

「ルナ隊員、無事で良かった!」

 鬼の形相から一転、ルナ隊員の無事を知ったのりこ隊長は安堵の表情で彼を抱きしめた。隊員の無事を願ってやまないのは、隊長として当然の心情である。

 やがて、ハヤテ隊員がのりこ隊長の元へ帰還する。残念ながらサバッキーの発見には至らなかったようだ。

「サバッキーなんていいの。それよりも、隊員の無事が一番だと気付かされたの」

 ルナ隊員の無事が分かり、のりこ隊長はサバッキーには代えがたい何か大切なものを手にした。

「......おっ?」

 その傍ら、りょうた隊員の足元を黄金色の何かが横切った。彼がそれを視認しようと試みたものの、黄金色のそれはすぐに姿をくらましてしまった。果たして、りょうた隊員が見たものは何だったのだろうか?

 ――その頃、カップルの二人は何かを釣り上げていた。

「渉君、サバッキーだよ!?」

 あずみは興奮のあまりはしゃいでいる。彼女の手元には、確かに川魚らしからぬ何かが握られている。

「へぇ......サバって川でも釣れるんだなぁ?」

 それを見た渉は感嘆の息を漏らす。だがそれはサバでもなければ、ましてやサバッキーでもない。その正体はカワサバ・・・・と呼ばれるヤマメとイワナの交雑種である。両者の交雑は自然界でもごく稀に見られるものであり、容姿もサバを思わせるごまだら模様の魚が生まれる。

「おっ! またサバが釣れたぞ!?」

 二人のいた場所は爆釣スポットだったようで、その後もカワサバが入れ食いとなった。

「サバッキー、大漁だね!」

 カワサバが入れ食いとなり、あずみはとても嬉しそうだ。それを見た渉も思わず笑みがこぼれた。

 ――後日、創作配信ライブ! を視聴していたりょうたは衝撃の事実に気付かされることとなった。

『黄金色のヤマメ、すこです!』

 当該番組でとむが嬉々として紹介していたのは、先日の足湯でりょうたが見かけた黄金色の何かに酷似していた。どうやら、アルビノと呼ばれる白色個体の魚だったようだ。

『アルビノですよねぇ......何だか魅入られちゃいます!』

 そのイラストを見たリコも思わず感嘆の声を上げる。アルビノは発現率が非常に低く、ましてや生存率も限りなくゼロに近い。そういう意味で、サバッキーよりも現実的かつ稀有な存在と言える。

 それを知ったりょうたは悔いた。あの時、アルビノの何かをスマートフォンに収めていればと。けれど、そんな稀有な存在に出会えたこと自体が何よりも幸運なのかもしれない。少年時代の思い出とはそんなものだ。

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