第41話 異邦人?

 昼食時になり、島長一家は牧場のバーベキューを満喫している。バーベキューコンロに並べられているのは牛スペアリブやソーセージ、マトンなどいかにも牧場らしい食材ばかりである。

「骨付き肉、美味しいっ!」

 のりこは牛スペアリブにむしゃぶりついている。不思議なもので、人間は大自然での食事になると食べ方に野性味を帯びる。自然には、人間の野生を目覚めさせる何かがあるのだろうか?

「っくーーーっ! 牧場の黒ビールはたまらないっ!!!」

 京子は片手にソーセージ、片手に黒ビールといういかにもドイツを彷彿とさせる組み合わせに舌鼓を打っている。日頃からコーヒーを嗜んでいる京子ですら、ついつい酒がすすんでしまう。やはり、大自然には人間の野生を目覚めさせる何かがあるに違いない。

「うーん、ジャガイモのホイル焼きもなかなかだな」

 良行は淡々と野菜類をつまんでいる。もちろん、大自然の中でも特に野生が目覚めない者もいる。

「マシュマロって、とろけて甘い!」

 りょうたにいたっては、肉でも野菜でもなくマシュマロを炙っている。これは現代っ子ならではといえる。

「......爺や、この棘だらけの渦巻きはなんと申すのだ?」

 隣のバーベキューコンロには、何やら見慣れない姿の二人組がいる。一人は老爺で服装は和服姿、頭部はまげを結っている。もう一人は少年で、こちらも同様に和服姿で頭部は髷を結っている。

「ぼっちゃま、それはという日本固有の巻貝でございます」

 老爺は少年へサザエについて説明している。会話こそ日本語なのだが、文脈的に二人は日本人ならざる会話をしている。

「ん? 何か変な人達だなぁ?」

 りょうたは彼らの容姿に違和感を覚えたようだ。確かに、今時の日本人はさすがに髷を結ったりしない。しかも、サザエを見て物珍しく話していることも奇妙だ。第一、牧場に来てわざわざサザエを焼くことも不思議だ。

「きっと、侍のコスプレをしているんじゃない?」

 のりこはそういうが、とてもそんな感じではない。それがりょうたの直感だ。

「けど、あの人達面白い恰好じゃない? ちょっと話しかけてみよう!」

 そういうと、のりこは彼らのいる場所へ駆けていく。りょうたが止める間もなく、彼女はりょうたの横をかすめていく。

「あなた達、見かけない顔ね? どこから来たの?」

 のりこは不躾ぶしつけに彼らへ尋ねる。当然ながら、少年は怪訝な表情を浮かべる。

「無礼者! 貴様から名乗るのが道理であろう!」

 のりこの無礼な態度に、少年は憤怒している。しかし、のりこは牽制するかのように彼を睨む。

「......おねえちゃん! それはさすがに失礼だよ!」

 すかさずりょうたが仲裁に入る。無鉄砲な姉を持つ弟は苦労する。

「私の名前は島長のりこ。この島の小学校3年生よ!」

 のりこは少々気取った口上で自己紹介をしているが、それに応じるように少年も口上を返す。

「拙者は豊臣皇国皇子おうじ、とよと......!」

 少年が口上を述べようとする矢先、老爺は彼の言葉をつぐんだ。

「これは失敬、私達はコスプレ好きな旅の者です。どうかお気になさらずに......」

 彼らは一体何を隠しているのだろうか? のりこは二人の言動を不審に思った。

「......皇子! むやみに口を滑らせてはなりません!」

 老爺は少年に耳打ちしている。容姿からして不審な二人へ、のりこは疑いの眼差しを向けてしまう。

「そうだ! 聡明なお嬢さんにはこれを差し上げましょう」

 老爺は懐から小瓶を取り出すと、それをのりこへ差し出した。のりこは、それを興味深く観察した。

「何だか珍しい砂ね?」

 小瓶に入ったそれは非常にきめ細かく、白くきらめく砂のように見える。しかし、それは一体何なのだろうか?

「では、私達はこれにて失礼!」

 小瓶を渡すと、老爺たちはバツが悪そうにその場を後にした。果たして、彼らは一体何者だったのだろうか? 謎は深まる。

「おじいさん、ありがとう!」

 のりこは、彼らの背中から礼を述べた。その後、すかさずのりこは良行の下へ駆けて行った。

「おとうさん、ちょんまげのおじいさんからこれもらった!」

 老爺からもらった小瓶を、のりこは自慢げに良行へ見せた。

「なんだこれ? 変わった砂だなぁ」

 その砂の正体は良行にも分からない様子。小瓶を見つめながら、良行はあることに気付く。

「えぇっと......『幸せの砂』?」

 小瓶にはラベルが貼られており、日本語で『幸せの砂』と記載されている。小瓶の底面には『Made in Toyotomish』という文字が書かれていたが、良行には皆目見当がつかなかった。

 後に判明することだが、この小瓶は『豊臣皇国』と呼ばれる小国の珍品であった。その国は、南半球に亡命した豊臣秀頼が建国したとされるもので、世界で唯一日本語を公用語として用いる。なお、暗黙の了解が成立しているのか日本には公用語と定義される言語が存在しない。

 豊臣皇国はグアノの産出国で、かつてはこれを用いて爆弾などの兵器が製造されていた。しかし、現在グアノは枯渇寸前で世界的にも希少品となっている。なお、グアノとはである。

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