生娘をしゃぶしゃぶ漬けにしたら、それ無しでは生きられない身体になってしまった件について

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作者の大好物はすき家のキムチ牛丼です

 僕は吉野よしの弥太郎やたろう。普通の大学生だ。


 普通じゃない点を挙げるとすれば、一人では到底食いきれない量の薄切り肉を抱えさせられていることだろうか。


 何故かって?


 それは僕がバイトで肉の発注量を間違えてしまったからだ。

 幸いにも弁償は避けられたが、廃棄するにもお金がかかるということで持ち帰る羽目になってしまった。


 その量およそ10kg。運搬するだけでもちょっとした筋トレだ。


 家に帰るなり肉という肉を冷凍庫や冷蔵庫に詰めたが、一人暮らしのそれに収まる量などたかが知れている。

 なんとしてもこの肉を食べて処理しなければならない。


「とりあえず食べてくれる人を探そう。まずはお隣さんにおすそ分けでもしようかな……」


 手っ取り早く消費させるなら近隣住民に分配するのがいいだろう。


 しかし、あまり付き合いのない近隣住民からいきなり「お肉をおすそ分けしに参りました」なんて言われたらさすがに不審すぎる。下手したら通報もんだ。


 じゃあ友達と一緒に鍋でも囲んで消費するか?

 いや、そんなノリのいい友達がそもそも僕にはいない。


 こうなりゃヤケだ。全て自分で食べ切って僕の血肉に変えてやろう。


 そう思って台所の棚からでかい鍋を取り出した刹那、自室の呼び鈴が鳴った。


「誰だろう?宅配便かな?」


 僕は何も疑わずにドアを開ける。


 玄関先には、一人の女の子が立っていた。

 背はやや低め、歳は僕と同じくらいだろうか。

 メガネをかけていて黒髪で、地味か派手かと言われればとっても地味だ。


 そしてその表情は、なんだか困っているように見える。


「あ……、あの……」


「えーっと……?どちら様ですか……?」


 女の子は会話慣れしていないのか、どう言葉を紡いでいいのかわからない感じだった。


「あ、あの……、お願いです、家に入れていただけませんか……?」


「えっ……?」


 突然押し掛けてきて家に入れてくれというものだからびっくりした。

 多分かなり言葉足らずな説明だと思うので、ひと呼吸おいて女の子を落ち着かせる。


「じ、実は……、家の鍵を失くしてしまって……。あっ……、すいません、私は隣の部屋に住んでいる伊東いとうって言います」


 どうやら鍵が無くて部屋に入れなくなってしまったらしい。

 大家さんに頼めば予備の合鍵で開けてくれるのだけれど、あいにく昨日から一週間のヴァカンスに出かけていて不在なのだとか。


 こういう時は鍵屋さんに頼んでもいいのだけれども、彼女の懐事情はそれを許さない状態みたいだ。


「すいません……。今月もガスを止められてしまうくらいお金が無くて……」


「わかったわかった、とりあえずうちで良ければ上がりなよ」


 今日は真冬日を記録するような寒い日。

 このまま外にいたら凍えてしまう。


 あまりに彼女が不憫に見えてしまった僕は、ついつい部屋に招き入れてしまった。


 ◆


「へえ、伊東さんって漫画家なんだね」


 彼女を部屋に入れるなり、腹の虫が唸るような音が聞こえたので僕は晩ごはんの準備をしている。

 せっかく大量に薄切りの肉があるので、二人でしゃぶしゃぶにして食べることにしよう。


「いえ……、漫画家なんて呼べるほど稼げてなくて……。アシスタントの仕事を掛け持ちしてなんとか生活しているんです……」


 仕事を掛け持ちしてもガスが止められてしまうレベルということは、漫画家というのも大変な仕事なのだろう。ご飯だってまともに食べているかは怪しい。


 僕は昆布出汁に野菜を少々入れた鍋を煮立たせて、居間のテーブルに置いたカセットコンロの上に置いた。

 薄切りの肉も一緒に用意してやれば、立派なしゃぶしゃぶ鍋の完成である。


「簡単なメシでごめんね。肉はたくさんあるから遠慮なく食べてよ」


 そう言う僕の言葉が届いているかわからないくらい、彼女は目を輝かせて肉を眺めている。


「お……、お肉なんて久しぶりです……。本当に良いんですか……?」


「いいんだよ。……お恥ずかしながら、僕の不手際で食べきれないぐらいのお肉を手に入れてしまってね、たくさん食べてくれると助かる」


「で、ではお言葉に甘えて……。いただきますっ……!」


 彼女は箸で肉を掴み取ると、昆布出汁の煮立つ鍋の中にそれを突っ込んだ。


 肉は熱を受けて一気に火が入り白くなる。余分な脂は昆布出汁に溶け出し、旨味だけが凝縮されていく。


 彼女は取り出した肉をポン酢にワンバウンドさせると、そのまま勢いよく口の中へ放り込んだ。


 鮮やかなワンプレー――野球で例えたら綺麗な6-4-3のゲッツーだ。見ていて気持ちが良い。


「お……、美味しいですっ!!!」


「よかったよかった、たくさんあるからどんどん食べてよ」


 彼女は満面の笑みで次の肉を昆布出汁へ投入する。


 やっぱりあれだ、美味しそうに食べる女の子は可愛らしい。


 ◆


「あの……、いいんですか?ご飯を頂いた上にお風呂まで借りてしまって……。しかも泊まっても良いだなんて」


「いいのいいの。こんな寒い日に外で凍えたまま過ごすなんて嫌でしょ?こういう時は温かいメシと風呂と寝床が必要なんだって」


 彼女は行くあてが無いとのことなので、流れで泊めてあげることにした。


 落ち込むようなことがあった日なので、今日ぐらい彼女には良い睡眠をさせてあげたいなと思ったのだ。


「でも……、吉野さんになんとお礼をしたらいいか……」


「お礼なんていいんだよ。むしろ食べきれないほどあるお肉を消費してくれてありがとうと言うか……」


 恩にはきちんとお礼を返そうとする。そういうことが出来る彼女はとても真面目で模範的だ。

 その気持ちだけで十分嬉しい。


 僕は床に客用の布団を敷いてそこに横たわり、彼女には幾分寝心地の良いベッドのほうを提供する。すっかり夜も更けてきたのでさっさと寝てしまおう。


 部屋の照明を消して、お互いにおやすみの挨拶を交わしてから10分が経過。


 バカな僕は今になって、自分が女の子と二人きりで夜を過ごしているということに気がついた。


 ……いかんいかん、変な気を起こしてはいけない。彼女はあくまで保護しただけ。困っているから助けてあげたのだ。

 いくら彼女が僕のことを恩人だと言ってくれても、そこに漬け込むようでは男として、いや、人間としてダメだ。


 いい加減寝ろ吉野弥太郎、明日も朝から授業だろう。

 僕は無理くり目を閉じて強引に意識を睡眠へ連れ込もうとした。


 ◆


 朝になった。

 チュンチュンという鳥の鳴き声とともに、僕の頭の中ではふつふつと罪悪感が湧いてくる。


 ふと横を見ると、そこにはすやすやと眠る彼女――伊東いとう花丸はなまるの姿がある。


 はい、すいません。

 やることやってしまいました。


 いや、僕は寝ようと思ったんですよ?でもそうしたら花丸ちゃんが『この恩は身体でお返しします(要約)』と言ってくるものだから断りきれなかっただけだ。

 ほら、『据え膳食わぬは男の恥』って言うでしょ?僕だって男の子なんだからしょうがないじゃないか。

 地味な見た目をしていながらめちゃくちゃエロい身体をしている花丸ちゃんが悪い。


 しかも『私、初めてなんです……(要約)』と恥じらいを見せられたら頑張らないわけにはいかない。吉野一族では生娘には優しくしなければならないと家訓で決まっているのだ。知らんけど。


「……おはよう、花丸ちゃん」


「お、おはようございます……、弥太郎さん……」


 昨日の今日なのでやっぱり気まずい。

 それでも何か話さないともっと気まずくなる。話題を探さなければ。


「あのさ花丸ちゃん……」


「なっ……、なんでしょう?」


「今日の晩ごはんもしゃぶしゃぶでいいかな……?」


 花丸ちゃんは僕の質問に意表を突かれたのか思わず笑い出した。


「はいっ、もちろんですよ!」


 ◆


 花丸ちゃんとの同居生活が5日ほど続いた。


 昼、僕は授業に行き、花丸ちゃんはアシスタントの仕事をしに漫画家の先生のもとへ行く。

 夜、部屋に帰って来るとしゃぶしゃぶを食べて寝る前に身体を重ねる。そんな『しゃぶしゃぶ漬け』とも言える生活。


 案外これはこれで悪くない気がする。

 不思議と花丸ちゃんと同居していても不快な感じがしないのだ。気が合うのかもしれない。余計なことを言うのであれば、身体の相性も悪くない。


 それどころか、大家さんが帰ってきて花丸ちゃんが自室へ戻っていってしまったあとの生活が考えられない。もはや花丸ちゃんは僕の身体の一部になりつつあって、彼女無しの生活は想像もしたくない。



 今日も今日とてしゃぶしゃぶを食し、花丸ちゃんはお風呂へと向かった。

 僕はリビングでテレビを見ていると、ふと花丸ちゃんがいつも持ち歩いているリュックが目に入った。

 漫画家のアシスタントをしているということで、そういう道具がたくさん入っているのだろう。


 素人の僕はどんなものを使っているのか気になってしまった。悪いとはわかっていたけれども、つい出来心でそのリュックを開けてしまったのだ。


「……あれ?これって……?」


 そのリュックのチャック部分ついていたキーホルダーに僕は強烈な違和感を覚えた。


 ただのキーホルダーだったならまだいい。でもそのキーホルダーにはまるで隠すかのように何かの鍵が取り付けられていたのだ。


「これは……、花丸ちゃんの家の鍵……?」


 僕の部屋の鍵と似たような形をした鍵。もしかしなくとも、これは花丸ちゃんの部屋の鍵だろう。


 彼女は鍵を失くしたと言っていたはず。

 でも現にそれらしい鍵はここにある。しかも、毎日リュックを開けるのであれば絶対に目につく場所だ。逆にこれを失くせと言うほうが無理である。


 まさか、鍵を失くしたというのは嘘だったのか……?


 もしそうであるならば、彼女が僕を頼ってきたのではなく、僕が彼女に依存してしまうよう仕向けられたのか……?



「あはは……、バレちゃいましたか……」


 風呂上がりの花丸ちゃんがリビングへやって来てそう言う。


 彼女は少々不気味に、なおかつ妖艶に微笑んだ。

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