未来に飛ばされた剣聖、仲間の子孫を守るため無双する

虹元喜多朗

第一章

プロローグ

 勇者パーティーおれたちの旅は終わりを迎えようとしていた――勇者の消失によって。


「ぐ……っ!?」


 軽鎧ライトアーマーとマントを身につけた、青髪碧眼へきがんの青年――『勇者』ロラン=デュラムの体に、血ヘドのように赤黒い、鎖が絡みつく。


 赤黒い鎖に拘束され、ロランは凜々りりしい顔立ちを歪めた。


「これは……なんだ!?」

「『時縛大呪クロノ・ヴァニッシュ』。わしのとっておきよ」


 狼狽ろうばいするロランの様子に、トドメを刺される直前だった『時の魔将ましょう』ラゴラボスが、ニヤリと醜悪しゅうあくに頬をつり上げた。


「儂の命と引き替えに、相手を時の彼方かなたへと飛ばす特殊能力。勇者よ、なんじは終わりじゃ」


 俺たちは絶句する。


『時縛大呪』を使った影響か、満身創痍まんしんそういのラゴラボスの体が、ザラザラと崩れ落ちていく。


「ただではやられんよ。貴様も道連れじゃ」


 気味の悪い笑い声を上げながら、ラゴラボスは息絶えた。


 これで魔王直属の大魔族『十二魔将じゅうにましょう』をすべて倒せた。魔王討伐はもう目前。


 なのに。


 それなのに。


 世界の希望が失われようとしている。


「こんなところで終わらせてたまるか!」


 白い全身鎧プレートアーマーと巨大な盾を装備した、銀髪赤眼の大男――『白騎士』アレックス=アドナイが、いかつい顔つきにあせりをにじませながら叫んだ。


「フィーア! リト! 解呪かいじゅだ!」

「ええ!」

「言われなくてもっ!」


 黒い三角帽子を被った、灰髪紫眼の麗人れいじん――『賢者』フィーア=ホークヴァンと、体より大きなリュックを背負う、緑髪金眼の小柄な少女――『工匠』リト=マルクールが応じる。


 リトがリュックに両手を突っ込み、宝石でできた護符ごふを大量に取り出した。


「ありったけ投入だよ!」


 リトが大量の護符をロランに向けて放り投げる。


 放り投げられた護符はロランの前で止まり、宙に浮いたまま、純白の光を放った。


 あれはリト特性の『退魔たいま護符アミュレット』。魔法・呪いの威力・効果を軽減させるアイテムで、魔将の魔法をひとつで打ち消すほど強力なものだ。


 一八もの護符が効果を発揮するなか、フィーアが知的な眼差まなざしを鋭くして、かしの杖を構えた。


『我らをさいなしきまじないを退しりぞけん――ディスペル!』


 ロランの周りに青白い光球が無数に浮かぶ。


 解呪魔法『ディスペル』。


 光球がグルグルと旋回せんかいしながらロランへ近づいていく。


 護符と解呪魔法の相乗効果そうじょうこうかが『時縛大呪』の鎖を打ち消さんとして――


 バチィッ!!


 鎖から放たれた赤黒い稲妻によって弾き飛ばされた。


「そんな……っ!?」

「なんですって……っ!?」


 リトとフィーアが目をく。


 人類最高の技術者リトと、人類最高の魔法使いフィーア。そのふたりが解呪にあたり、それでも失敗したのだから無理もない。


 このままではロランが消えてしまう。


 俺たちは絶望に包まれた。


「いやです!!」


 俺たちが立ち尽くすなか、涙声なみだごえ交じりの叫びを上げて、白と金を基調きちょうとした祭服さいふくをまとう、金髪翠眼すいがんの少女がロランに駆け寄った。


『聖女』マリー=イブリールが、ロランを解放しようと鎖をつかむ。


 途端とたん、赤黒い火花がマリーの手を弾いた。


「あぐ……っ!!」


 マリーが愛くるしい顔立ちを苦悶くもんに歪める。


 それでもマリーはキッとまなじりを上げ、再び鎖へ手を伸ばす。


 ロランが血相けっそうを変えた。


「やめるんだ、マリー!!」

「やめ、ません……!!」

「このままでは、きみまで巻き込まれてしまうかもしれない!!」

「それでも、やめません……!」


 顔を汗まみれにして、ボロボロと大粒の涙をこぼし、ゼェゼェと息を荒らげながら、マリーがえる。


「ロランを連れてなんて……いかせません!!」


 苦痛に耐えて鎖を握りしめ、マリーは時の魔将の大呪法だいじゅほうあらがい続けた。その姿は痛ましく、しかし、どこまでも気高い。


 マリーの気高さが、俺の胸を打つ。


 そうだな、マリー。


 マリーの気高さが、俺に覚悟を決めさせる。


 俺も同感だ、マリー。


 俺は腰にいている刀を抜いた。


 ロランを連れてなどいかせん。ロランは人類の光そのものなのだから。


 なにより――


「お前に絶望は似合わん」


 タンッ、と軽やかに地を蹴り、ロランへと駆けながら、俺は刀を上段に構えた。


「――――っ!!」


 一閃いっせん


 全身全霊を込めた斬撃が、ロランを縛る鎖に裂傷れっしょうを作る。


 即座に俺はロランの腕をつかんだ。


「イサム!?」

「生きろ、ロラン」


 目を見開くロランに、俺はニッと歯を見せる。


 鎖が両断された瞬間、俺は力任せに腕を引いた。


 俺に引っ張られ、ロランが鎖のいましめから逃れる。


 ロランと俺の位置が入れ替わり――自己修復した鎖が、俺の体に絡みついた。


 鎖が俺の体を締め上げる。ギリリと奥歯を噛みしめ、全力で抵抗をこころみるが、鎖はびくともしない。


 魔将が己の命と引き換えに発動させた呪いだ。『剣聖』こと俺の一撃で斬り裂くことはできたが、打ち消すのはやはり不可能だったらしい。


 この状態では刀も振れん。手詰まりか。


 諦観ていかん溜息ためいきをこぼし、それでも俺は安堵あんどの笑みを浮かべた。


 これでいい。これでロランは助かる。希望は失われん。


「イサム……どうして……」

「お前がいなくては魔王の討伐などできん。それに、マリーが悲しむ」


 ロランが息をのんだ。


 ロランとマリーは恋仲こいなかだ。だからこそ、マリーは必死でロランを助けようとした。


 マリーの涙を見て、引き裂かれそうになっているふたりを目にして、どうして黙っていられようか?


 ロランとマリーの仲を裂く者は、魔将であろうと、魔王であろうと、たとえ神であろうとも、この俺が許さん。


「……それはあなたも同じです」


 マリーがグッと唇を引き結び、俺の体を縛る鎖につかみかかった。ロランにしたのと同じように。


 赤黒い火花がマリーの手を焼く。


 俺はギョッとした。


「マリー!?」

「イサムがいなくなってもダメなんです! あなたが消えたら悲しいんです!」


 悲しみと切なさといきどおりが混じった目で、マリーが俺を見上げる。


「わたしたちはずっと一緒にいた幼なじみじゃないですか!!」


 ズキリと胸が痛んだ。


「そうだぞ、イサム! 僕たちは誰が欠けてもいけないんだ!!」


 ロランもまた、マリーと同じように鎖をつかむ。


 赤黒い火花に反発され、両手を血塗ちまみれにしながら、それでもふたりは決して鎖を放そうとしなかった。


 ああ……俺は恵まれているな。


 絶体絶命の状況にもかかわらず、俺は喜びを覚えていた。


 素晴らしい仲間に恵まれた。こんなに幸せなことはない。胸がすく思いだ。


「そう言ってくれるだけで充分だ」


 ロランとマリーに微笑みかけ、俺はアレックスたちのほうに顔をやった。


「アレックス。俺がいなくなってからは、お前がみなを守ってくれ」


 アレックスが痛ましげに眉根まゆねを寄せ、両目から涙をこぼれさせる。


 寡黙かもく厳格げんかくな男だが、こいつも泣くのだな。最期に珍しいものが見られた。


 アレックスが涙を拭い、純白の盾を高々と掲げる。


「誓おう! 我が盾と誇りにかけて!」

「頼んだぞ」


 続いて俺は、フィーアに目を送った。


「フィーア。ロランたちを、人々を、その聡明そうめいさでみちびいてくれ。勇者パーティーの頭脳はきみだ」


 フィーアがまぶたを伏せ、血が滲むほど杖を握りしめ、なにかを諦めるように長く嘆息たんそくした。


「――任せなさい」

「ちょっと待ってよ! なに諦めてるのさ!」


 アレックスとフィーアにリトが噛みつく。


「アレックスもフィーアもイサムがいなくなるって決めつけて! イサムもイサムだよ! 遺言ゆいごんなら、もっと年取ってから――魔王を倒して、世界を救って、目一杯生きてから残すもんでしょ!?」


 リトがリュックを下ろし、ガサゴソとあさり出す。


「待ってて! いますぐ助けてあげるから! あたしが、その呪いを解くアイテムを作ってあげるから!」


 リトは天才だが、一〇代なかば。精神的にまだ幼い。


 だから認めたくないのだろう。俺を助ける方法がないことを。


『時縛大呪』は解けないと、本当は気づいているのだ。それでも諦めまいと足掻あがいている。


 その強がりの、なんととうといことか。


「いいのだ。リト」

「でも……でも……っ」

「俺はもう助からん。代わりにロランたちを助けてやってくれ。その技術は、魔王を倒すため、世界をよりよくするために使ってくれ、リト」

「う……うぅ……っ」


 リトが崩れ落ち、大声で泣きはじめた。


 最後に、俺はもう一度、ロランとマリーに顔を向けた。


 広間にリトの泣き声が響くなか、ふたりはなおも諦めず、鎖を解こうと歯を食いしばっている。


 鼻の奥がツンとした。


 いかんな。俺まで泣いては皆が悲しむ。


 天をあおぎ、無理矢理涙を引っ込めてから、俺はふたりに声をかけた。


「ロラン、マリー」


 ふたりが俺を見上げる。涙に濡れた瞳が俺を写す。


「幸せになってくれ」


 直後、一層大きく火花がぜ、ロランとマリーが弾き飛ばされた。


 鎖が明かりを放ちはじめる。自身と同じ、血ヘドのように赤黒い、禍々まがまがしい明かりを。


『時縛大呪』がいよいよ発動する。


 仲間たちの姿が薄れていく。俺を呼ぶ声が遠ざかっていく。


 恐怖が、悲愴ひそうが、惜別せきべつが、俺に襲いかかる。


 それ以上に誇らしかった。


 仲間を守ってけるのが、なによりも誇らしい。


 俺は笑った。


「さらばだ! 我が友たちよ!」


 光が、色が、音が、失われた。

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