沈黙静寂ゼミナール
沈黙静寂
第1話
コロナが他人とは思えなかった。人類から害悪と罵倒されてエチルアルコールを浴びる彼女達は、小学生時代の渾名が細菌汚染、社会のウイルスとして機能してきた僕に、天から贈られた唯一の友達だと思った。だから僕は「感染」しない自信があったし、事実この三年間で体調悪化は覚えていない。
正直、これで人類が滅びてくれると期待した。滅亡してくれるなら僕の存在が認知を欠いて終わろうと、精神的利潤を確保出来ると思った。皆生まれ出るポリティカルコレクトネスに項垂れる割に、こういう毒を表では吐かないのだなと思った。しかし現実は僕の願いを聞き入れる程惰弱ではなく、狂気的で正当性を装った社会を運営している。そう時間を要さないパンデミックとの再会時には、僕はまた世界が窮地に立つのを祈りながら、一人家の隅に隠れているだろう。
〈2020年〉
合格発表から約一ヶ月経つ四月十三日、入学式でスーツ姿に襲われるはずの僕は家で絵を描いていた。友達は受験期から話題にされていたけど、授業開始が当面延期、健康診断、英語の基礎能力試験も延期、新歓、合同合宿は中止と言った風に思いの外腕力が強かった。十代の諸活動で貴重な時間を失ってきた僕としては趣味に費やす時間が増え、四年振りのバイトを始める等、自立精神を高められて良かった。このまま四年の時が流れて構わないと思った。新歓には参加するよと口先が言うだけだったので、その迷いを断ち切ってくれた。サイレンが社会人に呪いを掛ける中、僕はストレス溢れる人生史を鮮やかに矯正する。
先週には緊急事態宣言が言い放たれた。庶民派の僕はダイヤモンド・プリンセス号なんて乗らず、二次試験直後から引き籠っていたので不安は薄いけれど、コンビニ往来にはマスクと手洗いを忘れない。友達とは言え距離感を誤れば恋の熱に惑わされるから。皮脂分泌量の多い僕はマスクを着ければ一層肌荒れする一方、その肌を隠せるというジレンマから逃げるようにゴミ箱に捨てる。少し毛穴が広がったくらいで不平を垂らす奴は呼吸困難で今すぐ死ね。
五月三日午後三時、寝起きに春夏学期の抽選科目を登録する。大学用メールで知らされていた七日からの授業再開に変わりは無いようで口を尖らせる。郵送で届いた大学関係書類の数々の内、学士課程ガイドブックとあるシラバスを開いた。因みに脇に覗けるサークル紹介冊子には、マルクス主義研究会と言った個性的な名目が目立つ中、当然美術部に関心が向く訳だけど通学しない内に入る意味は無かろう。話を戻してシラバスには学部毎の進学・卒業要件、履修登録、履修撤回、成績評価、単位互換制度、各種プログラム、教員情報、キャンパスの配置図、その他諸々の情報が載っており、僕の属する社会学部は、進学に当たっては英語科目八、第二外国語科目十二、他学部科目二、自由選択科目三十二、計五十四の単位が必要で、卒業に当たっては英語科目八、第二外国語科目十六、数理・情報科目四、運動科目二、他学部科目六、自由選択科目二十四、学部導入科目八、学部基礎科目十、学部発展科目十六、その他学部科目二十二、主ゼミナール八、計百二十四の単位が必要となるらしい。英語教養ゼミナールは全学部必修、導入ゼミナール、社会研究の世界、社会科学概論は学部導入科目の内の必修科目、一学期に取得可能な単位は十三までという条件の中で、誰にも相談出来ずに履修計画を定めた所、春学期は英語教養ゼミナール、英語リーディング、フランス語初級Ⅰ、微積分、スポーツ方法、導入ゼミナールⅠ、社会研究の世界、社会科学概論Ⅰ、人文学入門(哲学・思想)、夏学期は英語教養ゼミナール、英語リーディング、フランス語初級Ⅰ、微積分、スポーツ方法、社会研究の世界、人文学入門(哲学・思想)を受けることにした。抽選科目の微積分、スポーツ方法、人文学入門(哲学・思想)をCELSというサイトから応募して、後は三日三晩祈り続けるだけとなった。流石の僕もそんなことはしなかった。
二日後の結果発表、目論見通り科目が確定したら教科書販売サイトで必要なテキスト、これが計二万円にも上り、先輩や友達と使い回せば財布が浮いただろうけど、友人付き合いもまたコストが掛かるからトントンかね、と思いながら購入し、生協で受け取る手筈となった。Manabaというサイトに登録すると履修科目が一覧で表示されており、資料のWordやPDFファイルはそこでダウンロードすれば良いと分かった。
七日、愈々授業が始まったとは言えオンデマンド配信なので昼過ぎの起床は変わらず、十一日月曜、英語教養ゼミナール通称英教にて初のライブ形式授業が幕を開けた。同級生、と言っても僕は浪人済みなので年齢差はあり得るだろうけど、その初対面にZoom越しでも緊張の糸がかがり縫いされる。しかし現役合格していたらこのリモートな甘い汁は吸えなかったから、人生何が正解か分からないものだね。定刻になると欧米女性がエネルギッシュに画面をオンにし、十五人の顔と三十の瞳が露わとなった。皆はこの状況をどう思っているのだろう。僕の与り知らぬ場所で連絡を取り合っているのだろうか。四月の暇は高校時代の友人等とラウンドワンに捧げて楽しんでいたのか。ブレイクアウトルームに押し込まれたら「マイネームイズ……」初めての挨拶はユニバーサル仕様となる。百五分の授業後、自由時間が与えられたのでLINEを交換しグループに加入した。Zoomに漂う解れた空気からは男子の内五人程が旧知の仲だと窺え、さっきまでの真面目な表情は取り繕ったものだと知る。そのノリに付いていけず、コロナを言い訳として心の距離まで取った。
月曜二限・五限、火曜二限・四限、水曜四限、他はオンデマンドと授業を受け、フランス語ではお婆ちゃん先生のリエゾンやエリズィオンをBGMに線画作業し、スポーツ方法という名のラジオ体操ではストレッチ時に画面から外れ漫画の更新を追う等していた。スポーツ方法、導入ゼミナールでもグループディスカッションする機会はあったがその場の言葉の応酬に尽き、僕が原因なのか後で集まって飲もうと言った事態には発展しなかった。特に印象に残ったのは、社会科学概論の初回、ソーシャルディスタンスの「ソーシャル」とは何かと問うと同時にアビイ・ロードが紹介され、社会研究の世界では司会の先生がレットイットビーを演奏する等、彼らの愛され具合を感じたことだ。
中間、期末レポートをManaba上で済ませば待望の夏休み、感染者数の下がり様に右肩を落としていたら、またビクンと跳ね上がった。第二波と呼ばれる状況下、酒類を売る飲食店への営業自粛や時短が騒がれたが、僕は酒を馬鹿の飲み物だと思っているし、コンビニとスーパーさえあれば十分なので知ったことではないながら気の毒だなと思った。一方で観光産業を維持する為にGoToトラベルなるキャンペーンが催され、何を隠そう僕も英教クラスの友人だと思っていた人と共に旅行に出た一人なのだけど、その話はくどいので省略するとしよう。約一ヶ月半、シフトを増やして社会との繋がりを思い出す。飲食店が苦しんでいると言う割にバイト先は常に盛況で、新作の薩摩芋シリーズを箱詰めしては落下させていた。気の合わない社員に「大学一年生?じゃあ大変でしょ」と聞かれれば「そうですね、偶に集まるくらいで」と嘘を吐いた。
下げ止まりが続く九月、延期となっていた英語の試験を無事通過し、十四日から秋学期が開始した。CELSの成績表にはFの文字は見当たらず、春夏は効率良く単位を獲得したと確かめられる。春夏同様抽選を含む履修登録を行った結果、秋学期は英語教養ゼミナール、英語リーディングⅡ、フランス語初級Ⅱ、導入ゼミナールⅡ、社会科学概論Ⅱ、国語、冬学期は英語教養ゼミナール、英語リーディングⅡ、フランス語初級Ⅱ、国語を受けることとなった。ラジオ体操が消えた分ライブ授業は一つ減ったが、英教に関しては感染状況から週一の対面授業が解禁され、入試以来七カ月振りの大学へ赴くこととなった。幾ら孤独を重んじる僕でもこのままでは大学生を名乗れないと思っていたので丁度良かった。
中央線に乗り、列車を間違えることでタイムリミットへ追い込みながら、相変わらず壮麗な駅前を進み、東西ある門の内右側へ学生証を提示して侵入した。配置図が示す棟にはインターネット上の人物が確かに存在しており、奥の教室にはZoomで上半身のみを見知った人々が集まっていた。「どうも」今の時代不必要な挨拶を小さく絞り出し、チャイムが鳴ると消毒液で机を撫でた後、適当な席で適当な仲間とカタカナ英語を語り合った。
終業時には夜闇が支配的、バラバラの足取りで門まで着くと「この後どうする?」男子の一人が気を遣って訊いてくれる。「僕は用があるからまた」この間用意していた台詞を投げると「お疲れぇ」好かれやすい声で見送ってくれた。事実創作時間は幾らあっても足りないから、と別ルートの自分に説得していると他にも即時帰宅するクラスメイトが居たようで、駅まで密な位置をキープすることとなった。何やら彼は北欧研究会なる活動を行っているようだが、僕はふんふんと相槌を打つだけでラグナロクへと話題を展開させることは出来なかった。
だけど僕も遠慮するばかりではない。次の週にも門前からサイゼリヤへと十人程が向かったが、僕もひっそり付着していった。空腹ではなかったのでエスカルゴ一品を晩餐とすると、同席の三人から「えぇ……」という反応を貰い、それを箸休めに内臓を毟り取った。フォークだけど。終始飛沫が飛び合うような盛り上がりは無かったが、久々に人間と話せてオフライン飲みも悪くないなと思った。二次会抜きに現地解散したのは僕のせいではないと信じよう。
十一月、第三波と二回目の緊急事態宣言の訪れにより、冬学期以降の対面授業はまたも中止となった。僕は一時であれ集まれたのは良かったと前向きな気持ちでいた。二千人を超えてそろそろ僕の周りにも陽性者が出るだろうと覚悟するが、一向に現れる気配は無く、大学ホームページに掲載される学生の感染報告のみが手近な情報だった。
英教で指定の形式に従って何かプレゼンするという課題が出され、十五人と先生が映るパソコンの前、視線をクロールさせながら何とか発表した。実は対面時にも二人組でプレゼンする機会があったのだが、その時は皆の顔を直視することが出来ず、ただ原稿を読み上げるだけとなってしまった。僕はオンライン上では口の滑りの利く厄介なタイプに該当した。
ある日、我がクラスと別クラス合同でZoom飲みがあるというので、一度は参加してみようとLINEのURLを踏んだ。二十個近いモニターにはギトギトな笑顔、「ふざけんなよ死ねよ」「お前彼女と別れたんじゃねーの?」と当然授業中以上にラフなコミュニケーションが為される。世に言う大学生への負担なんて一切感じさせない健康的精神そのものの態度。そりゃそうだよねとは思いながら、距離を超越したはずの画面内で僕だけ遠く離れているような気がした。ここで免疫を付けるべきか悩んだ結果、「夕飯買いに行くから一回抜ける」そう告げて接続を切った。それ以来、クラスの皆と顔を合わせることは無かった。グループに企画を投げてくれる人は居たが、一対一で誘われない限り参加しないと決めていた。どう接すれば喜ぶか判然としない面倒な奴だと思われているだろうけど、どうせ就活以降は忙しさに追われ、仲良しごっこする暇なんて無い。大人になるとはそういうことだ。この人間関係の希薄さがニューノーマルに相応しい。
オンライン開催となる文化祭には微塵も我関せず、冬休みを挟んでレポートを終えた。成績発表を見ると何と英語リーディングⅡ、国語が落単していた。いや前者は負担の大きさから途中より欠席していたので明らかだけど、まさかレポートまでしっかり提出した国語が落ちるとは予想外だった。最初数回の授業コメントを二、三行で済ませていたのが悪かったのだろうかと振り返るが、上書き再履修可能な科目は限られているのでこのFは諦めるしかない。倍速で視聴して適当な感想を書いただけで卒業に近付くとは、何てコスパが良いのだと喜んでいたのに。そうそう、GoogleClasroomやらYoutubeやらは界王拳に倣って四倍速、二十速と設定を設けて欲しい。数理や経済以外の頭を使わない講義は何倍速だろうと教育効果変わらないから。
グループラインを無視する二月。一年前まで想像していた勉強やバイト、サークルに追われる大学生活は、こうして引き籠り恰好のパンデミックとなった。去年とは異なるのは一年掛けて生まれた幽かな繋がり。僕はそいつを手元に置いて、何一つ予定の無い春休みへと突入した。
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