景都と咲哉の家事情 4

 パソコン画面から映像が消えると、咲哉さくやは溜め息を吐き出し、

「うちの両親……こんな感じ」

 と、肩を落とした。

「向こうはヨーロッパなんでしょ?」

「うん。向こうは昼間なんだ。昼休みに時間作ってくれてるんだよ」

「めっちゃハイテクだな。いまどきは海外ともテレビ電話できちゃうのか」

 と、いまどきの子どもの流石さすがが言っている。

「これなら寂しくないねぇ」

 景都けいとがしみじみというので、咲哉は笑って景都の髪を撫でた。

「もう寝ようぜ。くたびれちゃったよ」

「うん」

 一緒にトイレも済ませ、クイーンサイズのベッドに潜り込む。

 景都を真ん中に、3人は川の字で並んだ。

「お母さんが1週間もいないとか、どうなるかと思ったけど。楽しい」

 毛布に包まりながら景都が言う。

 部屋の明かりを消し、ベッド横のスタンドライトの淡い光だけを照らしている。

「咲哉の父ちゃんがイギリスってのは聞いてたけど、母ちゃんまで海外とは知らなかったぜ」

 と、流石が言った。

「母さんは最近、イタリアに行ってる。ちょっと前まではフランスだったけど」

「あ、お父さんとは別なんだ」

「うん。母さん、じっとしてられないんだよ。日本人なのにヨーロッパのだいたいの国の言葉ベラベラだから、色んな国の通訳とか相談役とか頼まれて飛び回ってるよ。連絡もなしに、いきなり帰って来たりもする」

「すげぇな」

「子どもの頃からそうだったってさ。あれは治らないね」

 と、咲哉は苦笑している。

「咲哉パパが、トランシーバーって言ってたね」

 と、景都が楽しげに言った。

「ガキの頃、憧れたよ。トランシーバーとか無線機みたいの」

 と、流石が言うと、咲哉も、

「朝、寝坊したから先行っててーとか、気楽に伝えられて便利かもな」

 と、言う。流石が笑って、

「もうちょっと、夢のある使い方もしようぜ」

 と、言うので、咲哉と景都は首を傾げた。

「それって、どんな使い方?」

「んー……尾行とか、捜査とか?」

「探偵みたいだな」

「夢があるだろ」

「そうか?」

 咲哉が首を傾げると、景都が楽しげに、

「じゃあ、不思議屋探偵団だね!」

 と、力強く命名した。

「不思議屋探偵団?」

「不思議屋、どっから出てきた?」

 流石と咲哉に聞かれ、景都は、

「この前、笹雪ささゆきが僕んちまで迎えに来てね。東区のお総菜屋さんに、稲荷寿司を買いにお使い行って来たんだよ。トランシーバーあったら、ふたりも誘いやすいよね」

 と、話した。

「不思議屋のお使いって言うか、笹雪の買い物に付き合った感じか」

 と、流石が言っている。

「なんか、笹雪ひとりでは町に出ちゃ駄目って言われてるんだって」

「へー」

「なんかねぇ。これから、不思議屋のお婆ちゃんにお使いとかも色々頼まれそうな気ぃする」

 小さなあくびをしながら景都が言う。

「そう言ってたのか?」

「ううん。ただの勘」

「景都の勘は当たりそうだなぁ」

 咲哉が、毛布を景都の肩まで掛けてやりながら言った。

「じゃあ、朝寝坊しそうな予感も当たらないように、もう寝よう」

「うん」

 目を閉じて景都は、

「咲哉、お泊りさせてくれてありがと。流石も」

 と、呟いた。

 スタンドライトを消しながら咲哉は、流石と顔を見合わせた。

 流石は景都のおでこを撫でてやりながら、

「どういたしまして」

 と、答えた。咲哉も、

「俺も楽しいから、またお泊りしようぜ」

 と、言った。

 景都はすぐに寝息を立て始め、流石と咲哉もすぐに眠りに落ちていた。



 冷暖房は無くても心地よい、良い季節だ。

 窓は小さめながらも、咲哉の部屋にはまぶしい朝日が差し込んでいる。

 香ばしい匂いに景都が目を覚まし、

「あっ、流石、起きて! 咲哉が朝ご飯作ってくれてる!」

 と、隣で寝ている流石の肩を揺すった。ベッドに咲哉の姿はない。

「んー……?」

 部屋の扉が開いている。廊下を、お掃除ロボットのタンゴが高速で走り去っていく。

 パジャマ姿のまま景都と流石が1階へ下りて行くと、すでに制服に着替えた咲哉がエプロン姿でキッチンに立っていた。

 眼鏡はしておらず、コンタクトレンズも装着済みのようだ。

「あ、おはよう」

「おはよう、咲哉。朝ご飯、作らしちゃってごめんね。すぐ手伝うから」

 と、景都が腕まくりをするが、咲哉は、

「もう出来るからいいよ。ふたりとも顔洗って、学校行く支度しておいで」

 と、言った。

 寝ぼけ眼の流石は、大あくびをしながら手を振り、洗面所へ向かって行った。

「じゃあ、すぐ着替えて来るね」

 と、景都も言うと、流石と一緒に廊下を戻って行った。

 朝の身支度も簡単に済む少年たちだ。

 制服姿で3人は、ダイニングテーブルに並んで朝ごはんにありついた。

 重箱に並んだ秋のお手製おにぎりと、咲哉が用意したスクランブルエッグにベーコンとアスパラガスのソテーだ。

「すげぇ! ベーコン分厚い」

 香ばしく焼かれたベーコンに噛り付きながら、流石が言っている。

「流石はタンパク質かなと思って、分厚く切ってみた。ちゃんと中まで火も通ってると思うけど」

「うん。美味い」

「明日は僕が朝ごはん作るね」

 と、景都もスクランブルエッグを頬張りながら言う。

「よそんちの台所、使えるのか?」

 と、流石に言われ、景都は広々としたキッチンに目を向けた。

「あ、無理かも……」

「いいよ。一緒に作ろう」

 と、咲哉が楽しげに言う。

「俺、朝起きるの苦手なんだよな」

 流石はおにぎりを手に持ちながらあくびをしている。

「じゃあ流石は明日の朝、ベーコンソテーオンリーな。秋さんのおにぎりは無し」

 と、咲哉が言った。

「ベーコンオンリーってめっちゃ贅沢じゃね?」

「あ、でもベーコンひとかたまりしかねぇや」

「僕、目玉焼き作る!」

「お。いいねぇ」

「あ、急がないと、もうすぐ家を出る時間だぞ」

「あっ、本当だ!」

 急いで朝食を平らげると、流石と景都は初めて見る食器洗浄機に食器を突っ込んだ。

 留守になる家に、

「いってきまーす」

 と、声をかけ、3人は元気よく登校して行った。

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