景都と咲哉の家事情 3

 西日の入り込む窓も、ボタンひとつでシャッターが下りていく。

 夕方まで流石さすが景都けいとは、咲哉さくやの家の探検を楽しんだ。

 客間きゃくまになっている和室、リビング、ダイニングに広々としたキッチン。

 大画面のプロジェクタールームや、ピアノなどの楽器が置かれた防音室も流石と景都には珍しく、テンションを上げていた。

「ほら、ご飯食べに行くぞ」

 咲哉に急かされ、流石と景都は玄関ホールまで駆けて来た。

「小料理屋だろ? 財布いる?」

「いらないよ。俺の飯代は母さんがまとめて渡してくれてるから、後で追加しといてもらうし」

「へー」

 玄関で運動靴を履きながら景都が、

「僕たち3人でご飯食べに行くのも初めてだね」

 と、言った。「帰り道の買い食いとかはしてたけど」

「そうだな」

 玄関から門までの道のりも、通路際に並ぶライトが明るく照らしている。

 しかし、門を出れば田舎町の住宅地だ。街灯は少ない。

「暗くなってから一緒に出かけるのも初めてだね」

 と、景都は咲哉と手をつないだ。

 閑静かんせいな住宅地は、暗くなると一層静けさが増す。

 時折、帰宅途中のサラリーマンとすれ違うほかは人通りも少ない。

「小料理屋って、和食?」

「和食だよ。北駅のこっち側の商店街にあるんだ」

「いつも食べに行ってるの?」

「月、火、水、金は食べに行ってる。木曜は定休日で、土日は母さんが弾丸帰国すること多いから。母さんが居なくても、木曜と土日は、どっか食いに行ったり出前頼んだり適当に食ってるよ」

「それも大変だなぁ。あ、商店街って、この通りだよな」

 古びたシャッター街に着いた。

 道の向こうに駅がある。駅に向かうほど明かりのついた店は増えていくが、商店街の真新しい街灯がむなしく見えるほど、シャッターの下りた店舗は多い。

「その店だよ」

「へっ?」

 暖簾のれんのかかる木造店舗の前に、床置きの電光看板が立てられていた。

 床置き看板にも暖簾にも、『小料理屋・女心と秋の空』と、書かれている。

 壁にはビールや日本酒のポスターが貼られていた。

「女心と秋の空?」

「居酒屋に見えるんだけど」

「うん。飲み屋って言うか、和風スナックみたいなジャンルになるのかな。でも酒飲まなくても普通に定食だけ食いに来る人も多いよ」

 と、咲哉はさらりと言う。

「へー、楽しみ」

 咲哉を先頭に、『商い中』の札の下がる戸を開けた。

「あら、おかえりー」

 と、出迎えたのは、咲哉とよく似た面持おももちの和服美人だった。

 からし色の着物に白い割烹着かっぽうぎを重ねている。

 純和風の店内には、まだ客の姿はない。

あきさん。友だち連れて来た」

「こんばんは!」

 流石と景都は元気に声を揃えた。

「こんばんは。初めまして。私は咲ちゃんのお父さんの弟で、秋っていうの。よろしくね」

 と、和服美人が言う。

「……弟?」

「うん。オネエなのよ。今は咲ちゃんの叔母さんになっちゃってるんだけどね」

 と、咲哉にそっくりな優しい笑顔が言った。

「驚いた?」

 秋という和服美人より表情は薄いものの、咲哉は楽しそうだ。

「うん。めっちゃ美人!」

 力強く言う景都の横で、流石も頷いている。

「あらぁ。嬉しい。さぁさ、奥のお座敷にどうぞ」

「はーい」

 入り口から左側にはカウンター席があり、右側にテーブル席が並ぶ。縦長の店舗で、奥には上り口の座敷席が2卓並んでいる。衝立の向こうには手洗いがあった。その奥に2階へ続く階段も見えるが、2階は関係者以外立ち入り禁止だ。

 流石と景都が靴を脱いで座敷席に上がると、咲哉がお盆にお手拭きとお冷のコップを乗せてきた。

「ありがとう」

「ふたりとも、食べられないものある?」

 と、カウンターの中から秋が聞く。

「ないです!」

「3人とも、お刺身の定食でいいかしら」

「はい!」

「オーケー。ちょっと待っててね」

「はーい」

「なんか、驚くことばっかりだなぁ」

 店内を見回しながら景都が言った。「僕、居酒屋って初めて入ったよ」

「俺がふたりの家に行っても驚きが多いんだろうな」

 と、咲哉も言っている。

「とりあえず、せまさに驚くんだろうな」

 と、流石は、自宅を思い浮かべて溜め息だ。

 定食というには豪勢な刺身盛り合わせの夕食にも、驚きを隠さず大いに楽しんだ。



 驚き満載の時間はあっという間に過ぎていく。

 秋の小料理屋から、朝食用のおにぎりをもらって帰って来ている。

 そして、すぐに3人は歯磨きを済ませると、一緒に風呂へ入った。

 高級旅館の家族風呂のような広さがあり、3人で入ってものびのびできた。

 風呂上がりに咲哉がコンタクトレンズを外すのも、初めて見る流石と景都は、

「目にダイレクトインしてるっ」

 と、大騒ぎだ。

「いや、外してるんだけど」

 眼鏡をかけながら、咲哉は笑っている。

「咲哉の眼鏡も初めて見たな」

「そうだな」

「小学校の時も、ずっとコンタクトだったんだね」

「うん」

 3人は麦茶のコップを持って、2階へ上がった。

 一緒に宿題も済ませれば、もうすぐ夜9時になる。

「やっぱ、数学わかんね」

 宿題のノートを通学リュックに押し込みながら、流石が大あくびした。

「そろそろ眠くなるか?」

 と、咲哉が聞いた。

「ううん、まだぜんぜん」

「そうか。じゃあ本日は、もうひとつイベントがあります」

「イベント?」

「なになに?」

 流石と景都が目をパチパチさせる。

 咲哉はパソコンの電源を入れた。

 カタカタと簡単に操作すると、咲哉は流石と景都をパソコン画面の前に呼んだ。

「ここ、カメラだから」

「カメラ?」

 薄暗かった画面が左右2分割され、玄関ホールの写真で見たふたりが映し出された。

「えっ、咲哉パパとママ?」

『えぇっ、お友だちっ?』

 画面に映る咲哉の両親が驚きの表情を見せた。咲哉だけ平然と、

「月、水、土曜日はリモートで顔合わせてるんだよ」

 と、話した。「父さん、母さん。流石と景都、今週うちに泊まってくれるんだ」

『まぁまぁ、嬉しいわ。変な格好してなくて良かった』

 と、咲哉の母、百合恵ゆりえが言う。

「うん。本当に」

「お邪魔してます! 青森流石です」

 と、流石が名乗ると、景都も、

「富山景都です。うちのお母さんが出かけちゃって、流石と一緒にお泊りさせてもらってます」

 と、挨拶した。

「北小の元生徒会メンバーのふたりだよ」

 と、咲哉も言う。

『小学校の卒業式に会ったわよね。覚えてるわ』

 母、百合恵は笑顔の華やかな美人だ。薄い緑色のブラウスを身につけている。

「うん。で、父さんはどうしたの」

 百合恵の隣の画面で、父、籐矢とうやが目を潤ませている。

『あっ、ごめんね……咲哉君のお友だちが、うちにお泊りなんて……感動しちゃって』

 と、ボロボロと涙を落として泣き出した。

「……」

『パパ、これから午後もお仕事なのに、そんなに泣かないでよ』

 と、百合恵が笑っている。

 ごそごそとポケットからハンカチを出して、籐矢は目元を押さえた。

『あっ、そうだ。咲哉君たち』

「なに?」

『お父さん、小型通信機器のシステムとか作る仕事をしてるんだけどね。3人とも、トランシーバーとかって興味あるかな。日本で試作品の体験モニターをしてくれる子を探してるんだ』

 と、籐矢が泣き顔を上げて言った。百合恵が満面の笑みを見せる。

「トランシーバー?」

 流石と景都が首を傾げた。

「なにそれ。体験モニターとか初耳なんだけど」

 と、咲哉が言うと、

『だってトランシーバーなんて、ひとりで持ってても仕方ないじゃない?』

 と、百合恵が笑う。

「友だち居ないと思われてた」

『そ、そんなこと思ってないよ。ただ、最近の子はスマホがあるし、トランシーバーを共有するほどの仲良しはどうかなって』

「俺ら、スマホ持ってないっす」

 と、流石が答えた。景都も頷く。

『あ、じゃあ、後で概要がいようをメールするね。本体も東京支社から送ってもらうから』

「わかった」

『じゃあ3人とも、お泊まり楽しんでね』

 百合恵と籐矢が手を振ると、流石と景都も笑顔で手を振り返した。咲哉もついでという様子で手を振っている。

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