第4話 景都と咲哉の家事情

景都と咲哉の家事情 1

 空き地や空き家の並ぶ道の突き当たりに、竹藪たけやぶが広がっている。

 竹藪の手前には、いつ置かれたのかわからない古い土管がひとつ放置されている。

 ひび割れて苔生してもいるが、座るにはちょうどいい大きさの土管だ。

 青森流石あおもり さすが富山景都とやま けいと栃木咲哉とちぎ さくやの3人は、人通りの多い通学路から外れた雑木林や空き家に囲まれた田舎道を選んで学校に通っている。

 竹藪の土管は、3人の朝の待ち合わせ場所だ。


 今日も風が強い。

 竹藪の笹が賑やかな音を奏でている。

 木陰の土管には流石と咲哉が腰掛け、景都が来るのを待っていた。

「今日は景都、遅いな」

「うん。でも足音はこっち来てる。あ、来たよ」

 と、耳のいい咲哉が曲がり角に目を向けた。

 いつも元気に駆けて来る景都が、俯いてとぼとぼ歩いて来る。

 流石と咲哉は顔を見合わせ、慌てて景都に駆け寄った。

「あー、ふたりとも、おはよう……」

 と、顔を上げて呟いた景都の目が、とたんに潤みだした。

「どうしたんだよ」

「転んだのか?」

 流石と咲哉は、身を屈めて景都の顔を覗き込んだ。

「ううん。今日から金曜日までさぁ……僕、家にひとりなんだ。ふたりとも今日、僕んち来ない? っていうか、うち散らかってるから、僕がふたりの家に行きたいんだけど」

 と、景都が話す。

「両親、遠くの親戚の葬式とか?」

 と、咲哉が聞いた。

「ううん。僕、妹がいるんだけどさ」

「えぇっ?」

 流石と咲哉が揃って、驚きの声を上げた。

「景都は兄ちゃんだったのか」

「うん。水泳と柔道やってるんだけど、水泳の強化合宿に急に参加できる事になったとかで、学校休んでお母さんと一緒に東京に行っちゃったの」

 目元を擦りながら、景都が言う。

「スポーティーな妹だな」

「妹って小学生なのか」

 咲哉に聞かれ、

「小4」

 と、景都は答える。

「え、去年は北小の3年生だったのか? それとも私立か?」

「北小だよ。でも内緒なの。なんかね、前に柔道の道場の人に『お兄ちゃんに女らしさ全部取られちゃったんだね』とか言われた事があるらしくて、北小では絶対に自分の兄ちゃんだってことバラすなって言われてたんだよ」

「ちゃんと約束守ってたのか。いい兄ちゃんだな」

 と、流石が、景都のふわふわな髪を撫でた。

「守らないと投げ飛ばされるもん。小4なのに、僕よりでかいんだ」

「マジで?」

「父ちゃんは?」

「いるけど、帰って来るの夜中なの。急だったから、仕事早く切り上げるのとか難しいって。昨日の夜は、もう中1だし僕ひとりでも大丈夫って言ったんだけどさ。うち古いし、うちの両隣は空き家だし……今朝からお母さんいなくて、ひとりになったら夜とかお化けが出そうな気がしてきてさぁ……」

 プルプル震えながら泣き出す景都の手に、咲哉は自分のハンカチを握らせ、

「じゃあ、俺んち来いよ。うちの両親、海外だから誰もいないし」

 さらりと言った。

「えっ、咲哉はずっとひとりなの?」

「ずっとじゃないよ。母さんはちょくちょく帰ってくる。でも今のところはその予定もないし」

 そう言って、咲哉も景都の髪を撫でた。

「お手伝いさんとかいるのか」

「いないよ。俺ひとり」

「飯は、どうしてんだよ」

 と、流石が聞く。

「近所に食堂みたいのやってる親戚がいるんだ。ご飯は食べさせてもらったりしてて不便はないよ」

「へぇ……知らなかった。格好良いなぁ」

「夜まででも良いし、金曜まで泊まってても良いよ」

「うわ、楽しそう」

 と、目を輝かせるのは流石だ。

「流石も来る?」

「いいのっ?」

「いいよ」

「あはは、楽しくなってきた」

 やっと景都に笑顔が戻った。

「じゃあ、学校行こうぜ。急がないと遅刻だ」

 ゆっくり歩いていたが、いつもよりずいぶん時間が過ぎてしまった。

「あ、大変っ」

「よっしゃ、行こうぜ!」

 竹藪の横道を、3人は元気よく走り出した。



 その日の昼休み。

 咲哉は、1階職員玄関横の事務室を窓口から覗いた。

 すぐに事務員の女性と目が合う。スマホを見せ、

「親戚に晩飯の相談をしたいので、スマホ使っていいですか」

 と、聞いた。

「はい、いいですよ」

 事務員の女性が、にこやかに答えた。

 咲哉たちの通う中央中学校では、届け出のある生徒はスマホの持ち込みを許されている。しかし、校内での使用は禁止だ。

 必要な連絡などの場合は、事務室前で許可を取り使用する事になっている。

 事務室横の壁に寄り掛かりながら、咲哉はスマホで電話をかけた。

『もしもし、咲ちゃん? 何かあった?』

 電話先で、優しいハスキーボイスが言った。

「何かあった訳じゃないんだけど、晩御飯の事でさ」

『今夜は食べに来られなくなった?』

「ううん、行く」

『そう、良かった。良いタコが手に入ったのよ。みんな冷凍しちゃったらもったいないから、今夜はお刺身にしようと思ってるの。それで明日はお店でタコ焼きパーティーよ』

「楽しそうだね。で、晩御飯なんだけど、2人分追加してもらえないかな」

『追加?』

「今夜から何日か、友だちがふたり俺の家に泊まりに来る事になってさ」

『あらまぁ、楽しそうねぇ。珍しいじゃない?』

「うん。友だちのひとりが、母親が急に出かける事になって父親の帰りも遅いんだって。もうひとりはついでだけど」

『じゃあ、咲ちゃんも合わせて3人分ね。朝ごはんも』

「急にごめんね。お願いできるかな」

『いいのよ。咲ちゃんのお友だちって初めてだから、会うの楽しみにしてるわ』

「そういや、初めてだね」

 と、咲哉は笑った。

『腕をふるっちゃうわ。それじゃあ、もう少しお勉強、頑張ってね』

「うん。ありがとう」

 電話が切れると、咲哉はスマホをポケットにしまい、事務員の女性に会釈した。



 流石、景都、咲哉の3人は、小学校高学年になってから生徒会メンバーとして集まった。

 小学生の生徒会に面倒な仕事はない。形だけ用意された生徒会室を溜まり場にして、いつも学校内で遊んでいた。

 近所には住んでいるものの、まだお互いの家に遊びに行った事がなかったのだ。

「じゃあ、ふたりとも泊りの支度して来いよ。歯ブラシとか適当な着替えとか」

 通学路の分かれ道で、咲哉が言った。

「制服もだよね」

「そうだな」

「咲哉んち、どこだっけ」

 と、流石が丁字路の先に目を向ける。

「そっちの突き当たりを右に曲がって、ちょっと行った左側」

 と、指差しながら咲哉が言う。

「右に曲がって左側だな」

「うん」

「じゃあ咲哉、お支度して来るね!」

 隣近所に住む景都と流石は、同じ道を駆けて行った。

 元気に走るふたりの背中を見送って、咲哉はひとり帰路についた。

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