第34話 イル・クロマ

「おい、アレ……何だ?」


 遠距離部隊の冒険者が遠方に何かを見つけたようだった。


「山か何かか……?」


「でもあんなところに山なんかあったかね」


「この地に来て間もないのなら覚えていなくてもおかしくはないさ」


 他の者も同じ方向を見るが、そこには薄く山が見えるだけであった。

 その後少し経った頃、地震が発生する。その場の者たちは揺れに耐えるために何かにつかまる。同時にガルドは近接部隊の安否確認を行った。


「地震が起こったようだが、そちらは大丈夫だろうか」


『ああ大丈夫だ。そちらは?』


「被害は無い。近接部隊は引き続き周囲の警戒を頼む」


 イル・ネクロが再度起き上がる可能性を考えて、ガルドは近接部隊に周囲の警戒を行わせていたのだが、何か嫌な予感を感じ取ったのか表情を険しくさせた。


「地震なんて久しぶりだな」


「ああ、前に起きたのはおっぁあぁ!?」


 数秒の後、また地震が起こる。それも先ほどよりも少し大きい。


「こんなに頻発するなんて珍しいな」


「何か良くないことの前触れかもなっぉぁおおあ」


「おい、流石にこんなに頻繁に起こるのはおかしくねえか!?」


 これまで地震が頻発することが無かったこともあり、この場の者は皆何かがおかしいと思い始める。そんな中、誰かが先ほどの山の方を注意深く見始めた。

 最初の内はただ見ているだけだったが、徐々に表情は硬くなっていき最終的には何かに怯えるように体を震わせ始めた。


「どうした!?」


「あ、あれ……あれは山なんかじゃねえ。でっけえドラゴンだ……」


「何!?」


 一人の男の言葉を皮切りに皆が一斉に確認する。山が動いていることを確認しその正体が巨大なドラゴンだと気づいたものは皆、驚愕や絶望の入り混じった表情を浮かべる。あれほど苦労したイル・ネクロよりもさらに強大な存在が目の前に現れれば、そうなってしまうのも当然の事であった。


「嘘だろ……なんだアイツ……?」


「あんなのに勝てるわけないじゃない!」


「あんなのが居たんじゃどこへ逃げたって同じだ……」


 逃げ出す者、その場で泣き崩れる者、立ち尽くす者、多くの者はまるで戦える状態では無かった。

 だがそれでも、戦う意志を持った者は少ないながらも存在した。


「……戦えるのはこれだけか」


「大体は逃げたか戦意喪失だな」


 この場で戦える者は魔法使いのバーンとメル、神官のリア、騎士のガルドだけだった。それ以外の者は既にこの場に居ないか、逃げる力すらも失っていた。


「仕方が無い。私たちだけでもなんとかしなければならないな」


「しかし、いくら何でも無謀過ぎないか?」


「だとしてもだ。この国を救うために……いや、あんなものを放っておけば周辺諸国も遅かれ早かれ壊滅するだろう。騎士である私は最後まで戦う。それで駄目ならそれまでだと言うことだ」


 ガルドは表情を引き締めそう言う。


「私は……正直言って勇敢な人間では無い。前線に行きたくないから作戦立案の能力を高め続けてきたのだ。今回だって騎士でありながら後方で司令塔としての行動を行っていた。でも最後くらいはかっこよく散りたいものだ。バーン殿、指揮官としての役割を任せても良いだろうか。私は前線で戦おうと思う」


「別に俺は構わないぜ。つうかよ、死ぬのが怖いのは皆同じなんだからアンタのその考えだって間違っちゃいねえよ。それで作戦立てる能力が身に付いたってんなら結果オーライじゃねえか」


「バーン殿……その言葉、感謝する」


 ガルドは降りて行き前線へと向かった。その表情はどこかすっきりしたような清廉なものであった。


「さーて譲さんたち、ここは俺たちだけで守らねえと行けねえが大丈夫か?」


「ええ、心配は無いわ」


「わっ私も大丈夫だよ!」


「そいつは心強い。……駄目そうになったらいつでも逃げて良いからよ」


 最終的にこの場で戦えるのはバーン、メル、リアの3人だけとなった。





「なんだ……アレは? あそこに最初から山なんてあっただろうか」


 ファルは前方に山を確認したが、何か違和感を覚えたようだった。


「いや、サザンのことで一杯だったから気付けなかっただけか……? うわっ地震か!?」


 突然発生した地震に驚くファルだが、その程度で取り乱す程魔人はやわでは無かった。しかし自身も怪我をしていて、そのうえでサザンを抱きかかえているためにその場から動くことは出来無い。

 地震の揺れが収まってからゆっくりと動き出そうとするが、地震が頻発するためにその後も中々移動出来ずにいる。

 少し経った頃、あまりにも地震が頻発するためにファルはこれがただの地震では無く何かの歩く際に発生する地響きなのでは無いかと思い始めた。そして思い当たる節があったのか先ほどの山を見ると、その山は明らかに近づいてきていたのだった。


「あれは……龍か?」


 大きな羽を広げ首を上げる龍の姿が目に入り、何とか立ち上がり移動しようとするファル。そんな時ガルドから通信が入った。


『ガルドだ。まだ戦う意志のある者は聞いて欲しい。あの巨大な龍……ひとまず今は、太陽を包み食す者という意味を込めて『イル・クロマ』と呼称する。ヤツは王国へと向かっている。食い止めるために戦ってくれる勇気ある者は付いてきて欲しい』


「……まだ戦いは終わっていない……か」


 ファルはサザンをそっと地面に寝かせると、龍の方へと向かって行った。

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