第35話 旅立ち
リュード様と結ばれてから数日、わたしは小屋にレイラ様とエレノア様を手紙で呼んで、そこにボニーさんを加えた四人でリビングに集まっていた。
「今日は突然お呼びしてごめんなさい。どうしてもお話したい事があって」
「気にしなくていいわ」
「仕事の事って聞いたけど、なにがあったの? 王子のドレスの件?」
「あれは順調に進んでますから大丈夫です。今日はそれ以外でお話が」
わたしが話を切り出すと、三人の視線が一斉に向いた。
今からする話の内容が内容なだけに、凄く言いにくい。って、何弱気になってるのよわたし。わたしが思いついた事なんだから、責任をもって相談しなきゃ。
大丈夫だ、わたし。この話をリュード様にした時、僕は賛成だし、もちろん支援するって言ってもらてたんだから。
「結論から先に言います。このお店を移転させたいんです」
「移転……ですか。随分唐突ですね」
「アタシもびっくりだよ。お婆ちゃんは知ってたの?」
「ええ。昨日の夜にセレーナちゃんから聞いたわ」
わたしの言葉で驚いたレイラ様とエレノア様が目を丸くする中、ボニーさんはのんびりとお茶を楽しんでいた。
「お母さんはなんて言ったの?」
「事情を聞く前はどうして? って思ったけど、事情を聞いた後はセレーナちゃんを応援するって決めたわ」
ボニーさんはわたしの隣に立つと、ワシャワシャと頭を撫でた。それが、この子なら大丈夫だよって言ってくれてるように感じられた。
「理由なんですが……移転先の近くにある滝と、そこにしか住めないわたしの彼氏のお話をさせてください」
わたしゆっくりと、あの滝で起こった過去の事件からリュード様の事、今の滝とリュード様の状況、そして自分なら滝に縛られている亡霊を何とか出来る事も説明したうえで、自分は滝に移転したいと申し出た。
「なるほど、信じがたい話ですが……」
「んーアタシも信じられないし、そんな危ない所に住むなんて危険じゃない?」
「はい、危険は多いと思います。でも、リュード様がいるので大丈夫です」
「そう……あなた、本当にできるの? 移転となると、当然お母さんはついてこないわ。腰が悪い人間を深い森に住まわすなんて、自殺行為だもの」
「はい、わかってます」
それはわかっていた。移転をするという事は、この小屋からさようならをするという事。それは、ボニーさんとの別れを意味する。
「まだ責任者になって浅いのに、完全にお母さんがいない状態で出来ますか?」
「出来ます! いや……やらないといけないんです!!」
わたしは自分の目に最大の意思表示を示しながら、レイラ様を強く見つめる。
「わたしにはまだ滝に縛られている人を助けられる。最近忙しくて滝に行けてなかったけど、拠点を移せばそれは解決できます。わたしは……裁縫でみんなを幸せにしたいですけど、滝で沢山の人を天に還してあげたい! 攻めて旅立ちの時くらい、幸せに送ってあげたい! わたしの魔法で……それが出来るんです! その……自分勝手なお願いなのは重々承知してますけど、お願いします!」
「言いたい事は分かったわ。それで、仕事は本当にできるのかしら。そこだと町からかなり離れている。材料の調達をするだけでも、中々大変よ」
「もちろん! お店の看板は、よほどの事がない限り畳みません! だって、三人の……ううん、ボニーさんの旦那様も含めた、四人の想いがわたしの双肩に乗ってるんですから!」
ふんすっと握り拳を作って気合を入れて見せると、エレノア様も一緒に握り拳を作ってノッてくれた。しかし、レイラ様はずっと渋い表情だった。
「……話を戻しましょう。物資の調達はどうするのですか?」
「そ、それはわたしが……」
「根性論だけでは厳しいでしょう」
「…………」
レイラ様にズパッと言ってもらえたおかげで、わたしは何も言い返せなくなった。
そうだよね……商談、経理、制作……パッと思いつくだけでも沢山なのに、ここに道具や布の調達は至難の業だ。
「……じゃあ、やっぱり駄目なのでしょうか……」
「駄目じゃないわ。あなたの想いは、私達や彼が支援するに値するかを示しなさい」
「彼……あっ!」
わたしの脳裏に、ロイ様が持っていた依頼書の事を思い出した。あれを完璧にこなして見せれば、気に入ってもらえて支援してもらえるかもしれない。
「それにしても、今回のウェディングドレス……まさかと思ってたけど、本当にあんな騒動が起きた後に注文をするなんてね」
「わたしもビックリでした。でも、このドレスを素晴らしいものにして、支援を受けれるように頑張ります!!」
「丁度いいから、そのドレスを見せてくれないかしら?」
「アタシもー! やり方興味あるし!」
「い、いいんですか!? ありがとうございます!」
作業所にまで降りてきたわたしは、二人と一緒にドレスを作りながら、あーだこーだと議論を交わしはじめた。
「ドレスの布は多い方が良いでしょうか? それとも少な目?」
「少し露出した方が可愛いって!」
「大人なら、敢えて隠すもの。この方が大人の魅力が出るのよ」
「そんな事ないってばー!」
……互いに自分の主張を全く曲げる気配がない。これが一流……!
「む~! セレーナちゃんならどっち!?」
「わ、わたし!?」
急に話を振られて驚いたわたしは、汗を飛ばしながら考える。ロイ様の妹様は、絵を見た感じではお淑やかで、絵にかいたような清楚なお嬢様って雰囲気の人だ。それなら……。
「レイラ様の案でいきましょう」
「く~駄目かぁ!」
「あなたのも素敵だけど、彼女のイメージに合わないの」
「そうですよね! わたしもそれを思って……清楚な感じの人は、露出を好まないだろうって思いました!」
「うんうん、そうやって相手の事を思いやる気持ちがあるセレーナちゃんなら、きっと大丈夫ねぇ」
わたし達が意見の交換をしているのを、後ろで笑顔で見つめていたボニーさんは、わたしの頭を優しく撫でながら言う。その言葉がわたしには嬉しくて、そしてとても心強かった――
****
「セレーナちゃん、ちょっとお願いがあるんだけど、いいかしらぁ?」
同日の夜、レイラ様とエレノア様のお見送りをして一息ついていたわたしに、ボニーさんはお茶を持って声をかけてきた。
「なんでしょうか?」
「例の彼と話をしたいのだけど、あの石で話せないかしら?」
「通話石の事ですか? 今日は話してないので、出来ますよ」
リュード様と話したいだなんて、急にどうしたんだろう。断る理由は無いし、たくさんお世話になったボニーさんの頼みを断る事なんてしないけど。
「ちょっと待っててください。今持ってくるので……」
わたしは自分のベッドの枕元に置いてある通話石を持ってくると、ボニーさんに手渡した――のはいいけど、どうすればいいのかわからないようで、首を傾げられてしまった。
そ、そうだよね……この石でリュード様と話しているのは、何度も見てるから知っているだろうけど、どうすれば話せるかはわからないもんね。
「えっと、この石を軽く三回叩いてください」
「こうかい?」
わたしに言われた通りに、ボニーさんは通話石を三回叩く。すると、いつものように、石の中心がほんのりと光り始めた。
『やあ、セレーナ。今日も良い夜だね』
「あ、リュードさんかい? ボニーです」
『ボニー殿? これはこれは、その後の調子はどうですか?』
「おかげさまで、何とか過ごせているよ」
いつもならわたしの声が聞こえるのに、それがボニーさんだったからか、声が僅かに裏返っていた。
事前にわたしから、ボニーさんが話をしたいって言っておけばよかった。失敗しちゃった。
『ボニー殿が通信石で連絡なんて初めてで驚いたのですが、なにかそちらであったのですか?』
「特に何かあったわけじゃなくてねぇ、リュードさんはそっちにセレーナちゃんが行くのは知っているかい?」
『はい、以前本人から聞きました。その後、ボニー殿やそのご家族に相談すると聞いています。その口ぶりからして、ボニー殿はお聞きになりましたか』
「ええ。昨夜セレーナちゃんから相談されてねぇ。あたしはセレーナちゃんを応援するわ。だって、セレーナちゃんが考えて決めた事だからねぇ。ちなみにあたしはここに残るわ」
『そうでしたか。ご納得していただき、ありがとうございます』
「あたしの家族は否定的じゃないけど、一人で大丈夫か不安みたいでねぇ……まあ、これはこっちも問題だから、あなたは気にしなくていいわ」
手に持ったお茶を飲んで一息入れたボニーさんは、更に言葉を続ける。
「それで、そっちにセレーナちゃんを送る前に、あなたに伝えたい事があったの」
『はい、なんでしょうか?』
「セレーナちゃんは頑張り過ぎちゃう事が多くてねぇ。だから、セレーナちゃんが無理するようなら、ちゃんと言ってあげて。あと、なにかあったらあたしの代わりに守って」
『もちろんです』
わ、わたしは大丈夫! って言えないのがつらいところだ。これでも運営の仕方や、依頼人とのやり取りも慣れてきたんだけどなぁ。
「……それと、セレーナちゃんは凄く優しくて良い子だし、あなたもとても紳士的で良い人だから、きっと幸せになれるわ。色々と複雑な事情があって大変だと思うけど……あたしは二人を応援するわぁ。絶対に二人で幸せになって」
『……はい。あなたの大切な家族は、僕がこの身をかけてお守りします』
「ありがとう。あたしの大切な家族を……お願いねぇ」
そこで丁度話せる最大時間の五分を過ぎてしまったようで、石に灯っていた光は無くなってしまった。
「この石、ありがとねぇ。そうだセレーナちゃん、引っ越しをする前にもう一つお願いしてもいい?」
「……はい」
「この石、あたしにくれないかしら? これがあれば、セレーナちゃんやリュードさんと話せるでしょう?」
「た、確かに……わかりました、是非持っていってください! それと……わたしの事を想って……っ!」
さっきのボニーさんの言葉を聞いてたら、なんだか涙が出てきちゃった。だって、あんな幸せになってだなんて言葉、言われた事がないんだもん。
「うぅ……ううううう……うわああああん! ボニーさあああああん!! ごめんなさいいいいい!!!」
「あらあら、そんなに泣いてどうしたの? あたし、謝られる覚えなんて無いわよ?」
「だっで……わだじぃ……お店を守るとか言っておいて、責任者になったら移転って……本当にワガママで……申し訳なくてぇ!!」
「それは違うわ、セレーナちゃん」
子供の様に泣きじゃくるわたしの肩を掴みながら、ボニーさんはゆっくりと口を開いた。
「あなたは今もちゃんとお店を守ってるじゃない。お店の看板が何よりの証拠。あなたがいる限り、土地は変わっても、看板は下ろさないでしょう?」
「降ろさないです! このお店はわたしが守ります! でも……滝の人達も助けたいし、リュード様と一緒に過ごしたいし……」
「ならいいじゃないの! ほら胸を張って!」
「は、はいぃ!!」
言われるがままに背筋を伸ばすと、仏頂面だったボニーさんの顔が、柔らかい笑顔になった。
「うんうん、立派になっちゃってまぁ……初めてここに来た時は、あんなに弱虫で気弱だったのに、今では他人の為に動き、自分の意思を表に出せるようになった。あたしは本当に誇らしいよ」
こんなに立派にしてくれたのは、ボニーさんだ。彼女がいなければ、お仕事の事なんてわからなかったし、わたしはずっと内気でダメダメ人間だっただろう。
もう、なんて言えばいいんだろう……どうすればわたしの感謝を全て伝えられるんだろう。わたしの頭の中には、そんな都合の良い言葉が見つからない。
ううん、違う。月並みな言葉でも、感謝を伝えられればいいんだ!
「わたし、頑張ります。まずはロイ様の妹様のドレスを作って、認めてもらって、滝にも品を送る為の経由を作ってもらって……やる事盛りだくさんですけど、きっとやりとげます! こんな風に思えるようになったのも、立派になったも、ボニーさんのおかげです。本当にありがとうございます! ボニーさんは、わたしのお師匠様で……大切なお婆ちゃんです!」
「セレーナちゃん……あんたって子は……こんなババアを泣かせてどうするんだい……」
感極まって涙を流すボニーさんは、わたしの事を優しく抱きしめながら泣き続ける。それがわたしにも移っちゃって……二人して夜遅くまで泣いているのだった。
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