第32話 末路
「…………」
色々と騒ぎの起こったパーティーから、数日が経ったある日、馬車に乗って無事に帰ってこれたわたしは、小屋でぼんやりと外を眺めていた。
あの日の疲れとショックがどうしても抜けきれず、仕事に手がつかない。ボニーさんが色々気遣ってくれてるんだけど、ありがたいと思うと同時に、とても罪悪感を感じている。
「お仕事しなきゃだし、リュード様にもちゃんと会って挨拶しなきゃだし……腑抜けてる場合じゃ無いのに……」
あの時のリュード様とサンドラ様の言動が、わたしが思っている以上に、体に与えたショックは大きいみたい。全然体に力が入らないよ……。
「はぁ……あ、あれ?」
はっきりと見えないけど、遠くから何かがこちらに向かって来ている。
あれは、馬車? もしかして、フィリップ様の事で何か言いに来たとか? ど、どうしよう。ボニーさんは今わたしの代わりに買い物に行ってくれていて不在だし、リュード様から貰った指輪も、ちゃんと動くかの保証は無い。
今すぐ逃げても、馬車相手から逃げ切れるわけもないし……う、うぅ……腹を括るしか無い。
「は、話せばわかるかもしれないもんね……」
淡い期待を胸に抱きながらも、覚悟を決めたわたしは、深呼吸をしてから外に出ると、ちょうど馬車が到着したところだった。
「出迎えご苦労様。君がセレーナで間違いないか?」
「あ、はい……」
馬車から降りて来た人は、金の髪をなびかせながら、わたしの前に立つと、澄み切った緑の瞳をわたしに向けた。
この方、誰だろう……会った事が無い……ううん、違う。確かにこの方には会った事はある。確か、先日のパーティーに出席してる人の中で、この方を見た事がある。それに、この顔に見覚えがある。
……そう。リュード様にとてもよく似ているの。顔が似ているのもあるけど、それ以上に雰囲気が似ている。喋り方は、リュード様より少し棘がある感じがするけど。
「私はこの西の国を治める、現国王の息子である、ロイ・マルフォードと申す」
「こ、国王様の!? は、はじめまして! セレーナといいましゅ! た、立ち話もなんですし、どうぞ!」
目の前の男性……ロイ様の自己紹介に戸惑いを隠せなかったわたしは、噛みながらもなんとかお辞儀をした。
リュード様に似てるからか、この人も凄く美人だ。わたしより頭一つ大きい高身長に加えて、スラッとした体。目つきがリュード様に比べてきついけど、嫌と思う事は無い。
「あのあの、粗茶ですが……」
「かたじけない」
ありあわせのお茶とお菓子を出したけど、これで良かったのかな……お気に召されなかったらどうしよう……そんな事を思っていたら、お茶とお菓子を口にしたロイ様の頬が、ほんの少しだけ緩んでいた。よかった……。
「前、失礼します」
「ああ。それで、今日は君に数日前の騒動の件のその後を伝えに来たのと、仕事の話を持って来た」
「お、王子様自らですか?」
「うむ。我が友……いや、元友のフィリップに迷惑をかけられていた君には、元友の私から説明する義務があると思った次第だ。関係のない奴が出しゃばってきたと、鼻で笑ってくれても構わん」
「は、はぁ……」
よくわからないけど……ロイ様は何も悪く無いのに、フィリップ様の代わりにこうして来てくれるなんて……凄く真面目な方なんだろう。せっかくだから、その好意に甘えるとしよう。
「君も私も、現場で聞いていたと思うが、フィリップとサンドラの二名は、国外追放となった。行き先だが、東の国が管理をしている孤島だ。そこは罪人が罪を償う為の修道院があってな。そこで生活するようだ」
「修道院?」
「ああ。必要最低限の物や食料しか与えられない。生きるのがつらくて自害しようとする者も後を立たないというが、徹底的に管理されてるからそれも出来ない、ある意味地獄だ。一応改心すれば出られるが、あの二人では改心は望めない以上、二度と生きては出られまい」
連れていかれた後、地下牢に閉じ込められたのは知っていたけど、まかさこんな短期間で追放されてしまったのは驚きだ。
……これはあくまで予想だけど、あの後も暴れに暴れまくった結果、本来よりも連れていかれる時間が短くなったんじゃないかと思う。
だって……あの二人なら、思い通りにならなかったら、絶対に暴れるだろうし。
「そうだったんですね……でも、どうしてあなたがそんなに詳しいのですか?」
「近隣の王族の諸事情程度、把握しておかないでどうする? それに、元はフィリップは友だから、情報網はいくらでもある」
「な、なるほど」
王族って、いろいろあるんだなぁ……普通の友達なら、友達に情報網を張ったりなんかしないもの。
「次に仕事の話だ。いや、その前に話しておく事がある。今回君の作った服が発端となり、騒動へとなってしまった。それは事実だ」
「……はい。処罰なら何でも受けるので、どうか周りの人は巻き込まないでください!」
「何か勘違いをしてないか? 私はお前に処罰を与えに来たのではない。そもそも今回の件の悪人は、フィリップとサンドラだ。君はそいつらに、素直で幸せになれる服を作ったにすぎない」
「し、知ってたんですか? なら服の危険性も……」
「あれは着た人間が悪すぎたな。普通なら素直になって感謝の言葉が出る程度のものだが、奴らは己の欲求が強すぎて、それが表に出ただけだから気にするな。それで、その服の仕事ぶりが見事だったから、仕事を持ってきた」
ロイ様の手には、丁寧に封筒に入れられた書類があった。それを、静かに渡してくれた。
「拝見します」
開けると、そこにはまたウェディングドレスを作ってほしいという依頼書が入っていた。今回は、薄い水色のドレスのようだ。
それと一緒に、一枚の絵が入っていた。とても活発そうで、この水色のドレスがとてもよく似合うと思う女性が描かれている。
「実は、近いうちに妹が結婚するんだ。今まで私は妹に構ってやれなかったから、こんな時くらい良いドレスを用意したいと思っていた矢先、うちのお得意のブランドの責任者が、セレーナという職人が良いという話をしていてな」
「もしかして、レイラ様とエレノア様……?」
「そうだ。そして私が実際にパーティー会場で見た時には、その出来の良さはもちろん、作った側の気持ちも伝わってくる一品だった。個人的に、君の幸せで素直になる魔法もユニークで好印象だ」
「で、でも! わたしの魔法で……フィリップ様とサンドラ様は……!」
「さっき説明しただろう。あれはある意味事故だ。君は注文通り、素晴らしい服を作った……それだけで、私には十分の価値がある」
そう言われても、イマイチピンとこない。普通に考えたら、わたしのせいで言わなくても良い事を言った結果、こうなったんだし……。
「それで、受けてもらえるのか?」
「はい、勿論」
「感謝する。何かあった際には城に連絡してくれ。では、私は失礼する」
「あの……最後に一つ質問してもいいでしょうか?」
このまま帰られたら、一番聞きたかった事が聞けない。そう思ったわたしは、急いでロイ様を止めると、少し冷たい顔がこちらに向いた。
「あまり時間がないから、手短に頼む」
「はい。その……リュードという名前に、聞き覚えはないでしょうか?」
「リュード……? そうか、あの指輪の魔法はやはり……信じられないが、信じざるを得ないか……」
「リュード様をご存じなんですか!?」
「ああ、知っている。リュード……いや、リュード様は――」
淡々と説明をするロイ様の言葉を聞いたわたしは、その衝撃の内容が受け入れられなくて、その場にしゃがみ込んでしまった。
「そんなの、絶対嘘だよ……嘘だ! 嘘だ嘘だ嘘だ!」
わたしはロイ様を見送りもせず走り出した。さっきまでの気だるさが、まるで嘘のようだ。
走って。走って。走って。途中で転んで膝をすりむいても、泥だらけになっても、わたしは走った。
目的地は――当然、あの森の中にある滝だ。
「ぜぇ……はぁ……い、いたぁ……」
小屋からここまで全力ダッシュをしてきたわたしは、息が乱れに乱れていたけど、なんとかリュード様の所にまで到着できた。
「リュード、様……!」
「…………」
「リュード様!!」
「…………」
「リュード様!!!」
「うわっ!? せ、セレーナか……最近は驚かせるのが流行なのかい? あはは」
こちらに気づいたリュード様は、いつものように、にへらっと少しだらしない笑みを浮かべる。だが、わたしが汗だくなのを見て、すぐに表情を引き締めた。
「どうしたんだい、なにかあったのか? 何かから逃げているのか?」
「い、いえ……追われてるとかは……なくて……」
「とにかく、この水を飲むといい」
リュード様は、滝から水を一杯汲むと、それをわたしに飲ませてくれた。
ふぅ……少し生き返った。喉が張り付きそうで、息が出来なくなっちゃうところだったよ。
「こんなに汗まみれで……可哀想に。疲れただろう? 少しゆっくりするといい」
今日も優しく頭を撫でてくれるリュード様。その手は、今日も氷のように冷たくて、気持ちよくて……凄く悲しい。
だって……だって……!
「リュード様、正直に答えてください。あなたは……西の国を治める王族なんですか? それも……五百年も昔の」
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