第28話 絶対的な味方

『ふぅ……こんなにゆっくりお茶を楽しむなんて、いつぶりだろう。ボニー殿、こんなおいしいお茶をありがとうございます』

「どういたしまして。大したお茶も出せなくてごめんなさいねぇ」


 ボニーさんと掌サイズのリュード様と共に、わたしはリビングでお茶を飲みながら、お土産として持って来てくれた木の実に舌鼓を打っていた。


 ……なんていうか、さっき思っていたリュード様との静かな生活の疑似体験を、こんなタイミングで出来るだなんて思ってもなかった。凄く穏やかで、幸せな時間だ。


「そうそう。あたしね、ずっとあなたにお礼を言いたかったのよ」

『僕にですか?』

「ええ。実は、大体の話は聞いているの。あなたがセレーナちゃんを助けてくれたのも聞いているし、支えてくれたのも知ってるの。あなたのおかげで、あたしは新しい家族と呼べる子に出会えたの。あたしの家族を助けてくれて……あたしに出会わせてくれて、本当にありがとねぇ」

『とんでもありません。それに僕も、ボニー殿にお礼を伝えたかった。セレーナとの出会いは偶然だったとはいえ、僕にとってセレーナは大切な人です。そんな彼女の面倒をずっと見てくれて、本当にありがとうございます』


 二人して何を言ってるの? ずっと虐げられてきたわたしが、そんな優しい事を言われたら……嬉しくて涙が出ちゃうよ?


「ぐすっ……二人共、ありがとうございます。わたしも二人に出会えて、凄く幸せです」

「ふふっ、なんだかちょっぴりくすぐったいわねぇ。そうだ、せっかく来たんだし、あたしの自慢の弟子の仕事っぷりを見ていかないかい?」

「え、ボニーさん!?」

『それはいい案ですね。セレーナと話した事や出かけた事はあったけど、実際に仕事をしているのは見た事がなかったから、是非見たいな』


 リュード様まで、何を言ってるの!? 確かに見せた事はなかった、見たい気持ちもわかるけど、心の準備が……。


 え、そんなものは必要ない? 必要あるよ! だって、大好きなリュード様にお仕事してるのを見られるんだよ!? 恥ずかしいに決まってるよ!


「えっと、それは……」

『……あー、セレーナが嫌なら無理にとは言わないよ。作業場は、言ってしまえば職人の聖地だもんね』

『嫌ってわけじゃ……』


 やや困ったように笑うリュード様の向こうから、ボニーさんが握り拳を作りながら、『いけっ! いけっ!』と、わたしを鼓舞するようなジェスチャーをしていた。


 こんなアクティブなボニーさん、初めて見たかも。この前のフィリップ様の件の時のカッコいいボニーさんもだけど、最近はボニーさんの新たな一面をよく見ている。


 そんなボニーさんに応援されたら……が、頑張るしかないよね! だって、わたしだって少しでもリュード様とお近づきになりたいし!


「わ、わかりました。それじゃ作業に戻りますね」

『おお、案内してくれるのかい? これは心が躍るなぁ……様々な現場は見てきたが、裁縫の仕事場は初めてだ!』


 小さくなった影響で、ややデフォルメ化したリュード様。そんな彼が目を輝かせるというのは、大変愛らしく思ってしまう。


 リュード様に頼んだら、掌サイズのリュード様ぬいぐるみを作ってくれないかな。それかリュード様型抱き枕とか……流石に気持ち悪いかなぁ。


 だって、そうでもしないと……忙しくて会えない分の寂しさやその他諸々の、リュード様への感情を抑え込めないんだもん。


『ところで、これは何をしているんだい?』

「要望に沿ったデザインや構造を決めつつ、それができるか、簡単な試作を少し作ってます。あくまで、わたしのやり方なので、もっと上手い方は、無駄なくやると思いますけどね」

『そうなんだね。僕にはよくわからないけど……大変そうなのはわかる。だから、邪魔にならないように、座って見学しているよ』


 そう言うと、リュード様は魔法で浮かび上がると、作業机の上にちょこんと座った。


 え、それズルすぎるよ。だって、あんなちょこんと座るリュード様とか、可愛いに決まってる! まるで小動物みたいで……お世話したくなるっていうか……母性をくすぐられる。


「ご、ごほん。とにかくお仕事しなきゃ。多分危険は無いと思いますけど、なにかあったら逃げてくださいね」

『ああわかった。危険な事があったら、セレーナとボニー殿を守ればいいんだね』

「聞いてないじゃないですか! もう……うふふ」

『あはは。肩の力が抜けたようだね。いつものように、自然体でやってみてほしいな』


 自然体と言われても、なかなか難しいものはある。でも、特に難しく考えずに、お裁縫を楽しんでいればいいんだよね。


 えーっと、このタキシードのデザインはこれで良いとして……布を何を使うかだなぁ。結婚パーティーの予定日は寒くなりそうだし、防寒できるものがいいよね。あ、そうだ。ウェディングドレスのスカートの部分、上手く工夫して、歩きやすいように出来ないかな。まあ転んだ方が――じゃないよ! 静かにしててよわたしの悪魔!


「ここはこうしたほうが……悪くは無いけど、なんかピンとこない……」

『ふふっ……』


 作業をしている中、机の上に座るリュード様は、終始だらしない笑顔を浮かべながら、わたしの作業風景を見ている。


 あの顔を見てると、心が癒されるんだけど……見られてるって思うと、なんだか恥ずかしい。特にリュード様には。


「集中集中……」


 作業場に置かれている大きな机に広げてある画用紙を見ながら、デザインを更に練っていく。もちろんデザインだけじゃなくて、通気性や着心地も考えなきゃいけないし、そこまでいくと布の厳選も必要だ。


『やっぱりなにかあったんだね』

「え?」

『君がそんなつらそうな顔をしている時は、なにかあった時の顔だからね。話してごらん』


 ……リュード様には何でもお見通し、か。これ以上隠せる気がしないし、素直に話そう。


「わたし、さっき酷い事を思っちゃったんです」

『酷い事?』

「口に出すのもおぞましい……わたしの中にいた、闇……とでも言いましょうか。とにかく、この品を作っていたら、ポロッと漏れてしまって……」

『君は奴らに酷い事をされてきたんだ。誰だって恨み言の一つや二つはあるものさ』

「そうなんですか……? わたしの事、嫌いになりませんか……?」

『なるもんか。僕はセレーナの絶対的な味方だ。僕が君と離れる日が来るなら、それは寿命くらいだ。だから、安心してほしい』


 小さなリュード様がわたしのところにやってくると、わたしの手をキュッと掴みながら、訴えかけるような上目遣いで見つめてきた。


 わたしったら、なにやってんだろう。今までずっと励まされてきたのに、まだウジウジして……情けない。もっと頑張って一流になって、お店を大きくして、リュード様にも一人前になったって言って、告白するんだから!


「ありがとうございます。わたし、がんばります!」

『一人で頑張らないでくれ。なにかあったら、すぐに通話石で知らせるんだ。大丈夫、世界が敵になったとしても、僕は君の味方だから』


 そう言いながら、リュード様はわたしの手の甲にそっとキスをした。


 ……え、キス? どうして? え、なんでなんで? うそっ、信じられない! 手の甲とはいえ、初めてキスされた……!



『おっと、そろそろ時間のようだ。すまないが、今日はお別れだ』

「そうですか……寂しいです。また連絡しますし、落ち着いたらまたお散歩――ごほん、デートに行きましょう!」

『そうだね、今度は遠出でもして見ようか』

「はいっ! リュード様……本当にありがとうございます」


 半分消えたリュード様を見ていたら、自分の気持ちを抑えきれなくなってしまい……気づいたら、リュード様のほっぺに唇を重ねていた。


『せ、セレーナ……?』

「今までの感謝の気持ちです。わたし、必ずこの仕事をやり遂げます。そして過去と断ち切って、リュード様と――」

『気持ちは嬉しいけど……僕は……』


 その言葉を最後に、リュード様は光の粒子となって消えていった。きっと魔力が無くなって、耐えられなかったのだろう。


 それよりも、さっきの言葉……何を言おうとしていたんだろう?


「……気にしてても仕方ない。今はお仕事に集中だ!」


 両のほっぺをパンっと叩いて気合を入れ直したわたしは、改めて依頼品の制作にあたる。


 ここでは絶対に失敗が出来ない。わたしの未来。ボニーさんの未来。リュード様の未来。全てがかかってるかもしれないんだから。


 よし、ぎゃふんと言わせるくらいの物を作ろう! そして、いつも以上に、ちょっぴり幸せで素直になる魔法をかけてあげよう! そうすれば、互いの想いが伝い合って……最高のパーティーになる!


 ……大丈夫、頑張れわたし。こんな所で折れてる時間も、腐ってる暇も無いぞ。仕事として受けたんだから、しっかりやらなきゃ。


 頑張れ、わたし――

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