第27話 想い人の応援
「……落ち着いたかい?」
「はい、なんとか……すみません、ご迷惑をおかけして……ぐすっ」
「謝る必要は無いさ」
リュード様に抱きしめられたまま、わたしは小さく鼻をすする。
はぁ……お店もある程度運営できるようになって、名前も広まってきて、ようやく半人前は卒業出来てきたと思ってたんだけど、まだまだみたい。リュード様に相応しいわたしになるのは、遠い未来だ。
「そうだ、聞くのが遅くなったが……依頼ってなんだったんだい?」
「タキシードと、ウェディングドレスの制作だそうです。近いうちに結婚式をやるからみたいで……きっと、婚約破棄をされて追放までされたわたしに作らせて、その服で幸せになって優越感に浸りたいんだと思います」
「……とことん最低な人間だな。そんな仕事は受ける必要は無い」
「いえ、依頼した人が誰であろうと、お仕事ですから、ちゃんと作ります。それに、もし逆らったら……何をするかわかりません」
「確かにそうだが……」
さっきよりも、わたしを抱きしめる腕に力が入ったリュード様。それは、フィリップ様とサンドラ様への、行き場のない怒りを表しているようだった。
「とにかくわたし、頑張ります!」
「……本当に? はっきり言って、僕は君の事が心配だ」
「大丈夫です。もうとんでもないくらい素敵なものを作って、フィリップ様とサンドラ様に驚いてもらいますから!」
わたしは顔を上げてリュード様を見つめながら、ニッコリと笑ってみせた。しかし、リュード様の不安そうな顔を変える事は出来なかった……。
****
「ふぅ……タキシードもウェディングドレスも作った事ってあまりないから、やっぱり手間取っちゃうな……他の依頼をストップして正解だった」
あれからわたしは、作業室に籠ってタキシードとウェディングドレスの制作にかかりきりになっていた。
普段の依頼は、普通の服や帽子といったものを作ってる関係上、今回のようなものは片手で数える程度しか作った事がない。一応ノウハウは勉強してあるとはいえ、手間取ってしまうのは避けられないみたい。
しかも、渡された要望書には、これでもかと言うほどの要望が書かれてあった。それこそ、こんな細かい所にまで!? って何度思ったかわからない。
これ、あの二人の事だから、わたしみたいな人間なら、ここまでワガママを言っても問題ないだろうとか思ってそう。まあ……その考え方は正解なんだけどね。
「このピンクのウェディングドレス、サンドラ様が着たら綺麗だろうな……」
わたしを虐げていたサンドラ様だけど、容姿はとても美しい方だ。だから、これを着たらきっと凄く綺麗で、周りの注目を浴びると思う。
……わたしだって、こういうのを着て、リュード様と式を挙げたい。それが出来なかったとしても、一緒に静かに暮らしたい。
でも、わたしにはそれは出来ない。リュード様はあの滝を離れられないし、お店を放り出す事もできない。だから……幸せになる二人を、指を咥えながら祝福するしかない。
『わたしが幸せになれないのに、どうしてわたしを虐げてきた二人が幸せになるのを、手伝わないといけないの?』
とても嫌な考えが脳裏に浮かんだ瞬間、わたしの作業をする手はピタリと止まった。
『わたしはこんなに頑張って、ようやく人並みの幸せを手に入れたというのに、あいつらは好き勝手やって、幸せになるなんておかしくない?』
「…………」
『本当に幸せになるべきなのは、わたしなのに。リュード様と幸せになって、あいつらは地獄に落ちれば――』
「違う、違う!!」
止めどなく溢れる嫌な考えを振り払うように、わたしは何度も首を横に振る。
わたしは一人前ではないけど、一端の職人だ。なら、個人の考えをお仕事に持ちこんじゃいけない。
『あいつらなんて、いなくなればいいのに』
「うるさいうるさいうるさい! わたしはそんな事なんて思ってない!!」
「せ、セレーナちゃん? どうかしたのかい?」
わたしの叫び声が上にまで聞こえてしまったのだろう。一階のリビングから、ボニーさんが様子を見に来てくれた。
ちなみに見ての通り、ボニーさんは無事に回復して、不自由なく生活する事が出来ている。
「ぼ、ボニーさん……なんでもないです」
「そんな顔で言われても説得力無いわよ。ほら、鏡で見てみなさい」
ボニーさんに促されて鏡を見ると、そこには髪がボサボサ、目の下にはクマがあり、顔色も何となく悪くなっているわたしの姿があった。
自分で言うのもアレだけど、凄く疲れた顔してるなわたし……これじゃ、あんな酷い事も考えちゃうわけだよ。
「そんな顔をしてたら、彼に心配されちゃうわよ?」
「そうかもしれないですけど……」
やれやれと溜息をつきながら、ボニーさんはサッと身だしなみを整えてくれた。
「最近また行けてないんでしょう? 前にも言ったけど、少しは息抜きを覚えなさいな」
「…………」
「まったくこの子は……あら?」
上の階から、コンコンと何かを叩く音が聞こえてきた。
……お客様が来たのだろうか? もしかして、フィリップ様達がまた来たなんて事は無いよね? うぅ……そうじゃありませんように……!
「あたしが出てくるから。あなたはここにいなさい」
「でも……!」
「なぁに、あんな若造に、今度は後れを取らないさ」
止める間もなく、ボニーさんは上の階へと行ってしまった。
正直、またフィリップ様達が来たのかもと思うと、怖くてたまらない。でも、わたしのせいでボニーさんにまた被害がある方が、もっと怖い。
勇気を振り絞れ、わたし。今行かないでボニーさんになにかあったら、一生後悔すると思う。頑張れ、わたし!
「……っ! あ、あの……あれ?」
「セレーナちゃん、待ってろって言ったのに来ちゃったのかい?」
「だって、ボニーさんに何かあったらって思ったら……それで、お客様は?」
「ここにいるよ」
ここにいると言われても、玄関にはボニーさんの姿しかない。わたしが疲れすぎて、お客様の姿が認識できないとか? そんな事あるわけないよね。
『やあ、セレーナ』
「……え、リュード様の声が……」
どこからともなく、わたしの大好きな人の声が聞こえてきた。でも、その姿はどこにも無い。
おかしいな、確かに声が聞こえたんだけど……まさか会いたいからって幻聴が聞こえたなんて事はないよね?
『ここだよ』
「下から声が……あ、いた!」
ボニーさんの足元に、掌サイズのリュード様が小さく手を振っていた。
『ふふ、頑張ってるセレーナを応援したくて、こうして駆け付けたんだ』
「そ、そうだったんですね」
どうしよう、嬉しくて口角が勝手に上がっちゃう。こんなサプライズ、嬉しくないわけないよ!
「やっぱりあなたがリュードさんだったんだねぇ。話はセレーナちゃんからよく聞いているよ。この前は差し入れ、ありがとねぇ」
『いえ、セレーナが喜んでくれたようで何よりです。以前お伺いした際は、すぐにお暇してしまい、申し訳ありませんでした。少々こちらに事情がありまして』
「全然気にしてないから大丈夫よ。よかったらセレーナちゃんと一緒にお茶でも飲んでくれないかしら? この子ったら、仕事に熱中しすぎて全然休まないの」
『では、その好意に甘えさせていただきます』
リュード様が答えると、ボニーさんは嬉しそうにニコニコしながら、小屋の中に入っていく。それを見送ったわたしは、リュード様を掌に乗せてあげた。
小さいリュード様、何度見ても可愛い……って駄目よわたし。頑張ってにやける顔を抑えつけて。そうじゃないと、だらしない顔をリュード様に見られちゃう。そんなの、恥ずかしすぎる。
『それで、調子はどんな感じだい?』
「え、えっと……ぼちぼちって感じです、はい」
まさか悪い事を考えていたなんて言えないわたしは、その場凌ぎをするような事しか言えなかった。だって、こんな事を言ったら……きっとリュード様に幻滅されて、嫌われてしまうだろうから。
『……君がそう言うなら、そういう事にしておこう。素人の僕が口出しするのは、よくないだろうしね』
「ごめんなさい……あまり良い話ではないので」
『大丈夫だよ。人間なんだから、いつだって聖人でいられるわけじゃないんだから』
「……あの、リュード様は何時までここにいられるんですか?」
『そうだね、残りの魔力から逆算して……二時間くらいまでは持つと思う。でも、魔力の消費がかなり厳しいから、明日以降も同じようには来れないだろう。申し訳ない』
リュード様は、わたしの掌の上で、ペコリと頭を下げた。
そんな、わざわざ来てくれたのに、時間が短いから怒るなんて事、絶対にしないと断言できる。わたしがするべき事は、他にあるもの。
「リュード様、わたしの為に本当にありがとうございます。正直、ちょっとだけ参ってたから……凄く励みになります」
『そうか、それならよかった。セレーナには、落ち込むよりも笑っててほしいからね』
「リュード様……」
「お茶の用意が出来たわよ~……って、二人してなに玄関で立ち話してるの? せっかく両想いの相手に会ったんだから、ゆっくり腰を据えて話すべきだわ」
ボニーさんのとんでもない爆弾発言のせいで、わたしは一瞬にして体全体が熱くなる感覚を覚えながら、ボニーさんに視線を移した。
「りょ、両想い!? なに言ってるんですかボニーさん! そんな事を言ったらリュード様に失礼ですよ!」
「あらそうなの? ごめんなさいねぇ」
まるで悪びれている雰囲気を出さず、クスクスと笑うボニーさんに、わたしはほっぺをパンパンにさせて不満を表す。
もう、リュード様がいるのに、なんて事を言うんだろう。わたしが好きなのは確かだけど、リュード様が同じ様に想ってくれてるなんて思えない。
……あれ、なんかリュード様の顔が少し赤いような気がする……きっとわたしの気のせいだよね?
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