第23話 実力テスト

「ここを……こうして……うん、お子さんだから風通しがいい方が、蒸れなくていいよね。それと、フードは欲しいみたいだから……うーん、ヒモで調節できるようにすれば大丈夫かな? ゴムだとちょっと危ないかもだし。他の要望は……」


 地下の仕事場に籠りながら、わたしはうんうんと唸る日々を続けていた。


 幼児用の服を作った事自体はあるけど、こんなに悩んだのは初めてだ。なにせ相手は超一流職人が二人もいる。小手先の物を作っても、一発で駄目って言われるよ。


 でも負けない。何回もくじけてきたけど、それでもやっぱりお店はわたしが守りたいし、中途半端じゃなくて一人前の女になりたいから。


「そうだ、今日の連絡――」


 いつもの癖で、これくらいの時間になると通話をしていたから、今日もしようとしてしまった。けど、今はその時間が惜しい。


「はぁ……リュード様に会って、現状の報告と、この前の発言の弁解をしなきゃな……はぁ……会いたい……あなたに触れたい……でも」


 わたしやお店の行く先を左右する時なんだから、こっちに集中しないと駄目だよね。半人前でも、わたしは職人なんだから、お仕事にちゃんと集中しなきゃ。


「セレーナちゃん、調子はどうだい?」

「あ、ボニーさん。まあまあって感じです」


 もう夜も更けてきたというのに、ボニーさんは温かいスープを持って来てくれた。おいしそうな匂いが、なんとも食欲をそそる。


「根を詰めすぎてもよくないから、これで一息お入れ」

「ありがとうございます。はぁ……暖かくておいしい」


 ボニーさんのスープを口にしたわたしは、思わず口角を上げながら、深く息を漏らした。


 いつも食べているスープのはずなのに、疲れている時に食べると凄くおいしく感じる。それに、体の芯まで染みわたるような……不思議な感覚だ。


「それと、これもお食べ」

「果物、ですか。おいしそうだけど……いつの間に買ってきたんですか?」


 ボニーさんは腰が悪いから、買い物はわたしが担当している。でも、この果物を買ってきた覚えはない。


「ついさっき、小さなお客さんが来て置いていったのさ。セレーナちゃんによろしく言っておいてほしいって言い残して、煙のように消えていってしまったよ」

「小さなお客さん……?」


 誰だろう、わたしには子供の知り合いなんていないし……あれ、ちょっと待って。この果物、わたしがあの森に行った日に、洞窟の中で食べたものと同じだ!


 あの果物を持ってきた、小さな人。そしてこのタイミングで、わたしを応援してくれる人……そんなの、一人しかいない。


「……もう、差し入れをくれるなら、直接渡してくれればいいじゃないですか。不器用なんだから……」


 きっとあの人の事だから、わたしの邪魔をしないように気遣ってくれたのだろう。そんな事をされたら……ますます好きになって、会いたくなっちゃうよ。


「よし、元気出たしもう少し頑張ろう……!」

「……うちの問題なのに、巻き込んじゃって申し訳ないねぇ……あの子達も、悪気があったわけじゃないと思うの」

「気にしないでください。あの人達が、ボニーさんやお店の事が心配で、わたしをテストしようとしてるのは、わたしもわかってますから」


 ボニーさんやお店が心配で、後釜が知らない人間であるわたしと知った上で、自分のお店を放り出すわけにもいかなくて今回の行動をしたと思うと、二人が悪人だなんて到底思えない。


 きっとこの前来た時も、凄く忙しい中で時間を作ってきたんだろう。そんな優しい二人に認めてもらう為に、もっと頑張らないと!



 ****



 レイラ様とエレノア様に会った日から少し時が経ったある日、わたしは無事に依頼された品を完成させた。


 うん、きっと大丈夫。出来る事は最大までやった……後は天に祈るだけだ。


「今日はお忙しい中、わざわざ来てくれてありがとうございます」

「いえ。こちらこそ、無理を言って作ってもらった事、感謝してます」

「アタシもママも、もっと時間がかかると思ってたから、想像以上に早くてビックリしちゃったよ」


 凛とした態度を取るレイラ様とは対照的に、エレノア様は楽しそうに笑っている。こうしてみると、まるで静かに見守るお月様と、皆を照らすお日様みたいな二人だ。


「では、今回の品についての説明をしてもらえるかしら?」

「はい。最近暖かいので、全体的に涼しくなるようにという要望でしたので、そのように作ってます。服は動きやすく、可愛らしいデザインを刺繍してます。もちろん吸汗性もばっちりですので、汗をかいてもベタベタしません。スカートは、最近の流行に合わせて作らせていただきました。それとこのフードですが、ヒモで大きさを調節できるようにしてあります」

「うんうん、こっちの要望にしっかり応えてるね~」


 手渡した服をじっくりと見ながら、エレノア様は何度も頷いていた。一方レイラ様は、とても難しい表情を浮かべている。


「確かにここまでは良い仕事です。しかし、要望に応えるのは当然の事。それに、これは幼い子が着る服……安全面も考慮されているとありがたいのですが」

「そこもぬかりありません。とても頑丈な布を選出しました。肌触りにもこだわってるので、擦れて肌が赤くなる事も無いでしょう」

「なるほど……私が言いたい事は、もう網羅している……そう言いたいわけですね」

「全てかどうかは分かりません。ですが……お客様に百二十パーセント以上満足してもらうために、一生懸命に模索はしました!」


 ボニーさんからの教えを口にしながら、わたしは胸を張って頷いてみせた。


「…………」

「ふんふん、へ~ここはこうしてるんだ……アタシならここはこうするかな……あ、ここの発想は面白い!」

「あの、エレノア様だったらここはどうしてましたか?」

「この刺繍の所? アタシならこんな感じにするかな」


 エレノア様は、自分の荷物から布を取り出すと、その布に手早く刺繍を施した。それはとても綺麗だったんだけど、それ以上に驚いたのが、刺繍のスピードだった。


 わたしも刺繍を入れるのは得意な方だけど、今のを見て確信した。エレノア様の足元にも及ばないと。


 娘のエレノア様がこの実力なら、レイラ様はいったいどれほどの実力があるの……!?


「この服、魔力を感じるわね。何か防御魔法でもかけたのかしら?」

「いえ……わたしが使える唯一の魔法を、お作りした商品にかけてるんです」

「あ、それって!」

「はい。着た人が、ちょっぴり幸せで、素直になる魔法です。折角依頼品が届いたんですから、それを少しでも幸せに受け取ってほしいなって思って。今回では、お子さんが幸せな気持ちになったら、きっと親御様が喜ぶと思いました。もちろんこれは、わたし個人の特別サービスになってるだけなので、お店に迷惑はかけてない……つもりです」


 話してて、ちょっと自信が無くなってきたわたしは、その場で顔を俯かせてしまった。そんなわたしに、レイラ様はゆっくりと話し始める。


「……この仕事だけど、はっきり言って技術はまだまだね。直そうと思えば、まだまだ直せる。でも……」

「お仕事を頑張るんだ! お仕事が楽しい! お客様に喜んでもらいたい! ていう、セレーナちゃんの気持ちが伝わる一品だったよ!」

「ちょっとエレノア? 先に言わないでもらえる?」

「え……?」


 自分ではよくわからない。確かに今言われた通りの事は想って作ったけど、見た目はただの幼児用の服だ。なのに、そんな事がわかるものなんだろうか?


「総評としては、まだ半人前ね。基本は出来ているけど、まだ応用にまで持っていけてない。ここは練習あるのみよ。あと、今回の件で思ったけど、客とのやり取りが苦手そうね。そんな状態で客商売をするなんて、身の丈にあってないわ」

「うっ……」

「……でもね。ほんの少し不出来でも、話すのが苦手でも、あなたの作ったものから感じた、強い想いがあれば大丈夫」


 ずいっと前に乗り出して二人に聞くと、二人はニッコリと笑ってこう言った――


 ――合格、と。

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