第2話 謎の釣り人との邂逅
自殺の名所だなんて……そんなの信じられない。だって、迫力があるとはいえ,こんな綺麗な滝なのに……。
「あの、ここはどこなんですか?」
「ここは東と西にある大国の境にある、広大な森の中にある滝だよ」
国境沿いって事……? わたしがいたのは東の国のお城だから、随分と遠い所に連れて来られたんだ。国外追放と言ってたんだから、当たり前かもしれないけど。
「ここに来る時に、声が聞こえなかったかい?」
「聞こえました。子供の声とか、男の人の声とか……たくさん」
「それは、ここで死んだ人達が亡霊となり、現世に縛られているからだ。今では仲間を増やそうとしているんだ」
亡霊と聞いて、思わず驚いてしまったけど、それよりもわたしはショックの方が大きかった。
助けてくれると思ってたのに、あの声はわたしを騙して殺すつもりだったんだ……。
「それで、君はどうして死にに来た――って、傷だらけじゃないか! これは酷い……一日二日で出来るものじゃない……」
「あ、あの……」
「じっとしてて! これでも回復魔法には少し自信があるんだ」
出会ったばかりの彼は、自分の両手を優しい光で包み込んでから、パチンと指を鳴らした。すると、その光がわたしの体を包み込む。
光はすぐに収まり……さっきまであった怪我が、きれいさっぱり無くなっていた。
「あ……ああ……体が痛くないなんて、いつぶりだろう。この度は助けていただき、誠にありがとうございました。あの、お名前は……?」
「僕はリュード。ここで釣りをしている、ただの暇人さ」
「リュード様ですね。わたしはセレーナです」
「セレーナか、良い名前だ。いつもこんな所で釣りをしてるんだけど、中々釣れなくてね。今日ようやく麗しいレディが釣れたよ」
「え?」
「なーんて、どう? 少しは緊張感取れた?」
おどけたような態度を取りながら、ニヘラと表情を緩めた。
とりあえず、敵意はないみたいだけど……それよりも、こんな絶好の自殺ポイントを見つけたんだから、ここで死ぬのが一番だ。
「ありがとうございます。少し楽になりました」
「それはよか――え、なにしてるんだい?」
「飛び降りて死ぬんです、もう生きてるのが嫌なので」
その場で立ち上がると、新しい仲間になるわたしを迎えるように、地面から赤黒い物体……としか表現できないモノが出てきた。
『ハヤクオイデヨ』
『モウマテ ナ イ』
『モットナカマヲ、モット!』
「はいはい、そこまでそこまで」
変な物体に怯えていると、リュード様はチョンッと触るだけで、全部どこかに行ってしまった。
今のは何? この世のものとは思えないような、低くて怖い声だった。
「あれがね……この地で死んだ亡霊。ここって昔から不思議な魔力があってね。心が弱った人を引き付けて、そのまま落として……仲間にする。これはさっきも言った事だね。あはは」
「仲間になると……どうなるんですか?」
「一緒に永遠に苦しむ事になる。ただ、今の生き地獄からは解放されるよ」
「…………」
今の地獄からの開放と、死んで亡霊として苦しみ続ける……? 死ぬなら、普通に死んでそれで終わりが良いんだけど……。
でも、生きててもつらいだけなのも確か……。
「そうだ、折角会えたのも何か縁。君の事を話してくれないか?」
「わたしの……事?」
「そう」
「そんな、つまらない話ばかりです」
「僕が面白いとかつまらないとか、そういうのは重要じゃないんだ。二人きりなら、腹の奥に押し込めた言葉や感情を、外に出してあげられるんじゃないか? そうすれば、少しは楽になって、死ぬ気も無くなるかもしれない」
釣竿を滝つぼに投げ入れながら、リュード様はニコリと笑った。
……こんな笑顔を向けられたのなんて、いつ以来だろう。もう記憶のどこにも存在しない。そもそも元から存在しない記憶なのかもしれないけど。
「わたし、東の国から来て……たった今、住んでたお城を追い出されたんです。それだけじゃなくて……婚約者だった人に、婚約を一方的に破棄されて……冤罪までかけられて……」
「それは随分と酷い事をするものだね。さっきの傷は、その時に出来たものなのかい?」
「いえ……日常的に虐待されてたんです。婚約者や、その相手の女性……お城の兵士やメイド……毎日生傷が絶えませんでした」
思い出しただけでも、つらくて体が震える。吐き気もするし、頭痛までしてきた。あの時の恐怖と痛みが、体の芯まで染みついているみたい。
「もう……疲れました。生きていたくないんです。どうせ生きていても、良い事なんてないんですから」
「それは、本当にそうなのかな?」
「え……?」
つい先程まで、とても可愛らしい笑顔だったリュード様は、一転して真剣そのものな顔で、わたしを見つめてきた。
「未来なんて、誰にもわからない。いや、未来は無数に広がっていて、当事者の選択次第で良くも悪くもなる。君だって、とても幸せになる未来があるかもしれない」
「そんなの……今まで一回も幸せになった事なんて無いのに?」
「今までとこれからは、全くの別物さ。だから、もう少しだけ生きてみないか?」
「…………」
生きていても……良い事なんてあるのだろうか? 両親に売り飛ばされ、フィリップ様達に虐めぬかれて……散々酷い事をされたわたしに……?
「とにかく、今の君に必要なのは休息だ。そこの道を真っ直ぐ行った所に、小さな洞窟がある。そこなら多少は寒さや風を凌げるだろう。洞窟の近くには食べられる木の実も生ってるから、遠慮なく食べていいよ」
「…………」
「本当は僕が一緒に行ってあげたいし、釣った魚をご馳走してあげたいけど、僕はここを離れられない。それに、生憎のボウズでね。あはは」
自嘲気味に笑うリュード様を見ていたら、なんだか今日は死ぬ勇気が無くなってしまった。
仕方なく、わたしは言われた通りの道を進んでいくと、確かに洞窟があった。
『無事についたみたいだね』
「え、リュード様……? ど、どこから声が……」
『ふふ、きっと驚いているだろう。実は魔法で僕の声を飛ばしていてね。そこの洞窟なら、ギリギリ射程圏内なんだ。声を飛ばしてるだけだから、そっちの声は聞こえない。あと、お粗末で申し訳ないけど、中に寝具も用意したから、ぜひ使ってほしい。それじゃ、おやすみ』
それ以上は、リュード様の声は聞こえなくなってしまった。さっきからずっと静かだったのに、ほんの少し聞こえていた声が無くなるだけで、とても寂しく感じられる。
……今日は言われた通り休んで、明日朝一で飛び降りよう。早い時間なら、きっとリュード様もいないだろう。
「……これかな」
洞窟の近くにあった木の実を三つほど頂戴してから、洞窟の中に入ると、そこには藁で出来たベッドが置かれていた。
す、すごい……お城でも藁のベッドで寝かされていたけど……もっと少なくて、ほとんど床に寝てるのと変わらなかった。ここには、それの何十倍もの、たくさんの藁を用意されてる。夢みたい。
「わぁ、フカフカだ……それに、不思議と暖かい……!」
こんな暖かい寝床に、ほとんど水じゃないご飯だなんて、なんて最高の贅沢だろう。これが最後の晩餐でも、なんの文句もない。
「もぐもぐ……こ、この世界にこんな甘くておいしい食べ物があるなんて……!」
暖かい寝床に美味しいごはんを貰えるなんて、最後の最後に良い事があった。
これで――明日は気兼ねなく人生の幕を降ろせそうだ。
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