極東の魔王(挿絵あり)

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※やさぐれ様ご提供イラスト(少年は魔王と出会う)


―――――――やがて月日は経ち、剣闘士となった黒髪少女は毎日、毎日、闘技場に立ち、人を殺し続けた。何人殺したのか、それすらもうわからない。


 たくさんの人間が血に染められた闘技場で尊い命を落としたが死んだ数だけ新たな奴隷が補充される。




★★★★★★





「ヨハンネ! 早く、早く」


 茶髪癖のある髪をした少年を貴族風の少年が狭い路地を駆け抜けていた。茶髪の少年は腕を掴まれており無理矢理走らされていた。


「ちょっ、ちょっと待ってダマス。そんなに引っ張ると痛いよ。何だよ急に! あっ靴が――」


 脱げた靴を拾い上げると再び、手を引っ張る。


「そんなのいいから。急ぐぞ!」


 靴を履くこともなく、手に持ったままに走り続けた。


 そして、少年らは目的地へと着く。


 茶色の髪の少年が息を切らせながらが尋ねた。


「な、何なんだよ……ここ、闘技場じゃん……」


 急いで、連れてこられたので、期待していた茶色の髪の少年だったが、期待外れだった。彼からしたら毎日、街の風景として見ている場所だったからだ。


「実はさ。昨日、初めて父上と一緒に闘技を観に行ったんだけど、めちゃくちゃな女剣闘士がいたんだ」

「ふーん」

「なんつったって、オーガをバッサリと真っ二つにしたんだだ」


 手を振って身体で表現する。興奮した様子で話を続ける。


「あれはもぉー化け物だよ」

「それ本当?」


 オーガとは人型の巨大な体を持ち、大量の体毛に覆われた魔物の一種である。人を握り潰すほどの怪力を持ち、強靭な肉体に太刀打ちできる者はそうはいない。


 それを知っていたため本当のことかと怪訝してしまう。


 ダマスは目を輝かせながら言った。


「本当だって。お前にも見せてやるよ」


 そう言うとダマスは闘技場に入ろうとした。


 しかし、闘技場の入口を守る番兵らが立ち塞がり、止められる。


 止められるのも当たり前だ。闘技場では行われることはかなり残虐であり、大人たちですら、嗚咽してしまうほど、グロいことも行われる。


 前々回の闘技では男剣闘士が野獣に頭から噛み砕かれ、そのまま食べられてしまった。そんな光景をまだ年端もいかない少年らが一部始終観るのはまだ早い。


「立ち去れ!」


 強い口調で番兵が言う。


 番兵が槍で入口を塞ぎ、高圧的な態度で門前払いしてきた。


 それにダンスが腕組をして胸を張る。


 なんだ、このガキは、と番兵らは見下ろす。


「へーいいのかい? 俺はダマス・サルサットだぞ?」


 その名前を聞いた瞬間、番兵らがビクつく。


「な、ナデル卿のご子息様!?」

「こ、これは申し訳ございませんでしたッ!!!!」


 番兵らが顔を真っ青にしてダマスに頭を下げた。


 ダマスの父親はナデル・サルサット。この闘技場を運営するオーナーであり、プルクテスの貴族。爵位は公爵である。プ


 ルクテスの大貴族の長男に無礼をしたとあると、すぐさま首をはねられてもおかしくない。


「全く。無礼にもほどがある。ヨハンネ! 行こう」

「うん!」


 彼ら二人は石で出来た階段を駆け上がる。すると石畳みの通路出口付近に向かうにつれて徐々に歓声の声が聞こえて来た。


 出口を出た瞬間、円形型をした闘技場が視界に広がる。


 歓声が湧き上がった。


「す、すごい! 闘技場の中ってこんな感じなんだ」


 数十万人の観客が収容出来る広さはあるだろうか。段々状になった観覧席には熱狂により汗ばんだ人々で溢れかえっていた。


 建物の壮大さなスケールにいつもは風景として見ていた場所がこんなに素晴らしいものかと心を奪われた。


 ヨハンネは建物の雄大な景観に感動する。


「おーい! ヨハンネ。こっちこっち!」


 ダマスがヨハンネを手招きする。


 闘技場の一番観やすい場所、最前列にヨハンネの席が用意されていた。


 そこに足早に向かう。


 ダマスがいた場所には豪華な衣装を身にまとった男女が席についていて、それぞれの卓上には葡萄酒や果物が添えられており、給仕らが絶え間なく、料理を運んできていた。


 ヨハンネもそれなりの財力のある親の子ではあるが、貴族ではなかった。服装にも差がついている。大きな宝石つきの指輪、金の首飾り、耳飾りなど、その者の財力を示すかのようだった。

 

「ダマス……僕、商人の子なんだけど……? 場違いじゃない?」


 不安な顔をしたヨハンネはダマスにそう話しかけたが、彼は聞いていなかった。


「おっ! まだ始まって無かったぜ。ちなみに、ここは親父に特等席を用意してもらったんだ。凄いだろ?」

「う、うん。 これなら全体が見渡せるね……ある意味で、居心地悪いけど」


 そして、闘技が遂に始まった。


「―――――紳士淑女の皆様! 大変お待たせしました―――――――っ!」


 観衆が静まり返り、話しを聞き漏らさないようにしている。


「え――本日の剣闘士は三年前に突如と現れた極東のジパルグ民族の女。現在まで、なんと連戦連勝っ! そんな冷血で、無慈悲で、残虐な彼女に付いた称号は“極東の魔王!”」


 極東の魔王、その言葉にヨハンネは目を細めた。


「―――――ではでは皆さん。お待ち兼ね、極東の魔王のご登場です!!!」


 その声と同時に鉄格子が動く音がし“彼女”が暗闇の中から現れる。姿が見えた瞬間、闘技場が一斉に沸き立った。


「おぉ――――――っ!!!」

「なんて可愛いんだ」

「今日もバッサリとやっちまえ!」


 ヨハンネも驚いていた。


「あの人、軽装!?」


 一発でも攻撃をくらってしまえば、深手を負うのは間違いない。


「……それになんて言うかか弱いように見える」


 彼が想像してたアマゾネスのような屈強な女戦士とは違っていた。ここから観ても身体が細過ぎる。どう見ても剣闘士には見えなかった。


 彼が驚いているのをよそに、闘技の準備が進む。


「――――本日の相手はなんと暗黒の大地で捕獲された暴食のキメラッ!! さぁ皆様。怖がらないで下さいよ。気絶しないで下さいよ?」


 司会の男がわざと間をあける。そして――


「では、開門ですっ!」


 すると一段に大きい鉄門が勢い良く内側に開いた。建物の奥から重々しい足音が聞こえる。


「グォオオオオ――――――っ!!!」


 鼓膜が痛くなるほどの咆哮と異形の身体をしたキメラが悠々と登場した。吼えたキメラの声は闘技場が円状になっているせいで地響きがし観客らの体を揺らす。キメラとは頭が獅子、背中に羊、尻尾が蛇になっている魔獣である。


「あんなの、どうやって捕まえたんだ!?」

「すげー! 本物だぁ」


 観客席はさらに沸き立つ。ヨハンネは女剣闘士が心配になった。女の人だから怯えているんだろうと思った。しかし、彼女は違った。剣を鞘から抜いて、闘う気満々。


「嘘でしょ!? 何で? 怖くないの?!」

「馬鹿だな。ジパルグ民族は戦闘民族なんだ。恐るというような感情なんて存在しないよ」


 キメラが獲物を捕らえるかのように身体を低くする。彼女はそれを見ても動じない。キメラがよだれを垂らしながら駆け出す。それは徐々に、速度をあげ、目では追いつけないほどの速さで、女剣闘士に体当たりしようとした。


「剣闘士さん! 逃げてっ!」


 ヨハンネが身を乗り出して言った。しかし、ヨハンネの声は歓声の声でかき消される。だが、驚く事に彼女は一つだけ違う呼びかけをしたヨハンネの声に反応し、顔を向けたのである。その瞬間にキメラが頭突きをする形で石壁まで走り込んだ。


 石壁でズドンと衝撃の凄まじさを物語る異音をあげ、砂埃が舞いあげた。


 黒髪の少女がどうなったのか確認できない。普通に考えて、あの猛然の勢いで石壁にぶち当たれば、挟まれた彼女の身体は骨は粉砕され内臓が破裂し即死しているだろう。

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