残酷な世界に少女は生きる
――――――今日の蒼天の空。雲一つない気持ちのいい暖かさだった。
しかし、不愉快にも黒い鳥たちが空を覆ってしまった。
黒髪の少女が空を見上げ、目を細める。
(―――――黒い鳥……カラスか…。)
死体をむさぼる為に集まったカラスたちは綺麗だった空を黒くする。黒髪の少女の頭上をあざ笑うかのようにぐるぐると円を描くように飛び続け、彼女が死ぬのを待っているかのようだった。
闘技場から大きな歓声が湧き上がる。
「――――――さぁぁあああ!! 紳士淑女の皆様!! ようこそ、サルサット闘技場へ!! 今日、ここに訪れた方々はラッキーです!! なぜなら、いつもの闘技とは一味違った人気剣闘士による殺し合いだからです!! 右手にいるのは東部少数民族の戦士カルハヤ。そして左には突如として現れ、幾度もの死闘を戦い抜いた新星の黒髪少女だぁ!!」
「「「おぉぉぉおおおお―――――――ッ!!!」」」
闘技場が一斉に沸き立つ。
「皆さん。どちらが死にどちらが生き残るのか。瞬きは厳禁ですよぉおお? ――――――ではでは闘技開始ですッ!!!」
その司会者の声とともに銅鑼が一回鳴らされた。
さきほどまで、騒がしかった闘技場は銅鑼の音と共に一瞬にして静まり返る。面白いほどに静かだった。誰もがこの闘技がどうなるのかを固唾を飲み、真剣に観ようとしているのである。
司会者に紹介された右手側にいる長身褐色肌のカルハヤは黒髪少女を見下ろすと不適な笑みを浮かべた。自分よりもはるかに背が低い少女をみて、自分の方が優位だと思ったのだろう。
「フフフ……。貴様、私、殺せない。貴様は、ここで終わり。これからは私が、有名、闘技場の覇者、となる」
カルハヤはギリギリ聞き取れるような片言で話しかけた。かなり自身満々な様子だった。そう言われると確かに彼女には勝てる雰囲気ではなかった。
カルハヤは一般的な剣闘士が装備する鉄の板を組み合わせた軽装の鎧に右手には鉄製の巨大な両刃の斧に対して、彼女が持つ武器は短剣一本と防具はなんと無しである。奴隷が着ていそうな防御力のない麻の服だけである。
誰から見ても勝てるとは思えない。一瞬にして、胴体を真っ二つにされるだろう。
「………」
圧倒的不利な立場である黒髪少女は見下してくるカルハヤに対して、何も言わず、無表情のままで立ち尽くしていた。
三つ数えるほどの時間が空いたあと、カルハヤがゆっくりと右側に歩き始め、それを追うようにして、黒髪少女は右側へ歩き出す。お互いが背中を追うように睨み合いながら闘技場をグルりと歩き始める。空にはカラス、地上は剣闘士が円を描く。ある程度歩いたあと、歩みを止めたカルハヤが仕掛けてきた。
「やぁあああああああ――――――――――ッ!!」
踏み込み、距離を一気に縮めると両刃の斧を軽々と左右に振り回す。それを黒髪の少女は慣れたように身体を傾けて避けていく。
猛攻撃に避けることに専念していた黒髪少女だったが、くぼんだ地面に足を取らて、一瞬、動きを止めてしまう。それを見逃さなかったカルハヤは足を斬り落とそうと振り下ろす。刃先が黒髪少女の太ももに掠めると肌に一筋の線が走ったと思うと血がにじみでてきた。痛みに黒髪少女がふらつく。
カルハヤは笑みを浮かべる。
ふらついた黒髪の頭上から鉄斧振り下ろす。しかし、寸前のところで、後ろに仰け反り避けたが今度は鼻筋を掠めた。地面に鉄の斧の刃がめり込んだ。それに闘技場から悲鳴が上がる。
緊迫した空気が流れる。常連の観客たちは疑問していた。黒髪少女のいつもとは違う動きに焦り始めていたのである。
どうして、応戦しない? なぜ、戦わない? 何かあったのか? 闘えない理由でもあるのか? と観客らが各々、思考を巡らせる中、カルハヤはお構いなしに追い詰める。
「次、こそ、足、落とす!」
余裕の表情でじりじりと距離を詰めた。黒髪の少女は深呼吸をしたあと短剣を逆手に持ち替え身構える。
カルハヤは追い込んだと思っていたがそれは勘違いだったとは思ってもみなかっただろう。
いきなり、先ほどまで鈍い動きから目にも止まらない速さで、あらゆる方向から斬撃を繰り出してきた。カルハヤは不意を突かれた形となり、やっとの思いで両刃斧で防ぐだけだった。少しでも気を抜けば急所をえぐられそうだった。
「お、お前、うざい。さっさと、死ぬっ!」
火花が散る。金属音が鳴り響く中で、斬撃を受け流しながら押し返す機会を窺っていた。
「……私は命じられたシナリオ通りにしているだけ」
それにカルハヤはなにを言っているのか理解できなかった。
実は裏側では闘技協会からあっさり勝つのは観客からしたら面白くないから肝が冷えるような緊迫した空気を流せて、喜ばせる為に一度、やられかけろ、と言われていたのである。
だから、わざとやられかけたのである。
黒髪の少女は両刃斧に向かって刃のない側面部分に蹴りを入れる。力強い蹴り技に砂埃が舞った。何かが割れるような音がしたと思うとカルハヤの持っていた両刃斧が砕け散ったのである。
「な??! お前、さっきまでの、芝居か!」
ようやく黒髪少女が言った言葉を理解したときには黒髪の少女に鎧のつなぎ目部分に短剣が刺されていた。
刺された部分から痛みがじわじわとこみ上げてきて、何かが流れ出ているのがわかった。
「くっ……」
地面に真っ赤な血があふれ出し、血に染めていく。身体から力が抜けていき、立つこともできない。カルハヤは悔しげに崩れ落ちゆっくりと横に倒れ込んだ。
しかし、まだ息はある。痛みでうずくまっていた。そこに彼女は見下ろした。血が流れ出て、彼女の足元が赤く染まる。
「つぅ」
見下ろしてくる黒髪に視線を送る。太陽の日差しが眩しく、そして、見下ろす黒髪は無表情だ。人を殺すのになれている。カルハヤは力の差を察した。
「うぅ……負けた。……完敗、だ。……殺せ。これ、闘技の務め……」
黒髪少女は無愛想な顔で横に振ってそれを否定した。同情でもしたのか。それがよけいな気遣いだとカルハヤは怒り歯を噛み締め唸る。だがもう声も出せないでいた。
「……私の役目は終わった。今日はこのままにしろと言われている」
黒髪少女はそうカルハヤに告げると剣を鞘に納め闘技場から出るための鉄門から帰っていった。
一瞬の終焉に観客たちは呆気に取られてしまっていた。こんな逆転があるのか、そう思う。
観客は残念そうな雰囲気で、自分の席にゆっくりと座りはじめ、次の闘技を待つ。
カルハヤは野ざらしとなる。誰も助けようとしない。
カルハヤは空を見つめた。彼女の瞼からは赤い涙が流れる。
消えていく力を振り絞り、かすれた声で空に向かって言う。
「――――――アレカラス、ベィルガ、ライストン……」
彼女が口にしたのはカルハヤの母国語だった。
言い直すとこうなる。
「“美しき、ソラに、私はなりたかった”」
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