第17話 巨乳暗殺者と、お猿さん。

~宇志川シャーロット視点~



 わたくしの前に現れた、虚戯うつろぎという謎のクラスメイト。


 言うことすこと全てが怪しさ満点の男ですが……ひとまずは彼にも事情があった、ということだけは分かりましたわ。



「わたくしは莉子様に従いはしますが、貴方のために動くことは決してしませんわ」


 ――同情は致しましょう。ですがそれらは全て、わたくしには全く関係のないこと。いくら不思議な力で言いなりになろうとも、生理的に無理なものは無理ですわ。


 だからある程度の理解を示したうえで、わたくしはキッパリと拒絶することを告げた。



「あぁ、今のところはそれでいいよ。少なくとも俺たちは、宇志川と敵対するつもりがないって伝われば」


 ふん、生意気なお猿さんのくせに、いっちょ前に引き際をわきまえてますのね。


 ですがわたくしは警戒を緩めるとは一言も申しておりませんし、どちらかといえば敵寄りなのは変わりないんですけれども。



「(まぁ、わたくしを見る“目”だけは、評価して差し上げてもよろしいですわ)」


 わたくしはハーフという出自のせいで、幼い頃から奇異の目で見られてきた。


特に男子から向けられる、好意と珍しさの混じったイヤらしい視線は嫌だった。ただでさえ父のことが苦手だったわたくしは、そのせいで男性不振が加速していった。



 それに反比例するかのように、わたくしはいつしか可愛い女の子が大好きになっていた。だって同じ境遇を過ごした子なら、多少なりともわたくしの気持ちを理解してくれるでしょう?


 だからでしょうか。初めて莉子様に話しかけられた時、どうしようもなく心が惹かれたのは。


 莉子様は可愛くて優しくて、そして――強い。


 身のこなし、筋肉、視線の動かし方。どれをとっても一般人のそれじゃない。おそらくはわたくしと同じ、暗殺稼業の家に生まれた者でしょう。



「(同業者の女性と会うのは初めてでしたわ。それも同じ学校で、隣のクラスだなんて。ふふふっ。これはもう、運命に違いありませんわね)」


 莉子様なら、絶対にわたくしの苦悩を理解してくださる。わたくしが抱えてきた孤独、痛みや苦しみ。そしてこんな自分を生んだ憎しみさえも。だからこそ、この虚戯という男の呪縛から解放して差し上げたい。


 でもそのためにはまず、わたくしに対する警戒を解かなくては――。



「ねぇ莉子様。わたくし、莉子様のお役に立ちたいですわ。是非、このわたくしめをお傍に置いてくださいませ」


「えっと……それはどういうことにゃ? 友達になってほしいってことかにゃ?」


「えぇ、そうご理解いただければ結構ですわ」


「うぅん、拙はどうすればいいのにゃ? タカヒロ殿暗殺の情報が欲しいだけにゃんだけど……」


 莉子様は助けを求めるようにお猿さんの方を見上げた。



「俺は別に情報さえ手に入れば、莉子経由でも構わないぞ。こちらに危害さえ加えなければ」


「あら、か弱い乙女に対して随分な言い草ですわね。わたくしのどこが危険なんですの?」


「全部だよ! お前みたいな危ないゴリラを野放しにしてたら、いつ寝首掻かれるかわかったもんじゃないわ!」


 わたくしの全身を舐め回すように見つめながら、失礼なことを言い出すお猿さん。


 あぁ、なんということでしょう。せっかくわたくしの魅力を分かってくれたと思ったらこれですわ。きっとこの男は、今まで女性と付き合った経験がないんでしょうね。


 仕方がないので、ここはわたくしが大人の余裕というものを見せてあげましょう。



「あらあら、顔を真っ赤にしちゃって、お猿さんはビビリなんですのね。もしかしてお尻も真っ赤なのかしら?」

「なにぃ!?」

「もう、二人とも言い争いはやめるのにゃ!」


 むぅ、莉子様がそういうのなら仕方がありませんわね。ここはわたくしが大人しく引きましょう。


 彼女に嫌われてしまっては元も子もないですからね。



「ですが、わたくしも暗殺者の端くれ。何の対価もなく情報を差し上げることは不可能ですわ」

「おい、お前――」

「御主人様、ちょっと待つのにゃ。そのことに関しては拙も同意見にゃ。この業界の流儀ってやつなのにゃ」


 さすが莉子様。わたくしのことをよく理解してくれていますわ。やはりわたくしたちは運命で結ばれているのですわね。


 莉子様に言われてはお猿さんも何も言えないようで、不機嫌そうに黙り込んでしまいました。


 さぁ、ここからが交渉の始まりですわ。わたくしは莉子様をじっと見据えた。


 彼女は少し困ったような表情を浮かべながらも、こちらの条件を静かに待っているご様子。



「そうですわね。この件は非常に危険、ということは貴方たちもすでに理解してますでしょう?」


 わたくしが真面目な表情でそう言うと、二人は同時にコクンと頷いた。



「わたくしが知る限り、背後には非常に危険な人物、ないし団体が関わっておりますの。話したり聞いたりするだけで、命にかかわりますわ」


「相手はそれほどの大物なのかにゃ……」


「えぇ。ですので、情報を渡すにはそれなりの保障が必要ですの。あぁ、ちなみにわたくしはタカヒロという男子生徒を手に掛けてはいませんよ。これだけは誓って本当ですわ。信じていただけるかどうかは分かりかねますけれど」


 特別サービスでそのことだけは先んじて教えてあげましょう。


 すると莉子様はしばし思案顔で考え込んだ後、小さく溜息をついた。でもすぐに、莉子様はいつもの可愛らしい笑顔を見せてくれた。


「御主人様、ロティの言っていることは本当にゃ。拙たちを殺すつもりなら、もっと早い段階で殺せてるにゃ。それに彼女は嘘を吐いてないにゃ」


 うふふふ、莉子様はお優しいですわ。嬉しさで口元が緩みそうになるのを我慢しながら、彼女たちの回答を待つ。



「分かった。――だが、宇志川の言う対価ってなんだ? 金ならあまり持っていないんだが」

「ご心配には及びませんわ。わたくし、別にお金には困っておりませんもの。欲しいのはまったく別の物ですわ」

「な、なんにゃ。どうして拙の方を見てるのにゃ!?」


 わたくしは莉子様を安心させるべく、わたくしは優しく微笑みかけた。



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