VR体験

秋山 拾

VR体験

 やった。妻と。VR体験。

 新婚ほやほや。恋人の延長線上。ラブラブVR体験デートである。

 ロボットを操縦したり、ホラーゲームやったり、シューティングしたり、3D酔いするかと思ったが、意外と平気で、むしろあまりのリアルさに驚いた。

 そのあとディナーを楽しんで、手を繋いで帰路についている。


「あのね、るーくん。私ね、妊娠したんだよ」

「え」


 妻が握る手の力が強くなった。

「私がママになって、るーくんはパパになるんだよ」

「え、あ、ごめん、びっくりして、なんか、ごめん」

「ううん、びっくりするのは仕方ないよ」

「えっと、嬉しいよ」

 僕は妻を抱きしめた。

「妊娠は早い方がいいって言うし、早くできて良かった」

「そうだね」


 でも正直、早すぎだなと思った。ま、言わないけど。







「あれ?今日仕事休みだったっけ?」

「ううん、ちょっとつわりが酷くて」

 仕事から帰ると、妻はベッドにうずくまっていた。

 はぁ、いいな、俺が頑張って働いてる時、妻は仕事を休んで一日中寝ていたわけだ。

 部屋を見渡すと、洗濯物は取り込んですらいないし、晩御飯もできていない。

「まぁ、一日くらいはいいけどさ、ちゃんとやりなよ、これから母親になるんだから」

「え、だからつわりで…」

「母親になったら体調不良で〜って言ってられないだろ?しっかりしなよ」

「…」

 妻は身体を捩り、僕に背を向け布団を頭までかぶった。なんか拗ねちゃった。女ってこういう面倒くさいとこあるよな。ま、洗濯物取り込んで、カップラーメンでも食べるか。








「両親教室ぅ?」

「うん、赤ちゃんを迎えるための講習だよ、自治体で定期的にやってるの。一緒に行こう、るーくん」

「土曜日か…」

 面倒臭いな…せっかくの休みなのに。まぁ参加してやるか、この前のつわりの時から、なんか機嫌悪いこと多くなったし、ご機嫌取りだと思って行ってやるか。


 永遠と流れるつまらない動画。あくびを噛み殺した。赤ちゃんが泣く理由とか、今更だろ、オムツかおっぱいか、そんなもん聞かなくてもわかってるし、分からないことはネットで調べりゃすぐ出てくるのに。はぁ退屈、スマホ触りたい。

 妊婦体験、お腹と胸部分に重りのついたベストを着せられた。面倒臭い。妊婦の気持ちになってどうすんの?実際僕が妊婦になるわけじゃないのに。

「るーくん真面目にやってよ!お腹に赤ちゃんいるんだよ!そんなドタドタ歩いて、赤ちゃんに何かあったらどうするの!」

「はいはい、妊婦様は大変ですね」

「何よその言い方」

「気に障った?ごめん」

 早く帰りたい。

 最後は沐浴体験。

「るーくんやりなよ」

「えー実際やるのそっちじゃん」

「るーくんもやるんだよ!私は産院で看護師さん付き添いで出来るから、るーくんがやっておくの!」

「はいはいわかったよ」

 布かけて、顔洗って、頭洗って?

「ちゃんと首支えないと、首座ってないんだから」

「はいはい」

 うるさいな、もう。

 体洗って…水気切って。

「ちょっと!なんで赤ちゃん振るのよ!」

「あ、水切りしようと思ってつい」

「本物の赤ちゃんだと思ってっていってるでしょ!本物の赤ちゃんでやったら大怪我するよ!最悪死んじゃうんだから!」

 大袈裟だな、人形相手に真剣になれるわけないじゃん。

 あーほんと、面倒くさい。









「先輩、どうしたんですか?」

 会社で、後輩の女の子が話しかけてくる。

「もうすぐ子供が生まれるだけど、妻がうるさくてさ、あーしろこーしろって、俺もガキじゃないんだから言われなくてもわかるって。ここんとこ毎週末、赤ちゃん迎えるために買い物行ってるんだけど、時間かかるんだよ、ベビーカー一つで何十分もさ…。粉ミルクですら迷ってて。粉ミルクなんていらないだろ?おっぱいがあれば、女の人ってあぁいう無駄な買い物多くて、ほんと嫌になるよ」

 あ、ごめん、と僕は口を覆った。

「いいんですよ、だいぶお疲れですね」

「そうなんだよ、妻もなんか、毎日ピリピリしてるし、なーんか性格変わっちゃってさ…昔は穏やかだったのに」

「母親になると変わるって言いますもんね」

 後輩が、俺の膝に手を置いた。

「私は、妻でもママでもないので、優しくて可愛い女の子のままですよ、先輩」

 うん、前から可愛いと思ってた。まさか僕に興味あるなんて…。

「今日は飲んで帰ろうか」

「いいんですか?奥さん妊娠中なのに」

「もう臨月でさ、家でダラダラしてるだけだし。むしろ俺の飯作らなくて良くなったんだから、楽させてあげてるからいいんだよ」

「やった!」

 後輩は喜んだ。



 後輩と飲んで、酔って、ラブホに行って、セックスして、夜明けに家に着いた。

 セックスしたの、いつぶりだっけ?4ヶ月ぶりくらい?妊娠中でもセックス出来るって、ネットで調べて妻に頼んだら、すごく渋々だった。やっぱりお互い気持ちのいいセックスがいいよな。妻がやりたくないなら、僕がこうやって外ですればいい。発散できたら妻に優しく出来るし、いいとこ取りだ。


 浮き足立ちながら帰宅する。

「おかえりなさい、るーくん」


 妻が、赤ちゃんを抱っこしながら、玄関に立っている。

「え?え?いつ、産まれたの?」

「あなたが他の女とセックスしてる時よ」

「え、なんでバレて…」

「ずっと見てたわよ。あなたのやってたこと。ずっと聞こえてたわよ。あなたの心」

 妻が僕を睨む。

「私、結婚前に言ったわよね、赤ちゃんが欲しいって、なのになんで、こんなことになるのよ」

 妻が怒りに震えながら泣いている。



「お前なんか!いらない!!!」














 目の前が真っ暗になった。

 VRゴーグルが外される。目の前には妻が立っていた。

「え?は???」

「これはね、VRゲームじゃなかったの、脳内シュミレーターっていって、先々に起こりうることを見せてくれるのよ」

 ということは…妻とVRゲームをした時から、ずっとゴーグルをつけたままだったってこと?

「もちろん、ただのシュミレーターだから、こんなこと起こらないかもしれないけど」

「そ、そうだよねー焦った!いやーでもいい体験だったね!僕達にまだ子供は早かったんだ!少し新婚生活楽しもうよ!俺も歳食えば、浮気なんて間違いしないしさ!」

「…妊娠だけの問題じゃないでしょ、あなた自身がクズなのよ」

「は?」

「きっと、なんどシュミレーターしても同じよ、あなたは私を、いえ、妻になる人を見下して、子供を蔑ろにして、反省は一切しない、そう言う男よ」

 妻は踵を返す。

「シュミレーターして良かったわ。私、実家に帰るわ。後日、離婚届持ってくるから、名前書いてよね」

 言って、妻はその場を後にした。





 なんだよ!なんだよあいつ!ただのシュミレーターで離婚とかありえないだろ!これだから女は!

 僕はイライラしながらスマホを操作した。

「あ、もしもし?僕だけど、うん、今空いてる?妻がさ、勝手にいじけて、実家に帰っちゃって、うん、僕ん家おいでよ。ホテル代もったいないだろ?」






 ほらね、全部、見てるんだから。

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