第52話 安らぐ香りのアンバー魔法

 神殿の部屋で一通り声をかけ終わった。

「みんな不安を見せていた。少しでも心を癒やしたい。私にできるのは話し相手と踊りくらい。でも今は踊りが見たい雰囲気ではないよね」

「音楽よりも香りのほうが、心を落ち着かせられると思います」

「香りを使う方法はよさそう。匂いが発生する宝石よね。見つけてみる」


 宝石魔図鑑を出現させた。最初の頁から説明部分を読んでいった。プレシャスも気になるみたい。隣から中身を覗いていた。早い段階で目当ての宝石が見つかった。

「アンバーなら可能かもしれない。太古にあった木の樹脂からできた珍しい宝石で、琥珀とも呼ばれている」


「茶色や黄色が混ざり合っています。宝石の中に何かがあります」

 プレシャスが立体に浮かび上がったルースを凝視していた。ゆっくりと歩きながら見る角度を変えている。


「太古の虫よ。アンバーに虫や葉がそのまま残っている貴重なルースね」

「昔の生物ですか。香りとの関係は何でしょうか」

「木の樹脂からできているから、熱を加えると香りを放つ。面白い特徴よね」

「たしかに変わった宝石です。他に特徴はあるのですか」


 プレシャスが顔を近づけてきた。興味のある目をしている。プレシャスと宝石を語り合えるのは嬉しかった。

「アンバー特有なら、本物と偽物の見分け方が変わっている。高濃度の塩水に入れるだけよ。見た目で本物か偽物かが分かる」


「溶けるのですか。それとも色が変わるのですか」

「残念ながら外れよ。本物は浮いて偽物は沈む。同じ大きさなら本物は偽物より軽い。浮くかどうかを判断するのに塩水が手頃みたい」

 例外もあるみたいだけれど偽物は密度が大きかった。


「海でも試せそうです」

「濃度によっては可能かもしれない。みんなを安心させたいから魔法を作るね。魔法効果は、心を落ち着かせる香りが漂うよ。香りだけだと見た目で分からない。アンバーと同じ色の煙を少しだけ出現させる」


「最初に出現するルースから煙と香りが発生するのですか」

「複数置きたいから、輝きオパールと同じにしたい。別ルースを出現させる。せっかくだから任意の虫や葉が入っているアンバーにする」

「ルースを見るだけでも楽しめそうです」


 魔法効果と見た目が決まった。呪文を考えた。使うルースの産地も決めた。宝石魔図鑑に書き込んだ。オンとオフの切り替えもできるようにした。

「ルースの産出地は高品質で有名な海の沿岸よ。呪文を唱えるね。香木こうぼくアンバー」


 最初に出現するルースの上側に別ルースが出現した。ルースの中には葉が閉じ込められていた。手にとって部屋の隅に移動した。床の上にルースを置いた。

「オン」

 立ち上った煙は膝くらいで消えた。部屋の中に煙が充満する心配はなさそう。


「甘い香りがしてきました。心に染み込みそうです」

「強くはない香りだから長時間でも問題ないみたい。あと三つ設置すれば平気そう」

 移動して部屋の隅にルースを置いた。


 時間が経つにつれて、みんなの表情が和らいでいるように感じた。会話している声も落ち着いていた。

 神官の女性が近づいてきた。

「香りが漂っています。アイさんが行ったのですか。心が満たされます」

「魔法で心が安らぐ香りを出現させたよ」


「みなさんの雰囲気が変わったのは魔法だったのですか。助かります」

「効果があってよかった。他に手伝うことはある?」

「急ぎではないです。今のうちに休憩したらどうですか」

「中庭で休憩してくる。少し立ったら戻るね」

 部屋を出て神殿の入口に向かった。


 神殿の外から男性が走り込んできた。見覚えのある服装だった。

「白魔道士の服装よね。マユメメイを送ったときに見た」

「わたしも覚えています」


 男性は周囲を見渡した。神官の元へ走った。相手はターランキンさんだった。

「大聖女様が重体です」

 小声だったけれど私には聞き取れた。耳を疑った。考えるよりも先に足が動いた。二人の元へ駆け寄った。

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