第5石 トルマリン

第21話 お祭りの日

 野菜の種を買いにリガーネッタの街へ来た。今の時期にあう野菜の種を買って、簡単な育て方も聞いた。お店の人は親切に教えてくれた。

 ハンターギルドに向かうため、広場を横切ろうとした。今までと異なって人であふれかえっていた。周囲には屋台も見えた。


「何かのお祭りみたい。天候がよくて、お祭りにはちょうどよさそう。ハンターギルドに寄ったあとで楽しみたい」

「アイ様の好きなように楽しんでください」

「私の知らない品物があったら嬉しい。でも荷物は増やしたくない。イロハお姉様の世界には、転送魔法はあるの?」


「人間や品物を瞬間的に移動させる魔法ですか?」

「この場所で呪文を唱えると、家に庭へ移動できる感じね」

「特殊魔法の一つにありますが、実用性は乏しいです」

 転送ができれば便利なはず。日常的に使えないのは何か理由がありそう。


「普段使えないのには、何か制約があるの?」

「転送魔法を使う条件が厳しいからです。転送魔法には、転送元と転送先に魔方陣を作る必要があります。魔方陣作成には、光属性と影属性を持った黒魔道士が必要です。ですがほとんどいません」


「両方が使える黒魔道士はどの程度いるの?」

「詳しい数は知りませんが、聖女と同じくらいでしょう」

 たしか聖女は国に三人いれば多いと聞いた。

「一人でもいれば、その黒魔道士が魔方陣を作る。それで利用できないの?」


「アイ様の考え通り魔方陣は作れます。ですが転送魔法を使う条件があります。転送魔法は事前に魔方陣を触って認識します。転送魔法を使うにも光属性と影属性が必要です」


「実用性がないのは、使える人が少ないためね。事前に魔方陣を触る制約もある。犯罪には不向きね。その点は安心できる。いっぱい荷物を運ぶときは別手段を考えてみる。ところで特殊魔法は何を示すの?」

 今まで聞いていない言葉だった。特別な魔法に違いないけれど気になった。


「光か闇属性を使う戦闘系以外の魔法です。鑑定や身分証明の魔法も該当します。アイ様が最初に覚えた、周囲を明るくする魔法は生活魔法です。四属性を使う戦闘系以外の魔法を表します」

 戦闘系以外の魔法は生活魔法か特殊魔法と呼ばれているみたい。他にも種類がありそうだけれど、今は気になる魔法があった。


「ハンターギルドで自素石を鑑定した装置も魔法なの?」

「魔法が封じ込まれている装置です。人間が長い年月をかけて作ったようです」

 プレシャスは物知りね。イロハ様の世界を楽しむために色々と覚えたい。

「魔法の装置もいっぱいありそう。楽しみが増えた。お金はないけれど、お祭りも楽しみたい。お祭りを見学してからハンターギルドへ行く。迷子にならないように抱えるね」


 プレシャスを抱き上げた。最初は驚いたようだけれど、身を委ねてくれた。プレシャスを抱えながら、お店を見て回った。

 光輝くお店の前で足が止まった。念願の宝石だった。太陽で輝いている。値段を見るとアクセサリーだと思う。何種類もの宝石があった。


「おじさん、アクセサリーに触っても平気?」

「構わないぞ。ただ丁寧に扱ってくれ」

 お礼を言ってから指輪を手に取った。カットは甘いけれど色合いは好みに近かった。私の好きな淡い赤色だった。地金はシルバーだった。私の指には少し大きかった。


「綺麗な色合いね。でも指輪が大きかった。この宝石はルビーなの?」

「他の指輪も見てみるかい。宝石はルビーだ。他にもサファイアやエメラルドもある」

「今日は迷いそうだから遠慮する。宝石単体のルースは売っているの?」

「ルースに興味があるとは珍しい。普通は売っていないぞ。見たいのなら王都ザイリュムか産出国に行くしかない。確実なのはザイリュムだ」


「主な産出国はどの辺にあるの?」

「ザムリューン国の北側にあるケミダッタ国が、鉱石産出国で有名だ。原石や宝石なども多く扱っている」

「今度機会があれば行ってみる」


 おじさんにお礼を言って、お店をあとにした。他のお店も見て回った。珍しい食べ物があった。でもお金がない。次回までにはお金を貯めたい。

「見るだけでも楽しかった。そろそろハンターギルドに行くね」

 プレシャスと一緒にハンターギルドの扉を開けた。お祭りの影響か、酒場のほうは賑わっていた。周囲を見渡すと、受付近くにライマインさんを見つけた。


「ライマインさん、今は時間がある? ちょっと相談したいのよ」

「今日は用事がない。討伐依頼の監視役も可能だ」

 私の監視役については、ライマインさんにも伝わっていた。

「監視役をお願いする前に、別の相談があるのよ。討伐依頼を受けたいけれど、魔法しか知らない。自分の身を守れるように剣や盾の使い方を覚えたい。基本で構わないので教えてほしい」


 トリプルボアーと戦って自分の弱さを知った。

「いつでも可能だ。今は祭りの最中だから、俺自身の依頼は考えていない」

「明日お願いできる? 場所は私が住んでいる家の庭で行いたい」

「ハンターギルドの裏庭でも練習できるぞ」


「実は庭に畑を作る予定なのよ。それも手伝ってくれると嬉しい」

「そういう理由なら構わない」

 ライマインさんが快く承諾してくれた。これで野菜が作れる。

「嬉しい。異国の食事をご馳走するね」

「それは楽しみだ」

 時間を決めて家の場所を教えた。


「事前に討伐依頼を受けないか。教える内容も決まってくる」

「ピミテテさんに何があるか聞いてみる」

 受付に向かった。ピミテテさんが手を振ってくれた。

「初めて討伐依頼を受けようと思うのよ。ライマインさんが監視役よ。何かお薦めの討伐依頼はある?」


「今なら三件ほどあります。どれもアイさんに向いている依頼よ」

 三件の依頼書を見せてもらった。どれも街や森周辺に出没する下位魔物だった。でも魔物に特徴があった。魔物の数も単独や複数と異なっていた。

「私にはどれがよいか分からない。ライマインさん、お薦めを教えて」

 ライマインさんが依頼書を手に取った。中身を見比べていた。


「アイは状態異常を回復させる魔法は覚えているか」

「この前唱えた回復魔法で状態異常を一緒に直せるよ」

「それなら決まりだ。ビッグポイズンフロッグ討伐がお薦めだ」

 依頼書を見せてもらった。魔物を五匹以上倒す討伐依頼だった。農作物を育てている場所の近くで出没している。害虫駆除に近い雰囲気だった。


「討伐報酬は五匹で十ゴールド、六匹以上は一匹一ゴールドね。他の討伐依頼と同じ。他の討伐依頼に比べて、どのあたりがよかったの?」

「ビッグポイズンフロッグは大きい蛙だ。リーフウルフと同じくらいだ。赤色と青色の斑点模様が特徴だ。手出しをしなければ向こうからは襲ってこない。動きも遅い。逆に耐久性が高くて毒を持っている」


「倒すには時間がかかるけれど、毒対処ができれば危険が少ないのね」

「アイの考え通りだ。毒を治せる魔法があれば、安全で美味しい依頼だろう」

 ポーションでも毒は治せる。でもお金がかかる。そのぶん報酬が減るから、魔法で治せるほうが得だった。


「ライマインさん、お薦めをありがとう。ピミテテさん、この依頼を受ける」

「依頼前に討伐の稽古もするつもりだ。危なくなったら俺が助ける」

「依頼受理しておきます。無理はしないでくださいね」

「怪我には注意する。依頼と稽古も決まった。今日はもう一度お祭りを見て帰る」


「アイさんには初めてのお祭りですか。楽しんでください。でも今年は少し残念です。隣の酒場で吟遊詩人が呼べなかったみたいです。急な用事で来られなかったようです」

「楽器を使いながら歌う人であっている?」

 ゲームなどで登場していた記憶があった。


「その通りです。吟遊詩人の奏でる音色が心に染みます」

「俺は踊り子が楽しみだった。音楽にあわせた踊りは心が奪われる」

「音楽や踊りは私も好きよ」

「アイの国に伝わる音楽はどのような感じだ?」


 元の世界では、友達とカラオケに行った。一緒に歌って踊った。昨日のように思い出した。涙は出なくなったけれど、まだ心が辛くなる。それでも前を向くしかない。イロハ様の世界では色々な人が私を支えてくれている。


「下手だけれど聞く?」

「アイがよければ聞きたい」

「音楽と踊りを考えるから、少し待っていてね」

 近くのテーブルへプレシャスと移動した。

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