第二章 護衛追加編

第11話 様子のおかしい春海

 俺は令菜さんの護衛任務を無事に終え、教室へとたどり着いた。


「ふぅ……疲れた」


 昨日と同じように机に突っ伏すと、聡太が声を掛けてくる。


「おっす裕介。なんだよ、昨日に増してげっそりしてるな」

「うるせぇ聡太。お前は、朝ラッシュの過酷さが分からねぇから平然としていられるんだ」

「でも、他の奴も電車通学だけど、みんなぴんぴんしてるぞ?」

「残念ながら、俺は他の奴と比べて体力がないんだ」


 まあ実のところ、疲れているのは別の理由があるんだけどね。

 電車に乗る前から令菜さんに触れたりしてしまい、電車内で変に気を張っていたので、余計に神経を使ってしまったのだ。



「まっ、よく分かんねぇけど、毎日お疲れさん」


 そんなやり取りをしていると、教室の後ろの扉から春海が登校して来た。


「おはよう春海」


 俺が声を掛けると、春海はビクっと身体を震わせてから、警戒するようにこちらを覗き込む。


「お、おはよう……」


 ぼそっとした口調で挨拶を返してくる春海。

 しかし、彼女にいつものような元気さはない。

 その様子に、俺は思わず首を傾げてしまう。


「どうした、体調でも悪いのか?」

「ううん、大丈夫」


 春海はそう一言だけ言って、自席へと向かって行ってしまう。

 明らかに普段の様子とは違う春海を心配して、じぃっと眺めていると、聡太がちょいちょいと声を掛けてくる。


「バカ野郎。あぁ言うときは、そっとしておいてあげるのが男の役目ってやつだぞ」

「えっ、そうなのか?」

「女の子にはいろいろ事情ってのがあるんだよ。察してやれ。それに、機嫌が悪い時、裕介だって一人にしておいて欲しいって思うだろ?」

「た、確かに……」

「そういう時は、何も言わずにそっとしておいてやればいいんだよ。数日経てばいつも通りに戻ってるから」

「なるほど……そういうものなのか」


 聡太に女の子の生態というものについて力説され、俺は丸め込まれてしまった。

 にしても、あれだけいつも元気な春海が、そういう事情だけで、まるで別人のように寡黙になろうだろうか?

 それほどに、春海の背中はしゅんと丸まっていた。

 クラス奴らも、元気のない春海を見て、どうしたんだろうと心配した様子で遠巻きに見つめている。

 椅子に座り、仏のように佇む春海を見て、俺には何か他の事情があるのではないかと思えた。



 ◇◇◇



 授業が始まってからも、春海と会話することはなく、しばらく様子を窺っていた。

 そして迎えた、二時間目の現代文の授業中。

 突然、春海が先生に向かって手を上げた。


「先生、体調が悪いので保健室に行ってきていいですか?」

「おう、分かった。保健委員。付き添い頼む」

「いえ、一人で大丈夫です」


 そう言って、付き添いを拒否した春海は、そそくさと教室を後にしてしまう。

 春海が教室から出ていく姿を見送ってから、俺は聡太へ視線を向ける。

 聡太は俺の視線に気づくと、肩を竦めて見せた。

 あれだけ体調を悪そうにしている春海を見たのは、初めてだ。

 もしかしたら、元々熱があったのに、無理して登校してきていたのかもしれない。

 結局、三時間目の数学の時間になっても、春海は教室へ戻ってこなかった。

 そして、迎えた三時間と四時間目の小休憩。


「春海、体調悪いのかな?」

「見たいだな」

「体調悪いなら、学校休めばよかったのに」

「それぞれ事情ってのがあるんだよ、察してやれ」

「うーん……」


 聡太と会話しながら、俺が納得が行かない返事を返している時だった。


「浦川、ちょっといいか?」


 呼ばれた方向を見ると、担任教師が教室前の扉から、俺を手招きしていた。

 俺は席を立ち、先生の元へと向かっていく。


「なんですか先生?」

「悪い。春海が体調不良で早退するらしいんだが、荷物をまとめて保健室へ持っていってほしいんだ。お願いできるか?」

「分かりました。春海、やっぱり風邪ですか?」

「俺は養護教師から容態を聞いただけだから、自分の目で確かめた方が早いと思う。次の授業は俺だし、春海の様子をゆっくり見て、手助けが必要だったら一緒に下校してやってくれ。戻ってくるのも、落ち着いてからでいいから」

「分かりました」


 俺は早速、春海の荷物をまとめて鞄に仕舞い込んでいく。

 その様子を見て、聡太も春海の席へと駆け寄ってくる。


「春海、どうかしたのか?」

「体調が悪いから早退だとよ。容態確認がてら、様子を見てこいだってさ」

「なるほどな。まっ、しっかりケアしてやってこい」

「おう、そんじゃ行ってくるわ」


 俺は春海の荷物を背負い、教室を後にして保健室へと向かうのであった。

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