痴漢を撃退したら、何故か美少女たちとの満員電車密着生活が始まりました。護衛とはいえ、こんなにピッタリくっ付くのは違うと思うんですが?

さばりん

第一章 護衛開始編

第1話 朝、痴漢から助ける

 朝の駅のホーム。

 俺、浦川裕介うらかわゆうすけは、いつもと同じ、前から二両目、二つ目のドア乗車口の列の最後尾に並ぶ。


 当駅止まりの電車が到着して扉が開くと中から多くの、乗客が降車してくる。

 お客さんが降車すると、ホーム上は人でごった返してしまう。

 俺は人の合間を縫うようにして、折り返しの電車へと乗車していく。

 

 相変わらず、都市部の満員電車は密、密、密!

 某知事の意見など完全度外視の車内は、通勤通学の人でごった返していた。

 俺はスクールバッグを前に担ぎ、自分のスペースを確保して無事に乗車完了。

 乗り込んだ直後、発車メロディーが鳴り響き、車掌さんの『ドアが閉まります。次の電車をお待ちください』というアナウンスが数回流れてから、ようやくドアが閉まる。

 荷物などが挟まれていないか、安全確認を終えてから、ゆっくりと電車が動き出す。


「ふうっ……」


 俺はようやく一息ついて、電車のドアに背中を預け、身体の力を抜いた。

 下車する駅まで、こちら側のドアが開くことはないため、ドアに寄りかかることにより、少しでも楽な体勢で、車内の時間を過ごすことが出来るのである。


 まさに、ベストポジションとはこのこと。

 

 早速俺は、前に抱えているスクールバッグのチャックを開き、中からブックカバーのされたライトノベルを取り出し、物語の世界へ入り込んでしまう。

 小説を読んでいれば、目の前に広がるむさ苦しい現実から目を背けることが出来るので、これが俺の通勤電車内でのルーティンとなっていた。


 そんないつもと変わらぬ一人の時間を過ごしていると、なんだかいつも違う車内の雰囲気を感じ、俺は顔を上げて辺りを見渡した。

 その違和感の正体に、俺はすぐに気が付く。

 向かい側に立っているスーツ姿をしたサラリーマンの乗客達が、全員背を向けているのだ。


 しかも、俺の前のスペースを陣取っている三人のスーツ姿のサラリーマンは、綺麗に横並びの列を作り上げ、強固な壁を築いている。

 おかげで、ドア付近はスペースが悠々と確保でき、普段より快適に過ごせているのだ。


 ラッキーと思いつつ、俺が視線を本へと戻した直後――


「や、やめてください……」


 微かに、女性の嫌がるような声が聞こえてきたような気がした。

 ガタン、ゴトン。ガタン、ゴトン。

 一定のリズムで鳴り響く、電車の駆動音。

 周りの人間は皆、スマホへ視線を向けて各々の時間を過ごしている。

 俺はもう一度、注意深く耳を澄ませてみることにした。

 すると――


「いやっ……あっ……ダメッ!」


 必死に抵抗する吐息のような声を、今度ははっきりと聞き取った。

 俺は目を細めて車内を眺め、背を向けて並んでいる三人のサラリーマンの隙間から、車両の中央付近を覗き込んでみる。

 すると、俺の眼前にとんでもない光景が映り込んできた。

 スーツ姿をした茶髪色の女性が、いやらしい笑みを浮かべた高身長の男性に、後ろから胸をまさぐられていたのだ。

 茶色の長い髪を揺らしながら、OLのお姉さんは、声を漏らさず身悶えている。


 何と言う事だ。

 まさか、痴漢現場を目撃してしまうとは……。

 俺はひとまず、どうしようかと考えを巡らせる。


 その間にも、女性は身体を縮こまらせ、必死に抵抗を試みようとするものの、男性は手慣れた様子で、大胆に胸元を鷲掴んだかと思えば、もう片方の手でいやらしく身体を撫でるように触りながら、徐々に手を女性の下腹部へと移動させていく。

 手が女性の下腹部へと触れた瞬間、女性はビクンっと身体を震わせ、股を閉じて首を横に振り、懸命に歯を食いしばっていた。

 しかし、痴漢男の側近と思われる、俺の前にいた三人衆の一人が、女性の腕を掴み、身動きを取れなくした。

 抗う術をなくした女性は、痴漢魔の思い通りに身体をまさぐられていく。


 どうすれば……。

 俺はきょろきょろとあたりを見渡す。

 だが、周りにいる乗客は、誰もが面倒ごとに巻き込まれたくないといった様子で、見て見ぬふりでスマホに目をやって、その場をやり過ごそうとしている。


「くそっ……」


 やるせない思いで、俺がぐっと歯噛みする。

 その間にも、痴漢魔の手つきは大胆になっており、もう目も当てられない光景になってしまっていた。

 すると、最後の力を振り絞るようにして、女性が顔を上げたかと思うと、俺へと視線が向けられる。

 彼女の目は涙目になっていた。

 何かを訴えるように、懇願するような目でこちらを見据えてくる女性。

 刹那、女性の目元から一筋の涙が頬を伝った。


 俺はその姿を見て、ようやく自分が何をすべきなのかを理解する。

 力の差でか弱い女性を取り押さえ、肉欲のままに蹂躙する卑劣な痴漢魔に、沸々ととした怒りがこみ上げた。

 

 俺は文庫本をカバンに仕舞い、中からスマホを取り出す。

 周りに気づかれぬよう、カメラモードを起動させ、動画撮影モードに設定して録画開始ボタンを押した。

 撮影するのは心が引けたものの、後で警察に引き渡す際、決定的状況証拠があっと方がいいと考えたのだ。

 俺はその場にしゃがみこみ、気づかれぬよう三人衆の足の間から、心苦しい気持ちになりつつ撮影する。


 スマホには、胸元と下腹部を責められ、悶える女性の悲惨な映像が映っていた。

 居たたまれない気持ちを抑えつつ、十秒ほど撮影して証拠を押さえたところで、俺はすっと立ち上がり、助走をつけながら、そのままバッグをクッション代わりにして、背を向けている男性三人衆へ思い切りぶつかった。


 運よく、電車がカーブに差し掛かったこともあり、壁となっていた男がバランスを崩し、人ひとり分の隙間が出来る。

 その隙を逃さず、俺は間を縫うようにして中へと割り込んでいき、そのまま女性の元へと駆け寄った。

 俺が侵入してきたことで、痴漢魔は咄嗟に女性から手を離す。

 だが、俺は逃がさぬよう卑劣な痴漢魔の手をガシっと掴んで、男の逃走を阻む。

 痴漢魔は手をぶんぶんと手を振って、混雑した車内で暴れだす。


「てめぇ何すんだ。放せコラ!」


 俺は力を込めて男性の腕を掴みつつ、周囲に聞こえるような大きな声を上げた。


「この人、痴漢です! すぐにどなたか取り押さえるの手伝ってください!」

「なっ……てめぇ、このっ!」


 朝ラッシュで混雑している車内が、ざわざわとし始める。


「こいつです! あとこの周りにいる人たちも共犯者です。逃げないよう取り囲んでください!」


 俺が声を張り上げて訴えると、ようやくただならむ事態だと理解した周りの人たちが、一斉に痴漢集団を取り押さえにかかってくれた。

 すると、周りの共犯者たちは慌てた様子で一斉に三方向へと散り、逃走を試みるものの、目の前に立ちふさがる、人、人、人!

 まさに、袋のネズミとはこの事だろう。


「取り押さえろ!」


 周りにいた人たちが鋭い声を張り上げると、近くにいたサラリーマンの人達が、共犯者たちを次々に捕まえていく。

 それを見て、俺はすぐさま目の前に座っていた女性へ視線を向ける。


「そこの座ってスマホ開いている方。今すぐに警察に連絡してくれますか?」

「は、はい。分かりました」


 名指しされた女性は、すぐさまスマホを操作して、警察へ連絡をしてくれる。


「放せよこの野郎!」


 すると、俺が取り押さえていた主犯格の男が、俺の足を思い切り踏みつけて、手を振り解いだ。


「逃がすか!!」


 痴漢魔の主犯格の男は、必死に現場から逃げようとするものの、周りにいたサラリーマン達が三人がかりで取り押さえてくれた。

 主犯格の男は、そのままドアへと追いやられ、両手を後ろに回されると、ネクタイで両腕を縛られ、身動きを完全に取れなくさせられる。

 手の空いた俺は、すぐさまその場に立ち尽くしていた被害女性へ、恐る恐る声を掛けた。


「大丈夫ですか?」


 俺が優しく声を掛けるものの、スーツ姿の女性は、まだ状況が呑み込めていないのか、ガタガタと震えていた。


「気づくのが遅れて申し訳ありません。けがはありませんか?」

「はい……」


 女性は、ようやくか細い声で返事を返してくる。


「もう大丈夫ですから、とりあえず、一度深呼吸して落ち着きましょう」


 俺が促すと、OLの女性は大きく深呼吸をした。

 そして、俺の方を見つめると、消え入りそうな声で――


「あ、ありがとうございます……」


 と感謝の言葉を述べてくる。

 それに対して、俺はできるだけ優しい声で――


「いえ、これぐらいのことでお礼を言われる筋合いはないですよ。当たり前のことをしただけですから」


 と答えたのだった。

 こうして俺は、朝から痴漢被害に遭っていた女性を助けるという、壮絶な朝を迎えたのである。

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