第15部 終話 新生

 「ショウ・ビームス、入ります」

そこはオスク・バムの所有する執務室だ。特に目立つ物もない殺風景な部屋には、あまりイメージに無いデスクワーク用の机が1つ置かれている。そのデスクを間に置き、オスクは座して、ショウは起立のままに対面した。

「久しぶりだな、ショウ・ビームス。もう知っているだろうが、キサマにはFallen’sフォールンズを率いてもらう。配下は12機編成4部隊と副官2名だ。質問は?」

 ショウ・ビームスは特別に野心の類を持っているわけではない。正直なところ、これまでの各地を転々とする任務は自分に合っていると思っていた。その感情の大部分を占めたのは、各地で知り合う者たちとの交流だった。もちろんその中には交流のあったその日に戦死する者も少なくはなかったが、この男にとっては、そんな者たちにも「知り合えて良かった」と遺影に言葉を送っていた。

 Fallen’sのことは知っている。だが、過去これまでに同じ戦場に居合わせたことはない。彼らも自分と同様、各地の戦場に送り込まれていた部隊なのだから、同じ戦場で出くわすことがほぼないのは道理だろう。自分で言うのも少し気恥ずかしいものがあるが、言ってみれば、勝利が必要な戦場に勝つために送り込まれているわけだが、そんなFallen’sが数的有利を持っていながら敗北を喫したという情報は、ショウの心をザワつかせるものだった。

 「Fallen’sがヤられたって話は聞いてます。仮に同じ相手だったとして、俺が入ったぐらいで形勢逆転できますかね?」

自信が無いワケではない。だが、Fallen’sの隊長が指揮で自分より劣るとは思えない。多少の優劣はあったとしても、そこに大きな差は無いはずだ。むしろ年月による連携力というチカラを加味すれば自分の方が劣る可能性すらあると思っている。そんな指揮能力という観点で拮抗した2人が入れ替わったところで、元のFallen’sを圧倒した相手に優勢を取れるとは思えない。

 「Fallen’s全員というワケにはイカンが、オマエたちには新型MAを渡す。我々が独自に開発した最新鋭機だ。それとな、Fallen’sが相対したヤツらとやり合うことはないかもしれん」

「へぇ・・・詳しく伺っても?」

ならば自分は何のためにFallen’sに招集されたのか?という辺りが最も大きな疑問にはなるなと思いつつ、少し怪訝な表情を浮かべながらオスクを見下ろした。そんな様子に気付いているのだろう。当のオスクはと言えば、顔をショウの方へ向けることはしていない。サングラスのせいで目から感情を読むことは難しかったが、だからと言って後ろめたいといった類でもなさそうには見えるが。

 「詳しく・・・か?長くなる。ただ、ヤツらの目的に対する手段がコチラへの攻撃ではないということだ。そして狙いたいのはどこか他とのツブし合いだな」

話しが長くなるというのは本当だったとしても、それを置いておいても話す気はないらしい。だが情報としては十分だ。

 現在宇宙に上がっている勢力は4つだ。自らたちを〝A2〟と名乗ったADaMsSアダマスたちと、StarGazerスターゲイザーNoha’s-Arkノアズアーク、そして謎の新しい部隊。この内明確にコチラを敵と認識しているのはNoha’s-Arkぐらいなモノだろう。正直なところ、ADaMsSの連中が何を考えてるのかはよく分からない。地上でディミトリーを討ったのは彼らだろうが、もしかしたらソレで目的の大部分を達成している可能性もある。宙に居るらしいという情報はあっても、現時点でその存在は確認されていない。

 問題の新しい勢力だが、コレはおそらくMA産業を主とする企業体がそのウラに居る。その中核はIEだろう。そうでなければ、Fallen’sを退けるほどのMAを用意できるとは思えない。もしその想像が正しかったのなら、武力衝突というイミでは大きな脅威だ。

 「1つだけ質問させてください。今まで聞いている限りじゃぁ、ソイツらの目的ってのがイマイチ分からんのですが?」

「まぁ、そうだろうな・・・あくまで想像でしかないが、ヤツらは調整者に成ろうとしていると考えている。ヤツらはあくまで商人よ」

「はぁ・・・そんなモンですかねぇ・・・」

 ショウはオスクが頭のキレる男だと知っている。それでも、オスクの言葉を素直に受け止めることができないでいた。もちろん、ショウが企業の人間と親しいということはない。自らが乗るMAを造る者たちであり、自身がソレで戦争に参加している事実は理解しているが、それでも戦争なんてものは〝無い〟に越したことはないと考えているのだから、本心でMAを造っている者たちと懇意にしたいとは思えない。それでも、(すでに死んでいるが)ADaMsSのウテナとIEのミリアークが利益のためにこれほどの決断をするとは思えない。ショウですらそんな風に考えるところで、オスクがある意味、短絡的とも言える結論を口にしていることにどことなく違和感を覚える。もしその違和感がホンモノなのだとしたら、オスクの真意は別にあって、口にした言葉は他者を動かすための方便だということになる。

 ショウ・ビームスは大義があって戦争に参加したのではない。大義が自らの内に生まれたのは後のコトであり、そもそも戦争に参加した理由は生きていくためだった。入隊した当初、自分がMAのパイロットになることなど想像していなかった。自らにその才があると気付き、各地を転戦するウチに、パイロットとして多くの仲間と出会い、失いもした。その繰り返しはいつの日か、彼にとって〝仲間〟という大義を生み出し、彼の才もまたその方向に向かって伸びていった。1つの部隊、そしてその隊長を任命された今回、彼はその内側のどこかで、〝これが最後の仲間になる〟と感じていた。

 「申し訳ありませんが、隠し事は無しにしていただきたい。ウチで最強の部隊を任されるんだ。そんなモノがあっちゃ、仲間を戦場に送り出せない」

相手は将官だ。しかもそのバックには〝あの〟ミィント大将が居る。そんな彼らにとって兵士というものが戦争下においては駒であることは理解している。だが、理解しているということと受け入れるということが同じであるワケがない。駒には駒の意地があり、その意地はショウをオスクに詰め寄らせた。

 その表情に怒気は含まれていなかった。オスクもまた、ショウ・ビームスという男を高く評価していた者の1人なのだから、洞察力、判断力、また気骨に疑う余地はもともと無い。

「まぁ、まて。正直なところな?分からんのだよ。分かっている事実だけを並べればそういう説明になるというだけだ。戦争という現実においてNoha’s-Arkが敵であることは変わらんよ」

最後のはそのとおりだと思える。と言うよりは、Noha’s-Arkが味方になることはないと言った方が正しいだろう。新しく発生した企業連合とA2は戦力としては脅威だろうが、藪を突かなければヘビは出てこないと言ったところだろうか。少なくとも、その2つが両軍の敵対者であることを選んでいるわけではなく、その脅威が形となるのはこちらが敵意を向けた時に限定される。目の前にいる男はそう判断したということか。

 「・・・分かりました。ですが、情報は正しく下ろしていただきたい。戦争において情報は武器です。そしてそれが正しくなければ兵は死ぬ」

「・・・覚えておこう」

ここで改めて覚えることでもないだろうとは思ったが、問題は上層部の意思によって情報が書き換えられてしまうことだ。このオスクという男は情報を発信する側でもあり、受け取る側でもあるのだから、情報がどれほど重要なモノかは知っている。オスクがソレを理解しているのと同じように、ショウも彼が自らの思惑で情報を操作する男だということを知っている。果たしてオスクの「覚えておく」という発言がどれほどの実効性を示すのかを知る術はない。

 「互いに信頼できる間柄で居たいものです」

「同感だな」

かくして、ショウ・ビームスはFallen’sの隊長として任に就いた。それは彼の残された人生を決定付けるものだった。

ショウはこれまでの軍人人生において、最も多くの光を目にすることとなる。

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