第二部「pentagram(五芒星)」 第1話 フォレスタ・コールマン

「ヤレヤレ・・・最初が肝心ってところだな」

ディスクの上には5枚のシートが、3枚を下に、2枚を上に整然と並べられている。まるで履歴書のようなそのシートには、5人のMAパイロットが顔を揃えていた。その5枚を眺める人物は、フォレスタ・コールマン。35歳という若さでありながら、卓越した戦闘指揮能力を買われ、StarGazerスターゲイザー地球方面軍准将に抜擢された男だ。

 コールマンは准将の拝命と共に、1機毎に特殊性の強いADaMaSアダマス製MA5機による〝独立遊撃部隊〟の編成と運用という任務を任されていた。机の上に並べられた5人は、そのパイロットたちのデータだ。上段左側の1枚を手に取り、次いで右端に置かれたコーヒーを取る。まだ湯気が立ち昇るソレを口にしながら、手にした男の写真を見る。

 アキラ・リオカ中佐34歳。短髪の黒髪を持つその表情は、どこか挑戦的な印象を受ける。MAパイロットとしては優秀な実績を持つが、配属先の上官と必ず衝突を起こしている。5人中最も階級が上であり、ソレだけで判断するならば、この男が部隊長となるのだが、どうにもそれが務まるとは思えない。コールマンはそっとアキラのデータシートを元に戻した。

 次いで上段右側のシートを手に取る。アイ・タマズサ少佐27歳。髪を後ろで束ねている。これまでにチーム編成の中でリーダーを任されてきた女性だ。タイプの異なるMA搭乗経験歴を見れば、どんな機体でも難なく乗りこなすオールラウンダーだと判断できそうだ。実際に合ってみなければ決断は下さないが、可能ならば彼女に部隊長を任せたいところだ。アイのシートを手にしたまま、下段に並べられた3枚を左から順に見る。

 リッカ・イズミ少尉25歳。ショートカットに眼鏡を着用する彼女の写真からは、活発な印象が得られる。MA搭乗経験は3年程度だが、対MA撃破数は5人中最も多い。

 タクヒ・メイゲツイン少尉27歳。5年のMAパイロット経験を持つ。MA撃破数はリッカと肩を並べる実績を持つが、自機の破損率が5人中ダントツに高い。

 ウル・ハガクレ19歳。階級は伍長だ。まだ士官学校を出たばかりで、シートのほとんどは空白のままだ。この少女がADaMaSアダマス製MAに乗るとなると、周囲からの対応に苦慮しそうだ。

 ふとディスクにある時計に目を向ける。デジタルが示す時間は13:21。彼ら5人と顔を合わせるまでにはまだ2時間以上ある。いつしか湯気を放つことを止めていたコーヒーカップを机に戻し、役割を終えた右手で机上に並べられた4枚のシートを集める。アイのシートを一番上にし、コーヒーカップの方へ置くと、スペースの空いた正面に起動したままのノートパソコンを引き寄せた。

 画面にはADaMaSアダマス製MA5機のスペックデータが表示されている。接近戦特化型、double-arm’sダブルアームズ(DA)運用型、防御力特化型、情報戦特化型、そして、高機動ワイヤー型。いずれのスッペックデータを見ても、StarGazerスターゲイザーが運用する高性能機「ゲリング」を上回る。データ項目によっては、手も足も出ないほどにスペック値に開きがある。

「ワイヤー型?・・・よくわからんな。ま、コレも彼らも実際に見ればわかることか・・・」

コールマンはスペックデータを画面上に残したまま、上から被せるようにインターネットを開いた。検索に「ADaMaSアダマス」を入力し、そのホームページを表示させる。

StarGazerに所属するコールマンにとって、ADaMaSアダマスという企業は脅威であると同時に頼る必要性の高い存在だ。ADaMaSアダマス製MAによる部隊運用を任されるとあっては、依存度合が高まりそうな気配がある。

現在、StarGazerスターゲイザーのMAに代表される兵器を供給するのは、13-Developmentサーティーンディベロップメント(13D)やGATE-MECHNIXゲートメカニクス(GM)といったSAに本社を置く企業だ。これら複数の企業は、時に競争し、時に協業し、StarGazerスターゲイザーに依存している。敵対しているNoahにしても、IEが兵器開発に携わっている。こうした企業にあって、ADaMaSアダマスはその存在の特殊性が顕著だ。

ADaMaSアダマス製MAは他の企業で開発される機体よりも高性能だが、その扱いも難しく、扱えるパイロットが限られることに加え、量産そのものを生業としていない。数あるMA開発企業の中を生き抜くにあたっては、その生存戦略は正しい。

ADaMaSのホームページには、これまでに開発されたMAの写真だけだが掲載されている。両軍にとって、写真さえあればその機体がどれほどの性能を持っているかは、お互いに身をもって知っているのだから、あえて宣伝する必要もないのだろう。これから配備される5機のADaMaSアダマス製MAの姿はまだ掲載されていなかった。

コールマンは上部タブから職員の日常と題されたタブを選択した。そこに映し出された写真の数々は、企業のホームページと言うよりは、学校などのホームページで見かけそうなものばかりだった。その写真の中、それなりの頻度で写っている1人の女性に目を留める。

「ローズ・ブルーメル・・・まさか君がADaMaSアダマスに居るとはね。しかも社長ときたか」

 コールマンの生まれた家は、ごく一般的な家庭だった。血縁者に軍関係者は1人もいない。父親は消防士であり、母は教師。兄弟は居なかったが、家族3人、何の不満もなく暮らしていた。実際のところ、不満の無さという意味では、今も変わらない。実家に帰れば、母はコールマンの好物を作り、父とはお互いの仕事の話を交わす。

 コールマンは学生時代から友人関係にも恵まれていた。親友と呼べる友は、今もやはり親友のままだ。そんな友人の中にローズ・ブルーメルの兄、ホープ・ブルーメルの姿がある。彼の家は裕福であったが、それを自慢することもなく、お互いの家を行き来していた。当然、ローズとも親しくなることに障害は何も無かった。

 当時から活発だったローズとは、一緒になってスポーツに興じたり、ときには些細なイタズラの共犯だったりしたこともあった。まだ十代だったころの自分を思い返せば、その当時はハッキリと認識していなかったのだろうが、ローズ・ブルーメルに異性としての好意を抱いていたことが解る。ローズが自分のことをどう思っていたかは知らないが、近いうちに、その彼女と再開することになりそうだ。

 「あのローズが、ADaMaSアダマス社長ねぇ・・・」

コールマンの記憶に存在するローズは、活発でありながら、優しさを肌身離さない人物だった。それが、見方次第では人を殺めてしまう兵器を造る企業において、社長という責に就いているという。士官学校に入って以降、ブルーメル家とコールマン個人の交流は途絶えたが、ホープとは年に数度、連絡を交わしている。これまでにローズについて話が出たことがあっただろうか?少なくとも、コールマンの記憶にその事実は無い。

 写真で見るローズ・ブルーメルは、一段と素敵な女性になったと感じる。はたして彼女は昔のままのローズなのだろうか?それとも、どこかのタイミングで彼女を劇的に変える何かがあったのだろうか?もしも後者だとするならば、そのキッカケになったのは何だったのだろうか?あるいは、人物だった可能性もある。それが、ADaMaSの局長を務めるウテナ・ヒジリキである可能性はないだろうか?

 「これではまるで、思春期だな・・・」

部屋に誰も居ないからこそ、思わず口からこぼれ出た。結局のところ、人は変わることがある。そのキッカケは様々で、そこに他人が介在する余地はほとんどない。そしてコールマンは、ローズへの想いが昔のまま、秘めたままであることに気付かされた。

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