第239話・誤解の坩堝
大人の性教育を、このSMルームのベッドで始めたことを僕は激しく後悔する羽目になる。否、それは教本が『偽典:不死の月』だったからである。
誕生日に僕が開いた場所は1ページ目ではなかった。その、序文はこうだ。
「『従うこと、支配されること。それ、そこに愛が実在するのであれば、それは快楽である。自由という軛を脱し、自らの一切を委ねる。考える必要はなく、与えられるまま、その愛に返礼として嬌声を返せばいいだけだ』……ねぇ、これって普通のえっちなの!?」
普通ではない気はする、でもそれはあるいは僕が過剰に恥ずかしがり屋なだけだとも思ってしまう。バイアスだ。僕は、自分に対して、性に無知であるというバイアスをかけ続けている。
その本は、僕の一人称で書かれている。だから、読むのは僕だ。もちろん、ママのセリフの部分はママが読む。
「ママわかんないなぁ……したことないんだ……。ごめんね……」
「僕もしたことないから、お互い様だよ!」
それに関しては、どっちが悪いとかそういう話ではないと思う。だからこそ、僕たちからは下ネタが飛び出しにくいと言う利点がある。
「今は、教科書それしかないんだから、続き読んで!」
僕たちは、教科書を変えるべきだったのだ。一般的なアダルトビデオでも、入手しておけばよかったのである。なぜその発想が出なかったのか……。
「えっと……『ママは僕の首に首輪を嵌める。これは儀式、行為に必須のことだ。その瞬間から、僕はママのペットであり奴隷である。首に擦れて、くすぐったさとゾクりとした感覚が同時に襲ってきて、思わず艶を帯びた声を上げてしまった』」
内容が、すごくえっちだ。僕もう、早くも限界を迎えそうになる。頭からはお約束の黒煙が……むしろ燃え尽きた白煙が上がりそうだ。それほどの恥熱を帯びている。
「へー、男の子がそっちだったんだ……。てっきり、声を上げるのは女の子なのかと……」
ママは僕よりは性の知識がある。ただ、それは印象といった段階に留まっている。単なる伝聞にほかならない。
「やっぱ普通じゃないんじゃ?」
大量に嘘ではないが本当ではないことが、その教本には盛り込まれていたのだ。例えるならこの一文『これは儀式、行為に必須のことだ』。行為と書くことで、対象を僕たちに誤認させている。この儀式が必須なのは、特殊な行為であり、普通のことではないのである。
僕らは、気付かないまま勉強を進めた。
「付けてみよっか……。たしかあったよ?」
これが、後悔の招待だ。奇しくも、その特殊な行為に必要なものが揃った場所で、特殊な行為の勉強を始めてしまった。
「うぅ……。これ本当に普通なの!?」
と、僕は少し拒絶気味に考える。だって、学校で習ったことは嘘かと思えば本当のこと。
だけど、そこにこんなものはなかった。必要だなんて、保健体育の教科書のどこにも書いてなかった。
「つけてみればわかるでしょ?」
でも、確かにそうなのかもしれない。
「うぅ……わかったよぉ……」
無知のまま暗中模索をするのは、本当に良くないものだ。間違った知識にたどり着く可能性だって、多いにある。
保健体育の授業では、男女の解剖模型を使って説明すべきだ。人間の臓器を正しく理解させるべきだ。さもなくば、誤認なんて無数に生まれる可能性がある。
「それじゃ、つけるね!」
ママはベッドの下の引き出しから首輪を引っ張り出して、首の後ろからそれを前に回した。
「ひゃっ!?」
確かにそれはくすぐったい。だから変な声が出る。確かに、くすぐったさは背筋を伝う。ゾクりと表現されていることに納得する。
この納得がいけなかった。
「普通なのかも? リン君声出たもんね?」
ついで、それを納得せざるを得なくなる。大人の階段とは、そうやって登るものと僕たちは認識してしまった。
「う、うん……。でも、これじゃあ、ペットみたいだよぉ……」
犬や猫のような、そんな扱いに感じてしまう。
「でも、なんかすっごく可愛く思えて……」
それは、そう思う人も少なくないのだ。でなければ、チョーカーがファッションアイテムとして取り入れられるわけがない。
「そ、そうなの?」
clockchildにだって、チョーカーはある。だから、当然チョーカーはつけたことがある。でも、これはザ・首輪だ。それでも可愛いのかは、少し不安だった。
「うん、なんかね。アリ……かも……」
心なしか、少し赤い顔のママに言われた。
僕には存在するのだ、どこかマゾヒスティックな部分も。それは、おててないないを受け入れているのが証拠だ。
そしてママにはあるのだ、甘い加虐心が。それは、おててないないに現れている。
そもそも、僕たちはSMと相性が良かったのである。
リードはママが持っている。それが、どうしようもなく思わせるのだ。
「ママのモノになっちゃった……」
と……。
だから、ママの好きにされてもいい。いや、本心ではされたいとどこか思っていたのである。
「こっちおいで」
そう言いながら、ママはリードを少しだけ引く。強く引かれれば、僕は抗えない。だから、その本質は命令に変化していた。
「はい!」
どんどんと奥へ入り込んでいく。後遺症すら残す、誤解の最奥へ。そして、僕らの性癖の
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