第232話・征途の詩歌
例えば僕の放送、昼の時間帯の雑談放送は一番視聴者さんが来てくれない放送だ。特に午前中は、悲惨だ。
僕ならまだ海外の視聴者がいる。だから、午前中でも弾き語りなら視聴者数は最低限は確保できる。だけど、僕以外はそうはいかない。それに、僕だって海外の視聴者さんが主に見ているのは、動画だ。僕以外では、かろうじて唄さんが、今後大丈夫になる可能性があるだけだろう。海外の視聴者さんを手に入れるには、言語の壁を踏み潰す力が必要である。
よって、午前中を、Vタレントとしての基礎力向上のための時間として使うのは、合理的だ。僕も活動初期はそうしていた。
基礎力がしっかりとあるタレントなら、動画作成に充てるのもいいかも知れない。一日中休む気がないのであればだが……。
あるいは、生活リズムを変化させて昼夜逆転状態を作るのも手段である。健康には悪いかもしれないが、深夜営業のクラブがやっていけるように深夜というのは案外お客さんがいる時間帯だ。
桜さんのレッスンがこの時間になっているのは、きっとこのためである。
「おっはよー!」
防音室にNecoroさんが入ってきた。
「おはようございます! Necoro様!」
わかったこととして、唄さんは、自分よりすごいと認めた人にはへりくだる。もう、へりくだりすぎる。様呼びは当然で、それ以上の敬称もホイホイ使う。主に僕が使われている。
「ねぇ唄、そろそろ様やめない? フツーに友達になろーよ……」
Necoroさんは、どちらかというとギャル勢力の人間。ヲタクで優しくてノリのいいギャルだ。
「そんな、恐れ多いです……」
それにしても、唄さんはNANAMIという原型が残っていない気がする。
「おはよ! Necoroさん!」
なんにせよ、挨拶は大事である。
「うおっ!? リンちゃん、帰国したん!? お久じゃーん! またデュオろ!」
そう言いながら、Necoroさんが抱きついてくるもので、少し驚いてしまった。
「わっ!?」
と、声が漏れ出る。だけど、そんなことは無視されて、最後に桜さんが挨拶をした。
「Necoroさんおはようございます! 今日もよろしくです!」
桜さんはいつだって元気いっぱいだ。この時も勢いよく、頭を下げていた。
「うっし、やろ! あ、Zompigも連れてきたから後でダンスレッスンね!」
意外や意外、Zompigさんは運動神経とリズム感が抜群だ。元々オタ芸をしていただけあって、振り付けを覚えるのも慣れている。それに、センスも良いのだ。ダンサーとしてもやっていけそうだ。
「待たせちゃってすみません……」
申し訳なさそうにする桜さんだけど、その申し訳なさをNecoroさんは笑い飛ばした。
「あいつ待ってる間は、振り付け作ってるから!」
なんというか、僕には感無量な部分がある。Necoroさんが今所属している事務所は、弟の事務所で、僕が紹介したものだ。それが今のNecoroさんの一部になっている気がする。
「他の人は今どうしてるんですか?」
アリアン・アルトの全容が把握したくなった僕は訊ねた。
「作曲中だよ! あ、そうだリンちゃん! 今度新メンバー紹介したい! 作曲者の、Phantomsonii! また、面白いヤツなんだ!」
後で見た話、僕が海外に行っている間にGhowlさんとカップルになったそうだ。二人揃って中性的で、男性同士にも女性同士にも見えてしまう。実際は、Ghowlさんは男性で、Phantomsoniiさんが女性だそうだ。だけど、二人とも言ってくれないとわからない。外見も声もピッタリ性別の中央だ。
ついでに、GhowlさんはPhantomsoniiさんにかなり甘える性質。Ghowlさんがちょっと可愛かったのである。
「是非、紹介してください!」
だが、実際に紹介してもらうための時間が取れるのは結構先の話である。
「うい! ……って、ごめんね桜っち。ちょっと、話しすぎちゃったね!」
よくよく考えると、何故か仕切っているのはNecoroさん。コミュ力お化けだし、仕方ないけど……。
「あ、全然です! 蒼は、リンちゃんに憧れたんです! 憧れの人の話はいっぱい聞きたいです!」
そんな風に言われては、僕も誰かの憧れ足り得る人物として頑張らなくてはという気分になる。頑張っている自覚は、秋葉家に来てから一度もしたことがないけど。
「では、私が……」
ノリノリなのは唄さん。
「唄姉さんの語りはお断りです! だって、神話みたいに語るんですもん!」
即全否定をくらって、しょげた。
こうして、レッスンが始まる。桜さんの歌は……決して下手ではないけど、普通だ。歌うま勢にはちょっと食い込めないと思う。
でも、レッスンを始めた頃の動画を見たけど、そこを基準に考えるとかなりの成長だ。毎日一回は同じ歌を歌い、その録音をつなぎ合わせて最終的に成長の軌跡として公開する計画がある。課題曲は……僕のファーストアルバムに収録されたWindWalkだった。
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