第228話・仮想の玉座
日本で見ることになるとは思わなかったのである。ベルトパーテーションとレッドカーペット。それでも、それは目の前に広がっていた。
「ここで、オワカレ……。サヨナラ……」
何度も何度も、Mikeさんは別れを惜しんだ。寂しいのは理解するけど、大げさだ。だから、僕は笑顔で、そして大手を振って……。
「またね、です! See you AGAIN!」
強調して、言った。
「いつまでも、メソメソないの! 今生の別れじゃないんだよ!」
満さんもそう言って苦笑い。僕達は、その場所で本当に別れた。
Mikeさんは、今度はグアムで撮影があるらしい。僕達は、そのまま日本へ入国だ。橙の太陽に背を向けて、ママと手をつないで。
必要性を感じなかったベルトパーテーションの必要性は、すぐに僕が理解することになる。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
入国審査を終え、ゲートから国内へ。これで、ようやく日本に戻ってきたのだ。
開かれるゲート、左右には国内ファンの海が出来ていた。
「え!?」
圧倒された。みんな、僕たちに手を振っている。
僕のあずかり知らぬところで、日本国内にも大事変が起きていたのである。
帰国と同時に僕には新しいあだ名がついた。それが……。
「Utubeの皇帝!」
で、ある。鈍化した、チャンネル登録者数増加速度。それでもなお、一定以上の速度では増え続けていた。そこにダメ押しの如く、BGT優勝が重なる。既に放映されている国では、僕のチャンネル登録者数増加は飛躍的に加速した。
超えたのである。チャンネル登録者数三億人。それは、前人未到の巨大チャンネル。知名度の怪物たちを薙ぎ払い、僕はその頂点に立ったのだ。
レッドカーペットの向こう側から、二人の人物が歩いてくる。片方は、相からずちょっとガラの悪い孔明お兄ちゃん。そして、もう片方は確か……JNコミュニケーションの中村さん。つまり、取材会社の人だ。
「よう、皇帝! この人が、お前の話を聞きたいらしい。謁見可能か?」
いつだか、NANAMIさんに言われた聖上という敬称。それに、僕のほうが追いついてしまうなんて考えていなかった。
「え!? いや……皇帝って……。中村さんだったら、取材はお受けしますよ!」
彼とは、少なからず縁がある。おかしな人ではないし、取材はやぶさかではない。だけど、皇帝という呼称はいささか気恥ずかしいものがある。
「名前まで覚えててくれたんですね! ありがとうございます! では早速、秋葉リン様は、チャンネル登録者数世界一位を達成されましたが、今のお気持ち一言だけ頂戴できませんか?」
こっちを気遣って、一言だけなのだろう。それでも、日本最速で一言は欲しいのだろう。
「一言なら……。生まれ変わったみたいですね……」
本当にそうだ。これまで何をやってもダメだった僕は、この一年と少しは徹底的に報われた。逆に、何をやっても報われたんだ。
「ありがとうございます! こちら、世界一位となったことと合わせて、メディア各社にお伝えしてもよろしいでしょうか?」
僕は、それでもいい気はするけど……テレビには痛い目に合わされている。
「もしも、リン君を貶すような事があったら、わかってるよね?」
「秋葉家は誰が相手でも決して負けねぇぞ……」
満さんと、孔明お兄ちゃんの視線が急激に鋭くなる。だけど、中村さんは負けじと悪い顔になった。
「知ってます? ウチ、ネットニュースにも顔が聞くんですよ。悪意的な報道があったら、ほかのメディアに対して口を滑らせるかもしれません……」
それはもう、悪巧みを得意とする孔明お兄ちゃん寄りの人物に染まってしまった気がした。
「頼むぜ……いい感じに滑らせてくれ」
「もちろんですとも!」
さながら、悪代官と悪徳企業だった。
「大丈夫かな?」
僕はちょっと不安だったけど……。
「大丈夫だ!」
孔明お兄ちゃんが言えば、それは大丈夫なのだ。ところで、孔明お兄ちゃんのどこがものぐさなのだろう……。それは、あとで判明することだった。
「さてと、ママにリン! 秋葉家の本社ビル、見たくないか?」
着工してから、結構時間が経った。
「もしかして……」
「完成してるの!?」
僕のセリフの半分は満さんに奪われた。
でも、ぜひ見たい。旅の疲れなんて、そう思った瞬間に吹き飛んだ。
中村さんは、日を改めて僕たちの休息が終わったあとに再度取材に来てくれるそうだ。ついでに、秋葉家本社ビルの情報も渡すという話も出た。
とりあえず、今日のところは本社ビルに直行することになったのである。
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