第198話・Dissociative
一先ず、秋月満という人物を二人に分けて考えてみる。現在表出している幼い頃の満さんと、普段の満さんだ。幼い頃の満さんの話したみっぽという人物、また両親のこと。それを普段の満さんは一切話さない。普段の満さんは、その三人の記憶を持っていない可能性がある。
そして、彼女は孔明お兄ちゃんと文お姉ちゃんについては、よく知らないと表現した。このことから、普段の満さんから彼女に対して記憶の共有がなされていることが分かる。ただ、それは完全な共有ではないと思われる。
閑話休題。
今日は仕事どころではない。幸い、イギリス滞在日数に対して、滞在中にこなすべき仕事は少ない。余裕だらけであり、半分はただの観光に充てられる。
「ちょっとだけ待っててもらえる? 僕、一緒に来てる人と話してくるから」
目下最大の問題は、彼女をなんと呼ぶべきかだ。彼女は僕の情報を持っていて、僕は一方的に彼女を知らない。
多重人格……と、呼んでいいのかすら不明だ。専門家ではない僕としてはそう感じているが、そうであると断言はできない。とにかく、接し方が全くわからない。暗中模索もいいところだ。
「行っちゃう……?」
それは、とても不安そうな表情だった。
仮説……彼女は、人が離れることに不安を持っている。
「やめた。こっちに呼ぶよ」
なら、僕が離れるのは悪手なのかもしれない。だから、僕は行動を変える。
今できるのは、反応を見て行動を選択することだけだ。
「いいの?」
心なしか、表情が和らいだ気がする。
「もちろん!」
僕は、全てにおいて秋月満を優先する。
ふと、頭のどこかで何かの思考が急にまとまった。二つの情報が、何の前触れも無くつながったのだ。彼女がであったことのある人物、それが博お兄ちゃん。そして、普段の満さんは博お兄ちゃんを頼った時だけ、偶発的な遭遇だった。
この符号が何を意味しているのか僕にはまだ理解に足る材料が足りない。
「えへへ、ありがと!」
ただ、今は彼女を徹底的に守らなくてはならないのだろう。
「電話するから、ちょっと待っててね」
僕はそう言って、枕元から携帯を取る。
「うん!」
目に見える範囲にいるからか、満さんは素直に応じてくれた。
1コール、最上さんが電話を取るまでに要した時間である。
『リン様、おはようございます。どういったご要件でしょうか?』
なんと話すべきだろうか……。全部正直に話していいのだろうか。
いや、彼も秋葉家の一員である。それを信用しないのは、僕たちのこれまでに嘘をつくことになる。
「トラブルを引き起こし、仕事ができない状態を作ってしまいました。申し訳ありません」
とはいえ、言葉は慎重に選ばなくてはならない。今はママにも声が聞こえている。
『それは、精神の問題ですか?』
紙をめくる音と一緒にYESとNOの二択、聞かれても問題がない質問を最上さんがくれた。
「はい」
普通の人間がここまで察しがいいとは考えられない。とすると、裏に孔明お兄ちゃんが居る気がした。だけど、孔明お兄ちゃんはきっと全てを把握しているわけではないだろう。可能性を考えて用意されたフローチャートである気がした。
『では、リン様自身の精神の問題ですか?』
全く、どれだけの可能性を考えるのだろうか……。孔明お兄ちゃんの、まるで運命を操るような知略の片鱗が見えた気がした。
「いいえ」
問題が起きるのは、二択だ。僕か、満さんか。
この質問で、最上さんは、満さんの精神の問題であると言う情報を入手した。
『では、私は、秋葉博様と連絡を取ります。一先ず、仕事は後日に回す手配をします。猶予は、一週間は確定で確保可能と思って安心してください』
淡々とした言葉ではある。でも、それは最上さんの本質的な性格に起因するものだ。仕事は私情を挟まず完璧に。内容を噛み砕けば、それがこちらを最大限気遣ってくれていることは誰でもわかる。
「本当に申し訳ありません」
『いえ、孔明様はもともと今日からしばらくは、いつ行ってもいい予定で編成していました』
それに関しては、ちょっと引いた……。いくらなんでも、人外だ。でも、そのおかげで、僕は肩の荷が降りた。
日にちが決定されている次の予定、それまでに問題をなんとかしなくては……。
「あはは……」
『孔明様は、本当に凄まじいですね。名に違わぬ方です』
「ええ、本当に」
『と、今日は満様に寄り添うようお願いします。これにて』
「はい、失礼します」
僕たちは電話を切った。
「リン君、終わり?」
「うん、終わりだよ」
「やった! じゃあ、ママお外行きたい! お買い物!」
とりあえず、今日は全てを彼女のために……。
「うん、一緒に行こう! でも、まだダメだよ。早すぎるからね」
「はーい!」
問題だらけだ。でも、何とかするしかない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます