第195話・Quaterfinals

「They also singing a song of booing today. How can you believe in a mask that's not absolute?」


 僕は歌う、このおせっかいに陰鬱な感情を乗せて、静かに……。

 仮面は人の攻撃性を浮き彫りにする。だけど、仮面は剥ぎ取られることだってあるのだ。


 テレビの一件、僕を攻撃してきた人はいっぱいいた。腹が立つよりも心配になった。開示請求が通れば、匿名性は簡単に消え去る。消え去っても大丈夫なことを言って欲しい。それなら、そもそも消え去ることなんてないのだ。


「I know what you want to say. Because it's hard to live. Can't even say that. I want to

say poison that!」


 ちょっとしたパロディを含むこの部分の歌詞は、多くの年代の人に伝えることが目的だ。

 わかっている。僕だって生きることが苦しかった。暴言だって、腐るほど吐きたかった。でも、何かを言ったら死が確定するかもしれなかった。それがよかったのかもしれない。


「But it didn't have to be directed at people. I don't know where to say. Do you want to use words to hurt? Do you want to kill someone?」


 暴言を吐きたい気持ち、それをどこに捨てればいいかなんて、僕にはわからない。ただ、それは産業廃棄物と一緒で、間違った場所に捨てれば、人を殺してしまう。

 傷つけるための言葉は、心を直接蝕む病原体だ。それに過剰反応した心は、咳き込むようにまた、傷つけるための言葉を吐く。


「I can't tell you to endure. I don't know what to do. I'm helpless sings a song」


 だから、誰か、どうしたらいいか教えて欲しい。この不安な気持ちを取り除くワクチンを誰か作って欲しい。

 そんな歌を歌うなんて、僕は本当に無力だ。

 合作。これは、僕とRyuお兄ちゃんの合作の歌だ。僕一人だったらこのメロディーラインはなかったし、日本語だった。英語の、このメロディはRyuお兄ちゃんが作ってくれた。僕は、歌詞の原案だけ。


 伴奏が終わり、全ての音が消え失せる。

 一拍おいて、観客たちは次々と席を立つ。審査員の人たちも、シモンさんでさえ。

 審査員席のすぐ後ろの席に座っていた最上さんは、立ち上がったあとマイクを取った。


『リン。まずは見てくれ。これが、君の歌った結果だ』


 シモンさんはそう言いながら、観客席指差す。スタンディングオベーション。さっきまで音一つ立てなかった観客たちが、今は割れんばかりの歓声を上げている。喉が枯れるのもお構いなしだ。


『素晴らしい! なんでだ!? なんでここにGBがないんだ!?』

『落ち着けデイビット。あったとしても、君が押すことはない。私が押すからだ!』


 と、シモンさんはなぜか誇らしげに言い放つ。それが、少しおかしかった。


『厳しくするって言ったけど、パーフェクトに批判の言葉を見つけるなんて無理よ。あなたの歌を批判する言葉は、誰にも見つけることなんてできない。素晴しい!』


 厳しくすると宣言していたリーシアさんは、手のひらを返してベタ褒めだ。

 照れくさくて、そして、嬉しくて、一言をひねり出すだけで精一杯だった。


「Thank you」


 でも、もうちょっと英語も勉強しようかと思う。どうせだったら、海外のファンの人とも雑談をしたい。


『正直、度肝を抜かれたよ。シモンのお気に入りが、素晴らしいダンサーの後と聞いて彼に一泡吹かせられると思ったんだ。だが、吹かされたのは、こっちだったね。最高!』


 デイビットさんは言わずもがな。GBがないことを悔しがるに足る評価をくれた。


「Thank you!」


 次に、アマンダさんが僕の歌に感想をくれた。


『その外見があって、その歌唱力があって……。逆に、あなたは何を持っていないの?』


 それは、人格肯定。存在そのものを褒めてくれるような言葉だった。でも、僕には決定的に持ち合わせていないものがある。それを、英語では伝えられない。


「運動神経です」


 最上さんが、それを翻訳して、会場には笑いが起きた。


『いや、すまない。みんなが笑ったのは、馬鹿にしたわけではないだろう。だって、君が運動神経を持っていないのは、あまりに可愛らしすぎる。私は、勝手に君に期待して、その期待を勝手に超えられた。陰鬱な歌はあまり好きじゃなかった。だけど、screamは大好きになったよ。ネット社会を盛大に皮肉ってみせた。とてもNiceだ!』


 シモンさんが喜んでくれて、僕は安心した。シモンさんが喜んでくれなかったら、今回は失敗だったから。


「Thank you」


 みんな、褒めてくれた。成功して、本当に良かった。肩の荷が、ごっそりと降りたような感覚だ。


『結果は見えているが、投票だ!』


 シモンさんが、審査員を仕切る。


『YES! 神に誓ってYES!』


 両腕を振り上げながら、デイビットさんは全身で表現してくれた。


「YES! Perfect! Excellent!」


 リーシアさんのそれは、翻訳されるまでもなく理解することのできる英語だった。


『YES! もちろんYES!』


 アマンダさんは微笑んで、力強く言ってくれた。


『私の答えはわかっているだろう? 君に、四つと三千のYESを!』


 シモンさんが、そう締めくくった。

 その場所に、僕にNOを突きつける人なんて誰もいなかったのである。

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