第161話・変狂伯

 待機人数、15万人。そして、僕の同時視聴枠の接続人数が82万人。他にも秋葉家の同時視聴枠があることを考えると、実質的な視聴者数はミリオンを達成しているはずだ。


 これが、今回僕達秋葉家……この場合本家と呼ぼう。その本家が初配信(大嘘)を行った二つ目の理由だ。僕たちは漏斗、春風家に視聴者を全力で流し込んだのである。


『聞け! 皆の者! 我が名はナイト・スプリングウィンド辺境伯! 集いし領民たちよ! 我が即位を祝福せよ!!!』


 新人Vtuberにあるまじき視聴者が見守る中、春風家はその産声をあげた。

 同時に、伯爵の初配信の接続人数が爆発的に増えていく。コメントをするためだけに、その放送に流れ込んでいく。


 これが、孔明お兄ちゃんと文お姉ちゃんの立てた戦略だ。春風家に流れ込みやすくするための、トップバッターが伯爵。

 それは、一種の一体感を作り上げる演説のような初配信。漏斗の向こうにあるのはただの容器ではない。自ら吸い上げる力を持った、真空のボトルだ。


銀:伯爵ー!

婆ショック:閣下ー!

ハンッ!すぅ~:ナイト卿!

さーや:領主様!

武吉:元締め!!

たたら:地主様!!

くもり:お得意様ぁ!!!


 そのコメントを惹きつける能力の根幹は勢いの起こしやすさだ。伯爵と言うのは、いろんな呼び方がある。貴族社会の全盛期、中世に立ち返ってみれば、貴族は経済の中心だ。それを利用して、自分の推しの放送主と伯爵をつなぐ呼び方をしてもらったのだ。


 結果、それは強烈なノリを生み出した。視聴者も本家も巻き込んだ、大規模な悪ふざけである。


『諸君、我が愛すべき諸君は何を名乗りたい!?』


 そして、その悪ふざけに伯爵はどんどん燃料を投下していく。

 炎上のような勢いを、伯爵は手に入れた。

 そして、その問い掛けはもはや答えが決まっている。


かえで:領民!

初bread:領民!

夜告鳥:領民!


 先ほどとは打って変わって、コメントはとてつもない一体感を伴った。


『ならば諸君はこれより、我が領民だ! 努々忘れるなかれ、わが愛が尽きることなどないということを!』


 もはやそれは、初配信というより演説だ。そして、これがオンラインでなかったらきっと大変なことになっている。

 コメントが流れる速度がとてつもないのだ。そして、その多くが歓声なのだ。

 もし、これが現実に起きたことなら、天を衝くばかりの音が鳴り響いていただろう。


『では領民諸君、領民としての初仕事だ! この集いに名をつけよ!』


 声もよく、そしてよく演じる。伯爵は視聴者を自分の空気で飲み込んでいた。それはまるで、新たな辺境領を開拓するかのよう。まるで、フロンティアスピリッツに日を点けるかのような。


虎太郎:法務官来訪中!


 そこに、いい具合にカゲミツお兄ちゃんの視聴者がノってくる。


『待て! 我は決して法に背いておらぬ! 王家に尽くしているのだ! ……賄賂はいかほどか?』


 それをさらに伯爵が飲み込んで、自分の世界観に落とし込む。

 ……新人だった気がするけど……。


隆勝:それじゃあ、俺たち海賊が震え上がっちまう! ここはだなぁ……密会だぁ!

さーや:それだと一般領民が困るっしょ! ここは、お茶会一択!

ハンッ!すぅ~:それだと、どっちかというと令嬢ですよ。ここは、社交界でいかがです?

たたら:着ていくドレスがありません! ここは、戦争準備で!


 物騒な意見も出るし、候補に入れたくなるような意見も出る。今回は意見が割れたのだ。

 しかし、ギャルな領民が居る辺境領地とはなんなのだろうか……。


『ふむ、どれも劣らず良い意見だ! だが、それを参考に我は考えた! 題して、はくしゃんぽである!』


 堂々たる伯爵のドヤ顔。だけど、コメントは止まっていた。それは、あまりに平凡だったのだ。だって、単純に伯爵と散歩を混ぜただけだ。

 これはいわゆるPONだ。


『ふふっ、感動に言葉も出ぬか……。浮かぶであろう? 市井を回る、我の姿が……』


 伯爵はドヤ顔とPONに追い打ちをかけた。

 僕は思わず、頭を抱えた。


かえで:おい、畑茂ってんぞ……

たたら:今年は、雑草被害が甚大だなぁ……


 笑っていることを表現する「w」や「草」それが、伯爵領民の間で加工された。そして、最終的に採用されたのが雑草被害である。


『ぬ!? 雑草……。税が……』


 それに伯爵が乗っかってしまったから、もうどうしようもない。


虎太郎:あのぉ……今年の税……どうなってます?

義忠:仕方ねぇ、海賊行為で稼ぐか!

婆ショック:これは孔明もお手上げの赤字経営……

夜告鳥:毎秒備蓄を解放すると聞いて!


 最初は立派な領主様風だったのに、どうしてこうなったんだろう……。


『仕方あるまい! 備蓄を解放せよ! そして、我がファンアートも売り払え!』


 その言葉がきっかけで、ファンアートタグが決定される。


くもり:シンプルにファンアート=肖像画


 そのコメントに、視聴者たちが賛同した形だ。売り払われるし、描かれなそうな気がしてしまう。そもそも、衣装が凝りすぎてて書きにくそうに思えた。


『うむ! シンプルながら、ベストアンサーである!』


銀:でも、売り払うんでしょ?


『領民よ! 描くのだ! それを売って、なんとか凶作を凌ぐのだ!』


 とんでもないポンコツ領主誕生の瞬間だった。家督……奪ったほうがいい気がする。

 春風辺騎、チャンネル登録者数85万人。普通なら、何回か記念配信を起こすレベルの視聴者を、伯爵は一日で得た。でも、これは勢いで得たファンだ。維持できるかどうかは、伯爵の実力次第。

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