第130話・影の軍師

 放送を終え、ツブヤイッターに謝罪メールのスクリーンショットを投稿した。


 ママ曰く、これでひとまず様子を見るのがいいらしい。


 どうにも、今回はママ一人で動いている気がしない。冷静すぎる。


 秋葉家は東京に拠点を構えている人も多いが、そうじゃない人も当然いる。人口の多い東京には、才能を持つ人間は確かにたくさんいる。でも、地方にだって当然いるのだ。


 そういえばなのだが、秋葉家の炎上についてはネットでいくら検索しようと情報がない。まるで、秋葉家全体が本格的な炎上を経験したことがないみたいなのである。


「ねぇ、ママ。秋葉家はどうして、炎上しないの?」


 となれば、それは当然気になるところ。僕は、防音室を出るとそれを最初に尋ねた。


「秋葉家に一人だけ、ゲーム配信してる人がいるっていうのは知ってるよね?」


 その人の話は、ママの家族自慢で聞いた。秋葉亮孔明さん。


 ゲームでは、ほぼ負け無しなのに、ゲームの操作はとても下手らしい。というか、反射神経が本当に鈍いという噂なのだ。


「うん!」


 ともかくとして、僕は彼を知っていた。孔明お兄ちゃん。通称、『おのれ』。


「実はね、秋葉家で一番頭がいいのはその子なんだ。でも、正直何やってるかすらわからない。でも、炎上してないのは多分孔明君のおかげなんだよね」


 その名前は、三国志に登場する天才軍師、諸葛孔明に由来している。


「すごいんだ?」


「ものぐさな子だけどね。でも、本当にいざとなる寸前に全力を出すんだよ」


 その、孔明お兄ちゃんを自由にさせているママもすごいと思った。


 そんな頭脳を持った人間がいたら、利益のために利用したくなるのが普通だと思う。だけど、ママはそれをしていない。ただ、のびのびと自分の活動をさせているだけだ。


「他には何か言ってた?」


「うん。ちょっと怖いこと言われちゃった。秋葉家の変革の時期が来るんだって。それで、結末は私に委ねられちゃってるらしいの。でもね、どんな選択をしても秋葉家は存続するっても、言ってた」


「ママの選択かぁ……。何か手伝えるなら言ってね! 僕、ママのためならなんでもするから!」


 その思いは、ママに拾われたあの日から変わらない。本当になんでもするつもりだ。それこそ、命を投げ打ったって構わない。でも多分、ママはそんなこと望んでくれない。


 だから、僕は安心して、ママに全てを委ねることができる。


「そんなこと言っちゃダメ! 変な人に利用されちゃうよ?」


「ママにしか言わないから、大丈夫!」


 そう、なんでもはママだけだ。できないことだって、なんとしてだってママのためならやり遂げる。


「そっか……」


 話は一段落を迎えた。


「じゃ、僕は久しぶりにエゴサーチしてるよ……」


 雑談ライブというだけあり、今日のライブは少し短く終わった。だから、昼食の用意を始めるにも少し早い時間だ。


 僕はこのところ忙しかった。だから、ろくにエゴサーチが出来ていない。エゴサーチは防衛策にもなりうる。自分の評価を確認して、炎上傾向があるかどうかがわかる。


 孔明お兄ちゃんのいる秋葉家では、それはあまり意味ないかも知れないけど。


「うん! じゃあ、ママはリン君の新衣装を作ってるね!」


「え!? まだ作るの?」


 秋葉リンの衣装は既に10種類以上ある。普通のVTuberで、こんなに衣装差分があるVTuberはいないだろう。


 原因は二つ。モデラーたるママに愛されていること。衣装の資料が豊富であること。特に資料の豊富さが、僕は他のVTuberに比べて桁違いだ。なにせ、僕はclockchildの衣装をVTuber活動に利用できる。clockchildの衣装をそのままモデルに反映させても文句を言われないどころか喜ばれるのだ。


「だって、いろいろ着せたいし……」


 変革の時期が迫っていると言われたのに、能天気なものである。でも、それは孔明お兄ちゃんへの信頼なのだと僕は思う。


「あっ、そうだ! 言い忘れてたんだけど、僕いつの間にか声変わりしてたんだ!」


 それをつい今まで忘れていた。忙しいのもあったけど、印象が薄かったのだ。


 だって、それを実感したのはシズクさんとの収録中だ。普段の声は変わらないし、高音域も普通に出せるまま。だから、変化自体も小さく感じた。


「え!? でも普段の声変わらないよ?」


 僕は、声を低くして言う。これまで出なかった音域を出した。


「こんな声、出るようになったんだよ……」


 ちょっとだけ、格好もつけた。これで、ちょっとはママに男として意識してもらえるかと思って。


「可愛い! 男の子って感じの声だね!」


 でも、残念ながら男には至れなかった。男の子で止まってしまう。


 だって、結局アルトぐらいの音域だ。合唱では女声に分類される音域である。僕の声帯はホルモン治療を経てなお、女の子なままなのだ。


「うん、わかってた……。わかってたよ……」


 その事実に僕は僅かに打ちひしがれるのだった。


「Ryu君にも報告しなきゃね! あと、博君にも!」


 それはそうだと思う。Ryuお兄ちゃんにとって、歌い手の音域は作曲に影響を及ぼす要素だ。


 博お兄ちゃんはお医者さんで、経過観察が必要なのである。


「あ、あと、視聴者さんだ!」


 それも忘れてはいけない。特に里奈さんは僕の声変わりを楽しみにしていた節があるから。


 そんな会話が終わって、僕はようやくエゴサーチを始めるのだった。

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