第127話・憧れたり得る

 後日、人狼の動画が、関わった全VTuberのチャンネルに登録された。


 それと同時に、僕の元には二通のメールが届いた。


『カサ・ブランコ動画編集担当より、秋葉リン様へ。

 前回は大変お世話になりました。

 我々、動画編集担当は撮影いただいた動画データを元に動画を編集し発表することを目的としたカサ・ブランコの内部組織です。

 送られてきた、編集前のデータをみて、我々一同驚愕いたしました。企画担当の暴走をしっかりと監視していなかったを心より深くお詫び申し上げます。

 改善策と致しまして、カサ・ブランコに新たな内部組織、心理衛生管理担当を設立することをお約束いたします。

 いくらお詫びしても、お詫びしきれないことは承知の上。可能でございましたら、今度お詫びに伺わせて頂き、心理衛生管理担当の設立時にも挨拶をさせていただければ幸いです』


 この日本には、様々な企業があることは知っている。その数多ある企業の中でVTuberと言うのは歴史が非常に浅いビジネスだ。だからこそ、組織は未発達で、必要となる人材すら完全に把握しきれていないのは当然のことだろう。


 その上で、カサ・ブランコの対応は早い。そして、過剰なほど再発防止に努めていると言ってもいいだろう。


 もう一通のメールは同カサ・ブランコ企画担当からのメールだった。内容は、またしても謝罪。動画編集担当からの指摘で、今回の企画が余りにも人間の心理を無視したものだと気づいたという内容だ。


 そのメールにはこう、付け加えられていた。


『今回の企画につきまして、秋葉リン様に与えてしまった心理的苦痛は、チャンネル登録者数の増加をもって償わせていただきたいと考えております。我々一同、深く反省し、新しく設立される心理衛生管理担当の監視の下より良い企画立案を目指してまいります』


 なんとなく、カサ・ブランコという会社がわかった。急造の会社で、まだ会社内部での連携が甘いのだ。それは今後強化されていくことになるだろう。


 ママはまだ、僕の出演した人狼の動画を見ている。非常に長い動画だ。再生時間は二時間を越える。


 今、一番心配なのはシルフェさんだ。僕はなんだかんだ言って、大丈夫だ。きっと、命の危機なんて感じたのが、人狼で三回目だったからだろう。ドッキリだったと分かってしまった今、それはトラウマなんて深刻なものじゃない。笑い飛ばせる程度のものだ。


 だから、僕はシルフェさんにLineを送った。


『シルフェさん。撮影お疲れ様でした。撮影から一夜明けましたが、お変わりありませんか? 今回、ご連絡差し上げたのは謝罪のメールがシルフェさんにも届いていることを確認するためです』


 ちょっとだけ、緊張してしまって、少し味気ない文章になってしまったかもしれない。


 麗清さんに送らなかったのは、彼が多分仕掛け人側の人間だと思ったからだ。麗清さんはあの時、キャラクターを貫いていたからだ。先に知ってたのはずるい。だから、ほんのちょっとだけ仲間はずれにしてやるのだ。些細な仕返しである。


 もちろん、麗清さんからコラボに誘われても断る気はない。別に、嫌っているとかそういうわけではないのだ。でも、イマイチ絡みづらい気はしている。だって、僕と麗清さんはジャンルが違うから。


 数秒後、シルフェさんから返信が届いた。


『話したい』


 ただそれだけ。


 でも多分、それは、通話がしたいという意味だろう。


 少しは緊張した。だけど、僕は意を決して、シルフェさんに通話をかけた。


 1コールが終わらないうちに、シルフェさんは通話を取る。


『もしもし……』


 相変わらず、少し寡黙気味な印象を受ける声。だけど、それはどこか嬉しそうにも聞こえた。


「もしもし、シルフェさん。謝罪メールは届きましたか?」


『届いた……』


 質問に、端的な答えを返されてしまう。こういった人を相手に話すのは初めてだ。


 というか、この性格で、特にキャラクターも作らずにVTuberをやっているというのだから驚きだ。


「シルフェさん。大丈夫ですか? すごく、ハードな企画でしたけど……」


 僕が一番心配しているのはそれだ。目の前で人が死んだと、僕たちは思ったのだ。トラウマが残ってもおかしくない。


『大丈夫……。でも、登録者が増えなかったら許さない……』


 でも、それも安心だ。そもそもVTuberなんていつ炎上するかわからない仕事だ。図太くなくてはやっていけない。そういう意味で、シルフェさんもVTuberに必要な才能がちゃんとあるのだろう。


「良かった……」


 二の句はあったけど、それを遮ってシルフェさんは言う。


『でも、許してもいいかも知れない……。リンとこうして、通話できてる……』


 そういえば、シルフェさんは僕に憧れている。そんな事を言っていた。


 面と向かって言われるのは恥ずかしいし、未だに憧れを受ける側になっただなんて信じられない。でも、僕は世界一のVTuber。そろそろ、自覚しないといけないのかもしれない。


「もう! 照れるじゃないですか……」


 でも、今はまだ、それを受け取る準備なんて出来てない。僕はまだ、VTuberを初めて一年もたっていないのだ。


『でも……リンはすごいから……』


 どこか心酔したような響きがあった。


 本当に、あっという間だった。デビューからここまで、びっくりするほど早かった。


 だれかの憧れ足り得る人物なんて、絶対なれないと思っていたのに……。

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