第83話・燻り続ける
「さて、配信やろっか!」
「そ、そうだね……」
三人を見送ったあと、ママと立花お姉ちゃんが口裏を合わせたように言った。
『じゃあ、僕は隣の部屋で見ていますね! 頑張ってください!』
当然、声の出ない僕に居場所なんてないと思っていた。
だが、二人はさも当然のように声を揃えていった。
「「(しゅ、)主役はリン君だよ?」」
『え?』
声を出せない僕がどうやって配信をするというのだろう。そもそも、僕が声を失ったことは7ちゃんねるで既に知っている人が居るはずだ。ネット社会の現代では情報は瞬く間に拡散されている。だから、きっと、それを知る人は少なくないはずだ。
だとしたら、声の出ないVTuberの配信など、来てくれる人が居るのだろうか。
そもそも時間も早い。まだ午前だ。いつもの配信時間ですらない。
だが、あれよあれよのうちに僕は、防音室の配信席に連れて行かれてしまった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ママが押す、僕のチャンネルの配信開始のボタン。
立花お姉ちゃんは途端に雰囲気を変え、Ryuお兄ちゃんになった。
「みんなー! 来てくれてありがとう! 今日は、リン君の代わりに」
「俺たちが喋るぜ!」
なんだかもう、どうしたらいいのかなんてわからない。待機時間なんてない、人なんてこないはずだった。
デデデ:リン君おかえり。帰ってきてくれて本当に良かった
銀:リン君復活! リクエストいい?
Alen:来ちゃったぜ! 何、弾いてもらおうかなぁ……
里奈@ギャル:待ってたよ! 心配した!
ベト弁:ヴァイオリン祭りだー!
お塩:いや、ギター祭りだろうが!
コメントは指数関数的に増えていく。なのに、誰も僕の代わりに二人が喋ることについて触れなかった。
「おう、リクエストしちまえ! っくしょ、ウチでやりゃよかったなぁ……他にも楽器あんだけどなぁ……」
「でもRyu君の家はマイク二つないじゃん?」
「う、そういえば……」
二人の会話も聞いてるだけでも楽しい。
だけど、ここは僕のチャンネルで、視聴者さんたちは僕を求めてた。
次々と投げられる、リクエスト。歌のない楽曲だったり、わざわざインストゥルメンタルを聞きたいと付けられて。
僕の声が出ないことを、視聴者さんたちは既に知っていた。だけど、それに触れない。
そもそも、来てくれたのだ。声を出せないVTuberのライブに。
証明だ。僕の価値が声だけじゃないことをママは証明してくれたんだ。
応えたい。
精一杯の演奏で、僕は応えたい。
悲しい音も、楽しい音も。全部声の代わりに楽器に乗せて。
「お、それやるか! MalumDiva、ギターアンドヴァイオリンの即興セッション!」
それは、今や僕の歴史が詰まった曲だ。
「どっちやる?」
ママが両手にギターとヴァイオリンを持って来る。
「普段弾き語りだから、リンはギターメインだろ? 今日はヴァイオリンやってみろ!」
何度も裏で弾いている。MalumDivaは僕の一番好きな曲だ。だから、楽譜なんてなくても、弾ける。それに、Ryuお兄ちゃんの家でも弾いた。そのときは、ヴァイオリンとピアノか、ギターとピアノだった。
バイオリンとギターは初めてだ。
「リン、行くぞ!」
そう言って、Ryuお兄ちゃんはギターを三回軽くたたく。
Ryuお兄ちゃんの弾き方は、僕の弾き方に近かった。コードの伴奏とドラムのリズムを刻む。いつの間に、できるようになったんだろう。前はできないって言ってたのに。
驚いている暇もなく、僕はそこにメロディーを載せていく。ヴァイオリンの音は本当に表現豊かだ。
楽しい。
歌いたい。
でも、歌なんてなくても楽しい。
それでも、歌も歌いたい。
「N――。d――。me――」
無意識に開いた口は、声にならない声を発していた。でも、音程は正しい。声量だけが足りない。
焦って演奏が走る。その度に、Ryuお兄ちゃんがスラムの音を強く出して、リズムを直してくれる。
それは、僕から少しずつ焦りを奪って行ってくれた。
演奏が終わると、コメントに拍手の嵐が起こる。
「リン、さいっこぉだ!」
Ryuお兄ちゃんは最高のさらに上をこの言い方で表現する。だけど、少しだけお世辞だと感じた。
ベト弁:ワシが
バッバ:ずるいぞベト弁
初bread:カラーロの時は負けない!
そんなちょっとした喧嘩も始まる。
視聴者数は減ってない。走ったり、つまづいたりしていい演奏じゃなかったのに、最後まで聞いててくれたんだ。
ヴァイオリンを置いて、スケッチブックを取る。
そこに、こう書き込んだ。
『もう一回。次は、焦らないから』
それに、Ryuお兄ちゃんは満面の笑みで答えた。
「おう!」
そして、演奏はまた繰り返す。
今度は走らない。今度は、声が出ないことも受け入れて。
あぁ、なんて楽しいんだろう。
出ない声で歌う。声が出ない分も、思いを楽器に乗せる。
ベト弁:安物のヴァイオリンが歌ってる……
里奈@ギャル:なんでかな……涙が溢れてくるよ……
銀:歌姫は健在だ……
さーや:ヴァイオリンってこんな音も出るんだ……
演奏が終わったあと、流れたのはそんなコメントだ。
僕のヴァイオリンは僕の代わりに歌ってくれたのだ。
「リン……。もうどう表現していいかわんねぇよ……。ともかく、さいっこぉだ」
今度はお世辞だなんて感じさせる余地はなかった。その表情は、今にも感動で泣き出しそうだったから。
「リン君……本当に、上手になったね……」
でも、ママはもう泣いちゃってた。
本当に、ママはすごい。僕一人だったら、二度と声なんて出ないって諦めてたのに。なのに、諦めさせてくれない。それでいて、焦らせてもくれない。そんな場所に、僕を引き込んでくれた。
Ryuさんもすごい。僕が焦った時におしえてくれる。まるで、一緒になって歩いてくれるみたい。
もう迷いようもない。
再び声が戻るその時まで、僕はこのヴァイオリンで歌う。
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