第16話・邪教のアリア

『よぉみんな! 集まってんな!? 始めんぞ! バイブス上がってるか!? 俺は最高潮もいいところだ! それもこれも、末弟のせいなんだ! まず聞きやがれ、天使のソプラノををよぉ!』


 Ryuさんは、口調がとても攻撃的な気がする。Ryuさんのモデルも金髪の不良みたいで、ちょっとだけ怖い。


ベト弁:よう! 天使のソプラノとか期待MAXだが大丈夫か?

バッバ:Ryuが天使とか言ってるのは初めて聞いたよ。期待していいんだね?

初bread:Ryuの作曲枠と聞いて!


 Ryuさんの枠の視聴者層はみっちーママと大きく異なるみたいだ。だって、コメント欄に僕が知っている名前が無い。


「いつも、Ryuさんはこんな感じですか?」


 僕はRyuさんをそんなによく知らない。知っているのは秋葉家のVTuberということだけだ。だから、決めつけてしまうのは良くない気がした。だけど、僕はこういう口調の人は、ちょっと怖い。


「よく聞いててね。Ryu君、攻撃的なのは口調だけだから」


 今、僕は満さんと一緒にRyuさんのライブにお邪魔している。


 みっちーママ:Ryu君が絶好調みたいでママ嬉しいなぁ


 満さんが、書き込んだ。


『よぉおふくろ! 来てくれやがって大歓迎だ! くつろいでいきやがれ! んじゃ、早速流していくぞ! 打ち震えやがれ!』


 よくよく聞いていると、全然怖いことを言っていない。


「あれ? いい人ですか?」


「うん、口調は乱暴だけど、すっごくいい子だよ」


 そんな話をしていると、僕が歌ったCOSMOSが流れ出す。アカペラで、伴奏も何もついていない。だから、聞いていると恥ずかしくなった。


 コメントの流れが止まる。


 そして、流し終わったところで堰を切ったようにコメントが流れた。


ベト弁:天使だったわ……

初bread:伴奏音源送っていいかな?

バッバ:初bread、君がピアノで僕ヴァイオリンだ!

チャイが好きィ!:バンドやろうぜ! ボーカルはリンちゃんだ!


『な? な!? さいっこぉだろうが! 俺はMIXもクソもされてねぇこの音源に心を奪われちまった! だから、決めっちまったんだ! 末弟のリンに捧ぐ歌を作るってなァ! でもなぁ、わかるか? こいつの出せる音域はもっと広ぇ! 俺の見立てじゃあ、夜の女王アリアだって歌えると思うぜぇ』


 夜の女王アリアは中学の時、音楽の授業で話を聞いたことがあった。モーツァルトの魔笛という楽曲の一節で、その名のとおりアリア独唱だ。あまりに音域が広く、とても難関の曲だそうだ。


 いかにも不良といった雰囲気のRyuさんの喋り方からは想像もつかないような言葉が出てきて僕はびっくりした。


「かけてみるね、ちょっと歌えそうか試してみて」


 そう言って、満さんがそのアリアを流してくれる。


 僕はそれに合わせて、音をなぞっていく。


『でな、これを活かすなら日本語の歌じゃねぇと思う! イメージ固めるために、おふくろ、グラくれねぇか!?』


 僕は、アリアの音をなぞりながら思った。Ryuさんは、言葉の端々がいい人だと。だって、命令じゃなくて疑問形なのだ。普通こういう不良の人だと、命令をするものだと思っている。


「送っていい?」


「あ、はい」


 一旦音をなぞるのをやめて僕は返事をした。


 この時、僕は気付くべきだった。満さんが送ろうとしている画像が、僕のイラストではなく写真だということに。


『ブー!? なんだこれ!? マジ、天使だわ……。 え? てか、マ……あ、いや、おふくろマジか!? 写真かよ……』


 僕はその言葉で、それに気づいた。


「み……ママ、なんで写真の方送ったんです!?」


「Ryu君はすごく信頼できる子だから……。それより、夜の女王アリア、練習したら普通に歌えそうだよね?」


 それよりではないと思う。だけど、満さんが信頼しているなら変なことに使われる気はしない。


「あ、はい……」


 だけど、ほぼ歌えてしまったのは事実だった。僕の歌声に似合うかどうかは置いておいてだけど……。


チャイが好きィ!:Ryu氏見せろ!


『わりぃが見せらんねぇ! ただ、とんでもない美少女だったとだけ言っておく! あれ? 末弟……だよな?』


ベト弁:妹なのでは?

初bread:さっきの声で男の子とは思えないなぁ……

チャイが好きィ!:ちっ、ダメか……

バッバ:駄目に決まってんだろw


 そんなコメントに紛れ込ませて満さんはまたコメントをする。


みっちーママ:ちなみに、今リンくんに歌ってもらってみたら。夜の女王アリア、練習したら普通に歌えそうな感じだったよ


『やぁっぱりなぁ! おふくろ! さいっこぉの素材見つけやがったじゃねぇか! じゃあ、遠慮なく、最高難易度の歌作ってやるから覚悟しやがれ!』


 そう言いながら、放送画面が切り替わる。


「この画面、なんですか?」


 もちろん、初めて見る画面だからこんなのわからない。


「これはDAWって言って、パソコンで音楽を作るソフトだよ! パソコンで音楽を作ることをDTMっていうの!」


 その画面を出した瞬間から、Ryuさんはものすごい勢いでいろいろな操作をし始める。


 ピアノの鍵盤を引き伸ばしたみたいなマス目があって、そのマス目を次々と埋めていくのだ。


『うおぉ、頭ン中ァ旋律が湧き上がってきやがる! リンにマジ感謝だぜ! テーマはズバリ、邪教の聖歌だァ!』


ベト弁:待て、それ人間に歌えるのか!?

チャイが好きィ!:止まれ、おい!

初bread:一旦本人に歌えるか確認しろ!

バッバ:待って欲しい、リンちゃんは夜の女王アリアが歌えそうな人だ


 そのあとも、Ryuさんの作曲枠は続いた。この音に歌詞を流し込んでも歌えそうかと何度も聞かれながら。僕はその度、その部分を歌ってみて、結論は全部歌えそうになった。


 夜の女王アリアの最高音と同じ音程にも歌詞があるという人間卒業試験みたいな歌が出来上がってしまうのであった。そして、完成した歌は放送終了直前に、満さんのパソコンにデータが送られてくるのであった。

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