貧乏神さまのヒト生活(仮)

猫屋敷十夜

第1話 ヒトになったのは

 ピピッ、ピピッ……。

 耳障りな電子音が聞こえる……。

 何故じゃ?

 昨夜は寂れた神社でゴロリと横になったはず。

 この音は何処から……。


 パチッと目を開けると、見慣れない場所にいた。白い天井に白い壁、清潔そうな白いカーテン、自分を目覚めさせた何かの機械音、そして薬品の臭い。口元は何かに覆われて常に新鮮が空気が送り込まれている……酸素マスクと言うヤツか?

「ここはびょ……痛っ?!」

 病院ではないかと思い当たり、マスクを外して起き上がろうとした瞬間、後頭部に激痛が走る。しかも思わず出した声があまりにも高い。まるで女性のような……。

 確かめようにも起き上がれず、呻いていると誰かが近づいてくる気配がした。

「気が付かれましたか、宝来さん!」

(ほうらい? 誰じゃ、それは……)

 薄目を開けてみると、看護師らしき女性が自分を覗き込んでいる。

 とすると、やはりここはヒトの病院か?

「ああ、無理に動いてはダメです。今、お医者さまを呼んできますから動かないでくださいね!」

 そう言って看護師は急いでその場を離れた。

 少しは自由な片腕で軽く探ってみると、どうもこの身体は女性のようだ。看護師の言ってた宝来とか言う者なのだろう。だが、何故、ワシがこのような者になっているのだ?

 やがて先程の看護師が男性医師と別の看護師を連れて戻ってきた。

 脈を取ったり、熱を測ったり。先程目を覚まさせた不快な電子音を鳴らしている機械を見たり。まだ状況が良くわからないので逆らわずにさせるに任せておく。

 その間に覚えているだけの記憶を辿ってみる。

 昨夜は寂れて神の気配もあまり感じない神社へとやってきた。少し休んでから移動しようと目を瞑って、そのまま眠ってしまったようだ。

 どれぐらい経っただろうか。何人かが境内にやってくる足音が聞こえてきた。しかし、どうせワシの姿は見えないだろうと気にせず眠り続けていると、いきなり女性の悲鳴と鈍い音が聞こえた。何事かと目を開けようとした瞬間、何かが自分の上に倒れてきて、そのまま意識を失った。

(なるほど。あの時、このおなごがワシの上に倒れてきたのか。しかし、何故にこんな状況に?)

 その後、色々ワシの、と言うか、この宝来と言う女性に付いて聞かれたがわかるはずがない。医師は頭を強く打った事による一時的な記憶喪失だろうと言う。詳しくわかるまではそうしておこう。

 医師の診察が終わり、看護師が点滴とやらを確認すると、今度は雰囲気のある二人組の男たちが入ってくる。察した通り、警察だと名乗った。色々と聞かれたがもちろん知らん。とぼけなくても本当にわからないのだから仕方ない。因みにこの女性は宝来神酒(ほうらい・みき)と言うらしい。ワシとは無縁の縁起のいい名前じゃ。

 その警察の話によると昨夜ではなく一昨日の晩、神社から女性の悲鳴がしたので行ってみたら倒れていると救急車の要請があったらしい。事件性ありと警察も出動した。犯人は背後から近づき後頭部を殴打、凶器は倒れていたすぐ側に落ちていたと言う。犯人の目的が通りすがりの物取りだったのか、知り合いによる犯行なのか、今のところわからない。あの寂れた神社に神酒が自ら寄ったのか、それとも誰かに呼び出されたのか。残念ながら本人が覚えていないので両面から捜査する事になるらしい。神酒が悲鳴をあげ、それを聞きつけた通行人たちがすぐに「どこですか?」「神社か?」と口々に声をあげたせいで犯人は何も取らずに逃げ、持っていた荷物から名前などが判明したと言う事だった。

 ただ、事件後に自宅へ向かったところ、丁度大家と家の前で遭遇した。どうも神酒の家に侵入しようとしていた者がいたらしい。扉の前で鍵をガチャガチャとしていた音に気がついて大家が出て行って声をかけると逃げ出したと言う。家の鍵は数日前に別れた交際相手が合鍵を返してくれないので神酒が大家に相談して自費で変えたのだ。警察ではその元交際相手とやらに話を聞こうとしているところだと言った。

 最後に「何か思い出したら教えてください」と言って二人は帰って行った。またすぐに来るだろう。それが役目だ。ご苦労なことだ。


 目覚めたとは言え、まだ安静の状態らしい。いわゆる集中治療室と言う場所に寝かされているので、少しの間は親族以外は近づけないと言う。神酒の両親はすでに他界しており、実家には父親と再婚した義母と現在の夫、そして異母弟がいるが、命に別状はないとわかって来ないことを決めたと教えられた。薄情にも思えるが、今の状況ではその方がありがたい。何しろ、この身体は神酒のものだが、中身は違っているのだから。

「本当に助かってよかったですね。すごく大変な手術だったんですよ。何度も危なかったんです」

 と言っていたのは担当看護師、名前は真榊(まさかき)だ。だが、本当のところは違う。この神酒はもう死んでいる。近くに魂の気配もない。ワシと同化してしまったから生きている(ように見える)だけだ。別にワシが本人を追い出したわけではない。それにしても……。

(ワシは貧乏神じゃぞ……)

 そう、ワシは貧乏神。コレでも「神」に連なっているのでヒトが直接見たり触れたりできないし、逆も顕在化しなければ不可能。もちろん、そんな面倒な事をした記憶はない。

 こんな事が起こるとすれば、上位の大神さまの仕業。何かを為せ、と言うことなのだろう。しかし、何をしろと言ううのか。まさか、この殺人未遂事件、いや(本来の神酒は死んでいるので)殺人事件の犯人探しをしろと言うような単純なものではあるまい。しかもこの一族の血縁はあやつの……。

 回復力は中にいるワシのせいで上がっているようだが、それでも身体は普通のヒト。まだまだ自由には動き回れないし、中から抜け出そうとすれば神酒の身体は一気に死体となる。また中からではどうにも貧乏神の霊力がうまく使えないのだ。その理由のひとつには神酒の一族にあるのだろう。

(貧乏神が貧乏くじを引くとは洒落にならんぞい……)

 内部からならば自分の力を少しずつ神酒の肉体に送り込めるようだ。まずは身体の力を高める。そして、この集中治療室から普通の病室に移動したら行動開始だ。

 

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