第36話 to the next 明日への一歩

 負けちゃったのは、悔しかった。でも胸に込み上げる未知への好奇は、それ以上に大きくて――


 だからその日、ホワイト・リリィ――こと白百合愛佳は、ある決断を下す。



     *



 朝方のまだ冷たいそよ風が、開け放たれた窓のカーテンを揺らしている。


 いつものように部屋へ入ってきたれいは、愛佳が自分で髪を梳かしている姿を見て、目を丸くしていた。それもそのはず、愛佳が自分で髪を梳かすのは、もう何年ぶりというくらい久しぶりのことだ。


「たまには自分のことは自分でしてみたいなって」


 照れくさい気持ちを堪えながらそう語ると、怜は「そうですか」と穏やかな笑みで愛佳の自主性を受け入れてくれた。


「それでね、怜さん――」


 愛佳が言いたいことを、きっと怜は察していたと思う。愛佳が急に何かを変えたときは、誰かに何かを伝えたいとき。伝える前に「わたしは変わりたい」という想いを態度で示したいから。


「――わたし、お祖母ばあちゃんに会おうと思うの」

「たしか来週末に予定がありましたね」

「うん。だけどただ会うんじゃなくて、そのときはお父さんといっしょ」


 祖母と話すだけでは駄目だった。愛佳の伝えたいことは、父にも同席してもらって、親しい人が揃った場でなければ意味を成さない。


「それはつまり――」

「うん。怜さんにだけは先に伝えておくね」


 いざ言葉にしようとすると、それだけで手が震えそうになってしまった。心の中に生じた怯えを、あの人が教えてくれた勇気で掻き消す。


「わたし、学校に行きたい」

「しかしお嬢さまは――」

「分かってる。今の身体を治すために、ずっと延期してた手術、受けようと思うの」


 これはジャスミンのように空へ羽ばたくための一歩。遠く彼方の空を目指して、愛佳は勇気を振り絞り、前へと歩き出す――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る