第34話 ホワイト・リリィの正体
「――これで八勝」
第十七ラウンド終了時点で、八対九。ジャスミンたちの勢いは止まることなく、同点まであと一勝というところまでやって来た。
「あ〜、落ち着けって。別になんてことはねーよ。あと一回、今までどおりじっくり戦って勝てばいいんだから」
「私は落ち着いてるわよ。焦ってるのはあなたのほう。慎重になりすぎて前に出ることを恐れてる。あなたが前に出ないせいでジリ貧になってるんだから」
「いやあたしのせいか?! ……まぁそうかもな。あーチクショウ。まずいぞこれ……」
ソレイユとヨヒラは明らかに動揺している。マッチポイントまでやって来て殆ど勝利を確信していたところからの、この状況。今までどおりじっくり戦って勝てばいい――その言葉は真実ながら、おそらく彼女らの脳裏にはこのままジャスミンたちに二勝を許してしまう光景がこびりついて離れないはず。
次ラウンド開始前、ジャスミンは
勝利を確信するジャスミン――しかしそういった確信の先にこそ落とし穴が待っている。そのことをプレミアム・ランカーであるジャスミンは経験則としてこの場に居る誰よりも知っているはずだったのに――
「ジャスミンさん、わたしとっても嬉しいんです」
ふとリリィがこちらに振り向いて語り始めた。きっと彼女も彼女なりに油断していたのだろう。今まで目の前の戦闘に一生懸命だった彼女は、心の余裕が生まれると同時に自らの胸中を吐露する。
「わたし身体が弱かったからほとんど学校にも通えなくて。お手伝いさんがいないと日常生活もままならなくて――この世界に来て、わたし初めて自分の足で立って歩けた気分なんです」
学校に通っていない――その話は昨日ちらりと口にしていたものの、身体が弱くてお手伝いさんがいるという話は初耳だ。
「今はまだジャスミンさんに教えてもらっている最中ですけど、このままわたしがもっとこのゲームを上手くなって、ジャスミンさんと並び立てるくらい上達したら、そのときはわたし、ジャスミンさんと――」
『第十八ラウンド、開始』
電子音声がリリィの言葉を遮る。その音声が鳴り響くと同時にリリィとジャスミンは会話を止め、まっすぐに駆け出した。会話に気を取られて遅れを取るだなんてヘマはしない。研ぎ澄まされた勝利への感覚は、この程度では鈍らない――そのはずだったのに。
身体が弱くて、学校に通えない。お手伝いさんがいる。抱きしめられたときに感じた華奢な腰回りと腕の感触。そして彼女のログインを妨げていたチャイルドロックと、ジャスミンが莉都として幼馴染のディープスペースに施したチャイルドロック――
散りばめられた点と点が、線で繋がっていく感覚。頭の奥が危険を感じてちりちりと火花を散らす。その先を考えてはいけない。現実の痛みを癒やしてくれる人形のような幼馴染を鳥籠の中で愛でたいと願うのなら、未来への希望に瞳を輝かせる初心者を空へと羽ばたかせたいと願うのなら、これ以上の思考はジャスミンに決定的な破綻を齎す。
それは、今までただ勝利だけを希求していたジャスミンのプレーを鈍らせるには、あまりに十分な迷いだった。勝てるはずもない。ジャスミンにとってFHSは現実の痛みを誤魔化すための痛み止めに過ぎず、彼女を本当の意味で救ってくれていた幼馴染と比べれば、FHSなんてただの虚構に過ぎないのだから――
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