第13話 勝利を目指して

 あなたが見たことのない景色を、私が見せる――その言葉がどれだけ愛佳の心を震わせただろう。


 ずっと彼方の空に憧れていた。知らない世界を知りたかった。けれどその憧れは外を歩くこともままならない愛佳にとって残酷な夢でしかなく、愛佳はその憧れを今日までずっと胸の奥に封じ込めてきた。そして今日、勇気を出して踏み出した一歩。震える手を取ってくれたのは――冷たく、美しく、碧の輝きを纏ったスーパーヒロイン。


 彼女はまるで囚われのお姫さまを救い出してくれた王子様――なんてことを考えて、愛佳はふるふると頭を横に振り、行き過ぎた妄想を頭の中から追い払う。


「方針を変更する。今からこの丘を降りて、眼下の街――ハーメリア・タウンへ突入。そのまま街中心部に建つ時計塔を襲撃しましょう」


 愛佳の陶酔も知らず、ジャスミンは淡々と作戦の概要を説明し始めた。


 これまで愛佳たちはハーメリア・タウンの外れに聳える丘、そこに建つ小屋にて立て籠もっていた。ジャスミンが入手したミラクル・サーチ・ウォッチによって次回ウェーブのフィールド縮小位置を先読みしたことにより、この小屋はしばらくの間フィールド内に在ることが確定している。FHSはバトルロイヤル・ゲームとして、ただ敵と戦うだけでなく、時には敵との戦闘を避けて生存に徹することも重要になってくる。この丘は他チームから攻撃されづらい地形であり、下手に移動するよりもこの場所で待機して、他チームが戦い合って人数が減るのを待つことを優先したほうが、試合マッチをより有利に運ぶことが出来ると考えたのだ。


 しかしこの立て籠もりを延々と続けることはできない。ウェーブ毎のフィールド縮小は、フィールド内のプレイヤー密度を上げて戦闘を促すことにより、残りチーム数が一になるという試合マッチの終了条件を満たすために存在している。サード・ウェーブとフォース・ウェーブでフィールド内だったこの丘は、次回のファイナル・ウェーブではフィールド外になる――そうジャスミンは予想していた。


「経験を重ねると、ミラクル・サーチ・ウォッチを使わなくても何となく次回のフィールド縮小位置が分かるようになってくるの。この丘は周囲の遮蔽が極端に少なくて、最終決戦の場所としては不適切。そうなるとおそらくファイナル・ウェーブはハーメリア・タウン内のどこかになる」


 これまでジャスミンはファイナル・ウェーブが開始されると同時にゆっくりと移動する作戦を考えていた。FHS初心者である愛佳を戦力に数えられない以上、人数の不利を背負うこちらは不利な戦闘を極力避けたかった。そうなればフィールド内へ最速で向かうよりも、ウェーブに追われながら他チームより遅れてフィールドに入る方が、敵チームとの交戦回数を抑えることができる。しかし勝利という目標へ最短で辿り着こうとするのなら、取るべき作戦はまた変わってきた。


「ファイナル・ウェーブによるフィールド縮小位置がハーメリア・タウン内のどこであろうと、街の中央に聳える時計塔は必ずフィールド内になる。そしてあの時計塔は街全体を見下ろすことが出来る圧倒的な有利ポジション。あの場所を速攻で抑えることによって、絶対的なアドバンテージを獲得する」


 残るチーム数は八。現在のフォース・ウェーブ縮小におけるフィールド範囲を鑑みても、時計塔内には既に別チームが陣取っている可能性が高い。


「あの時計塔は絶対的な有利位置だからそう簡単には攻められない――そう考えている敵の虚を突く。中心地での派手な戦闘という他チームの割り込みサードパーティも辞さないリスクを取る私たちの行動は、時計塔という高所の有利を覆すほどのプレッシャーを相手へ与えられるはず」


 FHSに疎い愛佳も、ジャスミンの理路整然とした語り口にはなるほどと思わされた。ひとつ問題があるとすれば――


「――わたし今まで弾を一発も当てられていないのに、有利な位置にいる相手を倒すなんてできるんでしょうか?」

照準エイムを合わせる練習をまともに行っていない以上、あなたが敵を倒すのは難しいかもしれない――」


 ジャスミンはあくまで冷徹に真実を述べる。


「――けど私が敵を倒すことのアシストは出来る。FHSはバトルロイヤル・ゲーム。ただ目の前の敵を闇雲に倒すだけじゃなくて、状況に応じた作戦や仲間との緻密な連携が要求される。それならあなたにもやるべき仕事は必ずある」


 ジャスミンがそう言ってくれるだけで、愛佳の胸に理由のない自信が溢れてくる。彼女と一緒ならどこまでも行けそうな気がする――あの彼方に広がる空にまで。


「残りチームは八。フォース・ウェーブ終了まで残り一分。ファイナル・ウェーブの位置が判明する前に攻撃を仕掛ける。準備はいい?」

「移動の準備ですよね? たぶん大丈夫です」

「移動もだけど、その先にあるもの」

「その先?」

「勝利よ。私たちふたりで、一緒に勝ちましょう」


 ジャスミンの澄んだ瞳が、ぎらりと輝きを増す。それまで平然と機械のように戦闘を続けていた彼女が見せた、勝利という目標への欲求。勝ったら一体どうなるというのか、勝つことに意味はあるのか――愛佳は勝利の価値を知らない。それをジャスミンは愛佳に教えてくれると言ってくれた。そしてその目標を愛佳と分かち合おうとしてくれた。同じ気持ちを分け合って、同じ目標に向かって努力する――それは屋敷の中では決して体験することのできなかった、愛佳にとって彼方の輝き。


「はい――!」


 屋敷の外に広がる世界には、たくさんの未知が満ちていた。しかしこの瞬間、まっすぐに愛佳を見つめてくれるジャスミンは、この世界に溢れる何よりも眩しかった。

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