第14話 時計塔を攻め落とせ!

 小さな窓から射す陽が、時計塔内を薄ぼんやりと照らしている。


 空気中の微かな埃がちかちかと瞬く中、時計を動かす巨大な歯車たちはゆっくりと時を刻んでいた。


 踏みしめる度に軋む木の床板。その音を歯車の駆動音で掻き消しながら、愛佳はこっそりと時計塔の一階へ忍び込んでいた。歯車の陰に隠れながら、そっと二階の様子を探ろうとするも、螺旋上に続く階段は二階への射線を完全に隠している。


『準備はいい?』


 ジャスミンからの通信音声に、愛佳は小さく「はい」と答えた。


 時計塔への侵入自体はそこまで難しくなかった。丘上の小屋を出た愛佳とジャスミンは、丘を降りてハーメリア・タウンの城郭内へ裏門から入場していた。ジャスミンによると、遮蔽の少ない丘の中腹で時計塔から狙撃されたらなす術がなかったという話だが、幸運にも時計塔に潜伏しているであろうチームの視線はこちらへは向いていなかった。街に入った愛佳とジャスミンはそのまま路地裏を進み、そして作戦通り、時計塔前でふたり別れている。


『タイミングを合わせましょう。みっつ数えたら同時に行動する』


 今の愛佳はひとりぼっち。もしここで敵に狙われたら、敵を撃つこともままならない愛佳はひとたまりもない。それでも愛佳はジャスミンの作戦を信じ、ワンドをぎゅっと握りしめて、手の震えを抑える。


『さん、に、いち――』


 ジャスミンのカウントダウンと共に、愛佳は歯車の陰から身を乗り出し、階段の奥へ向かって発砲した。


 拾弐番型短機式輝石杖『エレメール』――ジャスミンが言うには短機関銃サブマシンガン。愛佳の視界に敵プレイヤーの姿は映っていない。当然ながら発射された輝石弾は階段の途中、時計塔の壁に弾痕を残すだけだ。


 しかしそれで十分。愛佳のこの行動はあくまで作戦通りだった。


 敵とは絶対に見つめ合わないで――それは作戦前にジャスミンから教えられた最低限のルール。こちらが敵を視界に捉えているということは、同時に敵からの射線も通っているということ。それが対等な交戦条件下だったとしても、照準エイムを合わせられない愛佳にとっては圧倒的な不利になってしまう。


 敵を見ないこと。敵を見ないで、敵がいそうな方向へ何となく撃つこと――敵を狙わずに引鉄トリガーを絞ることだけなら愛佳にも出来る。今回の作戦における愛佳の役割はあくまで陽動。階下から派手な銃声を鳴らして、敵の注意を惹きつければそれでいい。


 ほどほどに撃った後、愛佳は懐から魔石グレネードを取り出した。魔石グレネードとは謂わば手榴弾。FHSのプレイヤーたちは、フィールド上に落ちている強い魔力の籠もった石を拾うことで、それを投擲用の爆弾として転用できる。そして魔石グレネードにどのような性質が付与されるかはプレイヤーが持っている属性次第。


 あなたにも初期デフォルト法術アビリティが設定されている――ジャスミンの言葉を信じて、愛佳はジャスミンから渡されていた魔石グレネードを二階へと投擲する。


 法術アビリティ:ストーム・ボム――愛佳はこのFHSに風属性を持つヒロインとして参加しているらしい。愛佳が投擲する風属性を付与された魔石グレネードは二階にて炸裂し、強烈な突風を巻き起こした。それはあくまで風であり、相手にダメージを与える効果は持っていない。しかし魔石グレネードの炸裂地点からは敵プレイヤーが弾き出され、持続的に巻き起こる風が敵の自由な移動を制限する。


 巻き起こる風が止む前に、愛佳はジャスミンの言いつけを守ってワンド再装填リロードする。まずはワンドに装着されているリング状の弾倉マガジンを取り外す。そして可愛らしいラッピングが施されたきらきら輝く砂――弾薬ショットエナジーを、杖の前で開封。すると輝く砂はぐるぐると渦巻きながら空中を漂い、砂に籠められた魔力が弾倉マガジンへ移動していく。後は弾倉マガジンワンドに再装着すれば再装填リロード完了。愛佳は再びワンドを撃つことができるようになった。


 再び射撃しようとしたところで、愛佳は二階で他の銃声が響き渡っていることに気づく。作戦通り、ジャスミンが敵チームへ攻撃をしているのだ。


 ジャスミンが一階を経由せず二階へ侵入できたのは、彼女が持つ法術アビリティ:スプラッシュ・ムーヴによるものだった。間欠泉のように噴き上げる水は、プレイヤーを上空へと運ぶ。それによってジャスミンは時計塔の外から二階へ強襲を仕掛けたのだ。スプラッシュ・ムーヴの効果はほんの一瞬で、持続的な移動ルートの確保はできず、しかもその移動はあくまで一方通行。仮に愛佳とジャスミンが同時にスプラッシュ・ムーヴで二階へ移動しても、愛佳が足手まといになって蜂の巣にされるのが関の山だろう。


 ジャスミンが提案したのは、時計塔を一階と二階から挟み撃ちにする作戦だった。愛佳自身の射撃が敵にダメージを与えられなくても、一階に注意が向いた敵をジャスミンは背後から悠々と射撃できる。チームのふたりが分断して孤立する都合上、もし他チームに割り込みサードパーティされれば途端に瓦解する、薄氷を踏むが如き作戦。しかしプレミアム・ランカーたるジャスミンの実力を以てすれば、割り込みサードパーティを寄せつけるよりも速く敵拠点を制圧できる――!


『制圧完了。すぐに二階へ来て』


 ジャスミンからの通信を聞いて螺旋階段を登っていくと、二階にはほぼ無傷でワンドを構えるジャスミンと、ゲームオーバーになった敵プレイヤーが残していったアイテムがあった。


「倒した敵プレイヤーは所持していたアイテムをその場に残してから消滅するの。バトルロイヤルにおいて交戦は常にリスクを伴うけれど、敵プレイヤーを倒すことが出来れば、回復アイテムなどの物資を豊富に入手できて、その後の戦闘をより有利に進めることができる」


 ジャスミンに促され、愛佳は落ちていたアイテムをいくつか拾う。ドレスが受けたダメージを回復するエナジーパフュームや、一部の法術アビリティの発動に必要な魔石グレネード。どのアイテムがどれくらいどのように必要なのか、愛佳にはよく理解できていないものの、とにかく持てるだけ持っておくに越したことはないだろう。


「ありがとう。あなたのお陰で、この時計塔を奪取することができた」


 ふと耳に入ったのは、柔らかく温かな感謝の言葉。それは今までの冷徹な口調とはまるで異なっていて、アイテムを拾っていた愛佳は驚きと共に顔を上げる。しかし既にそのときジャスミンは愛佳から背を向け、時計塔の小窓から外を覗いていた。


「今の銃声を聞きつけて他チームが来てる」


 どうやら勝利の余韻を分かち合う時間はないようだった。


『ファイナル・ウェーブ突入。フィールド縮小開始』


 最後のフィールド縮小を告げる電子音声。それはこの試合マッチが最終局面へ突入することを伝えていた。

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